ハテナのごとく!

144,000人からあぶれた人間が真実を知るために書くメモ帳

ノンジャンル長文 「インターネットとセカイ系」問題と回答

Q1.

【本名で回答、2つの功績を分けて紹介】

【功績1】

幼少期よりプログラミングに触れ、高校生の頃にはパソコン通信のホストとして「里衣座」と名乗り、全盛期には2000人規模の会員がいたとされる「聖まりあんぬBBS」を運営すると、

当時の膨大なデータ量と電気代を鑑みて、インターネット上のみならず彼の自宅に直接データを持ち込むものが多く現れ、黎明期のプログラマやWeb系アニメーターらの梁山泊として、自邸が「鴨邸」という愛称で親しまれていたほか、

「聖まりあんぬBBS」では「波動語」と呼ばれた現代のネットスラングの元祖とも言われる語群が数多く交わされ、中でも『きまぐれオレンジ☆ロード』のヒロイン・鮎川まどかを敬った「まどかもえ~」という単語や、1993年に『なかよし』に連載された漫画『太陽にスマッシュ!』の主人公・高津萌に対して使っていた「萌~~~~~~~~~」という単語から、ネットスラングとして使われる「萌え」の起源者として現在最有力となっている人物で、

【功績2】

その後当時希少だったコンピュータ制御の仕事に携わると、テレビ番組『東京フレンドパーク』のアトラクション制作などを担当してやがて起業に至り、

先述した「鴨邸」の有志らと株式会社be voidを設立、1998年にはGoogleと時を同じくして検索に関わる仕事を始めており、

2004年には会社名をMARS FLAGに改称するとサイト内のサーチエンジンに特化した検索サービスを提供、現在でも利用される「検索窓にキーワードを打ち込むと予測変換を表示する」機能を開発し特許を取得しているほか、

このサーチエンジンは数々の大企業のみならず内閣府でも取り入れられ、買収を提案したGoogleYahoo!を押しのけて、30億もの規模を有するとされるサイト内検索の市場を独占しているのは誰でしょう?

 

Q2.

【通称で回答】

2017年に「カクヨム」にてSF小説イリヤの空、UFOの夏』が無償で公開された際には、数年ぶりに消息を現した同著の作家である秋山瑞人がコメントを書き残し、その中で「エリア51の象徴の一部」として、ウサマ・ビン・ラディンを殺害したとされるブラックホークと並んでこの機体について触れており、

ステルス機であることから2009年に公式の声明が発表されるまで存在そのものが隠匿され、エリア51で非公式に実験飛行を行っている程度しか情報が明かされていなかったため、メディアからは「謎の未確認飛行物体」として扱われるなど、まさしくUFOのような扱いを受けていたものの、

2011年にはイラン軍によって「機体をハッキングして無傷で鹵獲した」という報告が上がっており、この際にイラン国営テレビに紹介されたことにより初めてその姿を現し、同年にはオバマ大統領が返還を要求するという一幕があったが、未だ機体の用途や詳しい性能は判明していない、

2000年代にロッキード・マーティン社によって作られ、現在でもタリバンを相手にした「不朽の自由作戦」に参戦していると思われる無人航空機「RQ-170 センチネル」のことを、公式に発表される以前にジャーナリストから呼ばれていたとされる、アフガニスタンの地名を冠した通称で何というでしょう?

 

Q3.

その名は政治家であった父の釤之助が歴任した県知事と市長に由来し、異母兄には高見順、従兄弟には永井荷風を持った、

現在の遊学館高校の前身に当たる金城高等学校に始まり、北海道を中心に多くの小学校や庁舎を手掛けた建築家で、

代表作には近代建築を保存する団体「DOCOMOMO Japan」にも選定され、廃校となってからは解体を模索されるも住民らの保存運動により撤回、現在はフィギュアミュージアムとして再生された旧明倫小学校や、

1959年に三菱美唄炭鉱の発展により新たに建築され、一時期は1570名もの生徒が在籍、その後採掘業の斜陽化に伴い廃校となるとその特徴的な見た目から多くの廃墟ファンを惹きつけ、現在では「我路円形校舎」という通称で全国屈指の美麗な廃校として名高い旧美唄市立沼東小学校、

また俳優・安田顕の出身高校であり、その縁あってかTEAM NACSの同僚である大泉洋が主演を務めた映画『探偵はBARにいる2』ではロケ地としても利用された室蘭市立絵鞆小学校などがあり、

何より彼の全ての建築に共通する特徴として建造物が円形を模していることが挙げられ、その特異性で知られるのは誰でしょう?

 

Q4.

児童文学研究家のテス・コスレットによれば、後述する彼女の代表作の作中で飼育されているディクシー、ピクシー、フロプシー、ロビンという名前の鳥が、『ピーターラビット』に登場する4匹のウサギ、即ちピーター、フロプシー、モプシー、カトンテールの名前と類似性があるという指摘があり、ビアトリクス・ポターなど多くの児童文学作家に影響を与えたと言われている、

代表作に1786年の発表から1世紀以上にも渡り印刷されて読まれ続け、今日に至る海外児童文学に多大な影響を与えた、子供たちと鳥や動物との交流を描く『Fabulous Histories』があり、児童文学における人間以外の生き物が会話をするという概念を定着させた女性作家で、

後に青年期を対象とした小説が流行を見せてジャンルが定着した1950年代より約150年も前に、少年少女向けの小説という概念である「ヤングアダルト」や「ジュブナイル」を造語・提唱したとされているのは誰でしょう?

 

Q5.

【フルネームで回答】

ニコラス・ウィンディング・レフンが監督を務めた映画では主演としてタイトルにも冠されており、トム・ハーディがその役を演じているほか、そのソシオパスな振る舞いがゲーム『グランド・セフト・オートV』の主人公の一人、トレバー・フィリップスのモデルとなったことが明かされている、

1974年に郵便局を襲撃したことにより刑務所に入ってから一度は出所し、その後は地下闘技場でベアナックル・ボクシングに興じるも、別の強盗が発覚して再び入所することとなり、以降は刑務所内での粗暴な行為が有名になった人物で、

刑務所内で人質を取ったり、屋根の上に載って抗議をするのはしょっちゅう、その上獄内では芸術家としての活動を目指していたためか、1999年には芸術教師にスケッチを酷評された腹いせに犬のリードを繋ぎ、講師を44時間に渡り人質に取るなどの行為で終身刑が言い渡され、そのほかにも自分の髭の長さをフィデル・カストロと比べたいと述べてヘリコプターを要求するなど強烈なエピソードが残り、

かような行為から現在に至るまで約40年間を刑務所の中で過ごしており、これはイギリスの囚人の中では、脳を食したことから映画『羊たちの沈黙』に由来して"人食いハンニバル"と呼ばれたシリアルキラー、ロバート・モーズリーに次ぐ2番目に服役年数が長い囚人である、

本名をマイケル・ゴードン・ピーターソンという囚人を、彼が地下格闘技に興じる際に名乗っていたリングネームから何と呼ぶでしょう?

 

Q6.

大学生時代に後にセガの『スターブレイザー』などを手掛けるトニー鈴木と出会ったことがキャリアのきっかけであり、初めにナムコへ入社するとMSXのゲーム制作に尽力、

その後はファミコン雑誌が大きく広がる中でB級雑誌として売り出していた『ハイスコア』の編集に携わると、当時はアイスの懸賞品であったファミコンソフト『ゾンビハンター』を手掛けたほか、

『ハイスコア』における都市伝説としても有名な「『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』のラスボスである竜王を発売前に掲載してしまった」という話とも密接に関わっており、実際のところこの説はデマとして否定されているものの、数多く同作のリーク記事を掲載してエニックスとの訴訟問題に発展したことを後に明かしている、

そのほかの功績に『いただきストリート』第1作のプログラミングや、チュンソフトに移籍してからの『弟切草』『かまいたちの夜』の開発が挙げられる、2021年11月5日に亡くなったゲームプログラマで、

糸井重里が『MOTHER2 ギーグの逆襲』を生み出すにあたって、「見た目は童顔で奔放だが、反面高い知能を有しているキャラが欲しい」という意見を受けたデザイナーの大山功一が、同じく糸井が手掛けた『モノポリー』で縁のあった彼の顔から着想を得て、「どせいさん」のデザインの元になったと言われているのは誰でしょう?

 

Q7.

江戸時代末期に酒井忠徳によって開校された致道館の流れを汲んで1908年に創立したためか、校章の図案名、及び学校だよりには酒井家の紋章である「剣かたばみ」という名称が使われているほか、

東京事変のキーボードを務める伊澤一葉は、2018年まで13年間に渡りこの小学校で「4年生が作詞をしたものにメロディをつける」という作曲イベントを行っていたという話や、

『うたえほん』『きいろいばけつ』などの絵本で知られる作家・土田義晴の出身校であり、「致道図書館」と名付けられた図書館の中央には土田が寄付した500冊もの本を集めた本棚が鎮座しており、この話に象徴されるように図書での生徒の育成に力を入れていることで知られ、

そのあらましとしては1995年頃に五十嵐絹子という学校司書が就任した際に、当初は薄暗い雰囲気であった図書室を「本のレストランにする」と宣言し、環境の整備や場所の移転、蔵書の取捨などを経て改革に成功したという経緯があり、

公式ホームページに掲載されていた2017年頃の図書館の賑わいようを見る限りでは、7時40分の開門から8時10分までの貸し出し時間の間に延べ150人もの生徒が訪れ、休み時間や放課後も大盛況である様子が伺えており、生徒の7割が毎日図書を借りていくと言う話もあるほどで、これに加えて積極的な保護者による読み聞かせ活動や「図書館だより」の発行、更に授業にも資料として図書館を大きく活用するという学校政策をとっており、

こうした取り組みが評価されて2003年には全国学図書館協議会主催の学校図書館大賞を受賞するなど、図書館教育、引いては生涯学習の模範となっている小学校はどこでしょう?

 

Q8.

1962年公開の映画『史上最大の作戦』では、『サヨナラ』でナンシー梅木が演じたカツミの恋人のジョー・ケリー役で知られる俳優、レッド・バトンズが演じている、

第二次世界大戦のさなかの1944年、アメリカ軍が行ったオーバーロード作戦において、最初の開放目標であったフランスの村・サント=メール=エグリーズに落下傘部隊の1人として降り立った軍人で、

基本的に身動きが取れない落下傘部隊に対して、村を支配していたドイツ軍は地上から銃撃を浴びせたため多くの兵が犠牲となる中、彼は村の教会の尖塔にパラシュートが引っ掛かってしまい、そのまま2時間余りに渡り死んだふりをしてドイツ軍の攻撃を避けながら戦局を眺め続けたといい、

結局4時間後にドイツ軍の手から脱すると、30人を捕虜にするなど八面六臂の活躍を見せブロンズスター勲章を授与されたという逸話が残っており、

その後も村の名誉市民となるなど交流が続き、現在彼が引っ掛かったサント=メール=エグリーズ教会の尖塔には、当時の状況を再現し彼を模した人形がぶら下がっており、観光名所となっているのは誰でしょう?

 

Q9.

社会人となってからは九電工に入社しニューイヤー駅伝などでも活躍、その後は東京国税局に務めたものの、2015年の不法侵入・器物破損容疑に始まり5度の逮捕を繰り返すなど、輝かしいキャリアから一転して凋落の一途を辿っている、

高校生時代には熊本国府高校のエースとして県大会ではアンカーでテープを切り、同高の初となる都大路(全国高等学校駅伝競走大会)出場に貢献、その後は上武大学に進学すると、

2008年の第84回箱根駅伝では当時から青山学院大学の監督を務めていた原晋の下、関東学連選抜の一員として出場し、上武大学出身者として初めて箱根の地を踏んでおり、

当時2年生ながら山登りの5区を任されると、前を走っていた山梨学院大学などの5選手を一気に抜いて4位まで上がりそのまま往路をフィニッシュ、翌日の復路も4位で終えたことにより、史上最多となる3校の棄権を出したという厳しい条件下であった同大会にも関わらず、関東学連選抜における史上最高順位の好成績を残した原動力となった選手で、

これをきっかけとして翌年には史上41校目の出場校として上武大学が初出場しており、さらに翌年の第86回大会では、同大学の部員として再び5区を走ったのは誰でしょう?

 

Q10.

京都芸術大学時代にインダストリアルデザインを主とした高井一郎に師事し工業デザインの道を志したという、

2004年発売のスチームオーブン「ヘルシオ」では、「インテリアのようなデザインにしたい」という要望から赤とシルバーのコントラストが映えるデザインにしたところ見事ヒットを飛ばし、

2010年にはシャープ初の女性本部長として「オンリーワン商品・デザイン本部長」に就任、さらに翌年には同じく同社では女性初となる執行役員に就任しマーケティングを行っているデザイナーで、

携帯端末「GALAPAGOS」の開発に注力すると、「サラリーマンの定型化した仕事に一石を投じたい」「敢えてスマートではなく前時代的なゴツゴツとした名前にしたい」とこれを命名し、実質的に「ガラケー」という言葉の生みの親となったのは誰ででしょう?

 

Q11.

【サブタイトルを回答、一部独自研究を含む】

対象を「iPhone」のみならず「スマートフォン」にまで広げると、2006年4月24日に登場したアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』 第4話『涼宮ハルヒの退屈』にて、登場人物の古泉一樹が所有していたNOKIA製のボーダフォンが最初だと思われるが、こちらは現在使用できないため真に「最初」とは言い難いものとなっている、

アニメ『瀬戸の花嫁』における、直後の最終話である第26話などと同様にアニメオリジナルエピソードのひとつであり、当時クライマックスが未完であった原作とは全く違う描写がなされ、原作では比較的味方側のキャラであった源義魚が完全なる黒幕として登場するなどの大胆な改変がなされた、

些細なことからケンカをしてしまい仲直りができない主人公・満潮永澄に、ヒロイン・瀬戸燦が愛想を尽かしてしまい、黒幕である源義魚が差し出した招待状でパーティーへと向かうも、実は罠であり燦が監禁されてしまったから助けに行こう……という内容の、2007年9月23日に放送された 『瀬戸の花嫁』第25話のサブタイトルで、

源義魚が写真を撮影する際に使用していた携帯端末が、現実のアメリカで僅か3か月ほど前に発売されたばかりのiPhoneであり、「iPhoneを使用する」という描写が作中でなされたことから、公式のアニメーション史上において、初めて現行のスマートフォンが登場したとされているのは何でしょう?

 

Q12.

その名は具平親王の末裔が訪れた際にこれを食したことに由来し、「天皇の末裔だから」ということで名前がついたものの、名称の漢字をそのままの形で使うのは皇族に恐れ多いということで、同音のまま別の漢字で表記するようになったため現在の名前になったという逸話があるほか、

これを1805年から2014年頃まで長らく販売していた唯一の店である「藤坂屋本店」には、国木田独歩が一時期、間借りという形で居住しており、その近辺を綴った小説『置土産』では、「餅は円いのが普通なのに、わざわざ三角形の形にして客の目を惹いているのかと考えたけれど、こうした方が餡を楽に包むことができるからなのか、いつしか店の小ささに似合わないほど繁盛していた」と書かれている、

その文言通り正三角形を模した生地を円い餡で包んでいるのが特徴の、生八ツ橋によく似た外見をした山口県柳井市の銘菓となっていた大福で、

昭和後期に国会で参議院議長を務め「参議院のドン」とも呼ばれていた重宗雄三が、自らの選挙地盤であった柳井市のこの銘菓にインスピレーションを受け、一説に佐藤栄作退陣後の自民党総裁を争った4人を表す「三角大福」という呼称の由来となったとされているのは何でしょう?

 

Q13.

【地名の字を解答】

事業後は即座に埋め戻されたことから形跡が全くと言っていいほど残っておらず、自治体もこのことを全くアピールしなかったためか、後述するような偉大な功績にも関わらず長らく知られることはなかったものの、

2016年に秋田県の地元紙『魁新報』のコラム「ふるさと小紀行」に掲載されたことや、この記事を見た廃道探索の権威であり、ブログ「山さ行がねが」の管理人であるヨッキれん氏の調査によりようやく具体的な事業内容が明るみに出ることとなった、

付近には同じ地名を冠した岩場が広がる海岸・海水浴場や、同じく同地名を冠したJR五能線無人駅が存在する、秋田県山本郡八峰町にある字で、

交通の利便性や事業に協力的だった住民に加え、龍飛崎と地質条件が似通っていた特徴から、

1960年代に青函トンネル掘削のプロトタイプとして、現在では宿泊施設「八森いさりび温泉ハタハタ館」の裏手にある町道沿いの地形に、事実上日本初となる海底トンネルが試掘されたのはどこでしょう?

 

Q14.

【英題で回答】

ポルトガル版では同国の地方名である「Alentejo(アレンテージョ)」、オランダ版ではもはや全く関係のない「Ireland(アイルランド)」と名付けられるなど実際の撮影場所とは違う名称がつけられていたため、公開されてからしばらくは撮影場所の特定に難航していたものの、

2006年にサイモン・ゴールディンとジェイコブ・セネビーからなるアートユニット「Goldin+Senneby」が場所を特定し、当時既に辺り一面はブドウ畑へと変化を遂げていたものの、同じ構図で写真を撮ったことで話題となり、現在はグーグルマップにも「聖地」として掲載されている、

1996年に写真家のチャールズ・オレアが付き合っていた彼女に会いに行く道中で、カリフォルニア州ソノマ郡を通る州道12号から撮影した、「起伏のある草原と青い空と白い雲が写っている写真」のことで、

これをマイクロソフトの傘下であるストックフォトを収集するサイト「Corbis」に投稿したところ、マイクロソフトから購入を申し込まれることとなり、これが「Windows XP」のデフォルトのデスクトップ画像となったことで数十億もの人々が認知したとされ、

それらの経緯から「史上最も閲覧された写真」とも言われているものを、「至上の喜び」といった意味の英語から通称で何というでしょう?

 

Q15.

つちのこの発見例が数多く報告されており、フリーライター大竹敏之曰く「日本で最もつちのこの発見が期待される場所」であるといい、毎年3000人もの人々が訪れるとされる「つちのこフェスタ」なるつちのこ探索イベントが開かれたり、公式サイトにも「つちのこ秘伝」なるタイトルでつちのこの生態について触れているコラムがあったり、

さらに1992年に開館された「つちのこ館」は、アニメ『けものフレンズ』第4話「さばくちほー」において、つちのこ館を運営する株式会社ふるさとの社長・安江豊司が「やすえおにいさん」として出演しつちのこに関する解説を行っており、館内には『けものフレンズ』のキャラクター原案を務めた吉崎観音から贈られたイラストと手紙が展示されているなど、

とにかくつちのこを村おこしの一環としていることが見受けられる岐阜県加茂郡に位置する村で、

江戸時代まではすべての家が檀家となっていたものの、明治期に当時この村の支配下にあった美濃苗木藩の大参事・青山直道が平田篤胤国学に大きく傾倒していた影響で徹底的な廃仏毀釈運動が行われ、現在に至るまで一度も合併や分割がなかったことも影響し、日本の自治体としては唯一寺院が存在しないことでも知られるのはどこでしょう?

 

Q16.

これとは別に愛知県ローカルで放送されたという同系統のものは『ACC CM年鑑』に紹介されており、この年鑑のキャプチャー画像から「鬼の面を被った人間に『No!』と書かれたテロップが挿入されている」という情報は判明しているものの、こちらは未だ映像の発掘には至っていない、

最初に2ちゃんねるに言及された2000年の書き込みから20年以上に渡り実際の映像が見つかっておらず、未発掘のCMについて情報を収集するスレッド「未出・迷宮入りCM捜索スレ」のタイトルに長年その名が冠されるもなかなか発掘されなかったことから、

同じように「迷宮入り」かつ「怖いCM」の一環として数えられることでも知られる『ヒトガタ』と共に、一部からはマンデラエフェクトであるとも見做され発掘が絶望視されていたものの、

2022年1月28日、ついに元テレビ局員を名乗る人物の手によってスレに投稿、最初の書き込みから実に22年の時を越えて実際の映像が確認され、その際に「怖いCM」と言われていた割には思ったよりかわいらしい映像であったこと、またナレーターは銀河万丈が務めていたということも判明した、

東京都がマルチ商法への注意喚起のために制作した「悪質商法追放キャンペーン」の一環として放送されたCMのことを、その映像に登場しテーマとなっているものから通称で何というでしょう?

 

Q17.

【本名で回答】

【最後のパラグラフは半分所感なので注意】

活動をやめてからはラスベガスに移住してプロのポーカープレイヤーとなり、その後低い立場から公職に当選しカリフォルニアの市役所に務め、またコイン集めの趣味が高じて米国貨幣協会の会員でもある、

10代のころに学校を中退してセックスワーカーとなると、ビートルズの4人全員と寝たと自らでは語り、中でもポール・マッカートニーとは当時の妻だったリンダをリムジンで連れ出してまで寝たという話や、ロックバンド、バッド・カンパニーのギターであるミック・ラルフスとコカインをキメながら高速道路を走っていたという強烈な逸話の数々も残っているものの、

何より彼女が有名なのは電話の交換手として働いていたころの経験に端を発するハッキング、いわゆるフリーキング行為によるものであり、1977年には僅か17歳にして電話回線の不正侵入に成功したとされ、その後ケビン・ミトニックらと世界初かつ最も有名とされるハッキンググループ「サイバーパンクス」の一員となると、そのクラッキング能力だけでなく女性であることを生かした心理的立場で優位につき、電話越しであることを利用した手法により、現在の「オレオレ詐欺」などの特殊詐欺にも繋がる「ソーシャル・エンジニアリング」を開拓した最初期のハッカーで、

やがて1995年に下村努らの尽力により「サイバーパンクス」のメンバーが逮捕されて活動は終焉に向かうも、彼女だけはFBIに情報提供をする代わりに罪を免除され、あくまでも「女性の共謀者」として匿名で触れられるのみになっており、

【ここからやや所感】

その後時は経って2022年、徹底してメディア露出は愚かインターネットの痕跡も避けていた彼女がインタビューに応じると、自らが伝説的な存在になっていたことを自覚して「なぜ私のことを誰も知らないのか知っている?」と問いかけ、インタビュアーが首を横に振ると、「私は捕まらないから。世界最高のハッカーは捕まったことがないから。誰にも知られていないから」と答え、このように圧倒的な他者を欺く能力と徹底した振る舞いから、個人的には名前が残る人物の中では、ミトニックを凌駕する世界最高のハッカーだと思っているのは誰でしょう?

 

Q18.

この楽曲が生まれた背景として、当時ポストロックバンド・FLEETのボーカルであった佐藤純一が、2010年末にTwitterにてボーカロイドに痛く感動を受け、一連のツイートを「togetter」にまとめたところ大きな反響を呼び、楽曲制作を決定づけたという経緯があった、

確認できる限りでは、既にメジャーデビューを経験していたアーティストが初めて手掛けたオリジナルのボーカロイド楽曲で、表層にいる一般のアーティストに比べて、圧倒的にアングラ的立ち位置だったボーカロイドPの格差を埋めるように、という佐藤本人の思いで製作され、少なからずこの思いをきっかけにして、現在多くのボカロP出身者が邦楽を席巻している状況と繋がっていることも忘れてはならない、

ギターとピアノはそれぞれトルネード竜巻のフタキダイスケと曽我淳一、日本語訳詞は歌い手として活動するルシュカが務めた、「歪んだ日々に乾いた歌を囁く偶像を見る人がいる。」という歌いだしで始まる、2011年1月15日に動画サイト「ニコニコ動画」に投稿された初音ミクVOCALOIDオリジナル楽曲で、

当時からボーカロイドPとして活動しており、この楽曲のスペシャルサンクスにも冠されていたyuxuki wagaや、兄には5pb.のゲーム『Steins;Gate』などのシナリオを手掛けた直孝を持ち、この楽曲の作詞を機に作詞家へと転身することとなる林英樹、そして作曲を務めた佐藤純一といったメンバーが一堂に会し、

後にアニメ『小林さんちのメイドラゴン』のオープニングテーマ『青空のラプソディ』など、多くのアニメソングを手掛けるバンド・fhánaが結成されるきっかけともなったのは何でしょう?

 

Q19.

2021年をもって半世紀近く務めた読売巨人軍のウグイス嬢を引退した山中美和子は、元々大学野球の神奈川県大会でアナウンスを務めていたところ、彼女が病気を患ったことによる人手不足のため読売巨人軍に雇われ、以降半世紀近くに渡りウグイス嬢を務めることとなったという契機もあるほか、

アニメ『巨人の星』第78話『鬼のグラウンドキーパー』では、本人が自身の役を演じて主人公・星飛雄馬のアナウンスをするという役割を務め、タイトル通り実際にグラウンドキーパーを務めていた兄・三郎と共に声優としてカメオ出演し、これはアニメにおいて実在の人物が本人役で声の出演をする最初の事例とも言われている、

NHK職員から日本初のウグイス嬢となった青木福子の後釜として、1948年より多くのアナウンスを務めあげたウグイス嬢で、

読売巨人軍のV9時代を初めとする黄金期の後楽園のアナウンスに携わってその足跡を残し、主だった功績として宮田征典が8時半ごろの時間帯に頻繁に登板していることに気づき、彼女のその言葉を聞いた報知新聞記者の中山伯夫によって宮田の「8時半の男」という通称が生まれる契機を作ったほか、

立教大学時代から引退まで見届けた長嶋茂雄を初めとした、「4番」打者を「よんばん」ではなく「よばん」と読み上げ、その呼称を定着させたとされているのは誰でしょう?

 

Q20.

同人誌やオタク文化にまつわる書籍では批評活動も行っており、アダルトゲーム雑誌『PURE GIRL』2003年7月号では、大塚英志が小説の書き方を記した『物語の体操』を引き合いに出し、「読者は作家に興味を抱かないはずなのに、最近は作家が自分を押し付けまくる作品が流行っている」と述べており、このカテゴリに当たる作家として西尾維新舞城王太郎新海誠といった当時の若手作家の名を挙げ、彼らの手によって「セカイ系」が流行っていると評しているほか、

このような論調に象徴される「セカイ系」という概念の確立に大きく寄与した人物でもあり、講談社のムック『ファウスト』では、清涼院流水の『JDC』シリーズと上遠野浩平の『ブギーポップ』シリーズを例にとり、セカイ系の基準を「世界をコントロールしようという意志」と「成長という観念への拒絶の意志」があるものだと述べており、

また東浩紀が配信したメールマガジン波状言論』に端を発する著書『美少女ゲームの臨界点』にも多くの寄稿を行うなど、「セカイ系」という言葉を初めて活字メディアに導入したとされている人物で、

本業はアダルトゲームのシナリオライターであり、企画者としてのデビュー作となった1999年発売のアダルトゲーム『嬌烙の館』は、不気味な雰囲気の館ものとして一定の評価を受けながら、「喘ぎ声合成システム搭載ゴシックAVG」と銘打たれている通り、鍵がかかっているドアを開けるためにヒロインたちとまぐわい、ヒロインが発する喘ぎ声を収集してミキシングし、それによってカギを作ってドアを開けるという、音声を攻略のシステムとして扱うという今でも斬新かつ奇天烈なゲームシステムを作り上げ、後に彼の作品の象徴ともなる哲学的なシナリオを垣間見ることができる、

シナリオライターとしての代表作に、SHIHOが歌うエンディングテーマ『birthday eve』を作詞した評価も高い『Sense Off』、ラブコメチックなパッケージと相反して、中身は意味深長な内容となっていることでも話題を呼んだ『未来にキスを -Kiss the Future-』や、一度筆を置いてから数年後に復帰した際には『猫撫ディストーション』『ギャングスタ・リパブリカ』といった知名度の高いアダルトゲームのシナリオを担当し、加速主義を根底に敷いた哲学的な脚本が耳目を集めたのは誰でしょう?

 

 

回答 (カッコ内は正解率) *1

A1.武井信也 (たけい・しんや) 0%

A2.カンダハルの野獣 (The Beast of Kandahar) 0%

A3.坂本鹿名夫 (さかもと・かなお) 18%

A4.サラ・トリマー (Sarah Trimmer)  0%

A5.チャールズ・ブロンソン (Charles Bronson) *2 0%

A6.大森田不可止 (おおもりた・ふかし) 14%

A7.鶴岡市立朝暘第一小学校 (-ちょうようだいいち-) 0%

A8.ジョン・スティール (John Steele) 0%

A9.福山真魚 (ふくやま・まお) 0%

A10.岡田圭子 (おかだ・けいこ) 0%

A11.『家族ゲーム*3 0%

A12.三角餅 (みかどもち) *4 10%

A13.滝の間 *5 0%

A14.『Bliss』 16%

A15.東白川村 46%

A16.『浄瑠璃』 23%

A17.スーザン・ヘッドリー (Susan Headley)/スーザン・サンダー 0%

A18.『Cipher サイファ』 33%

A19.務臺鶴 (むたい・つる) *6 33%

A20.元長柾木 (もとなが・まさき) 28%

 

 

*1:ただし、スルーは含めない (押した場合の正解率のみ)

*2:リングネームは同名の俳優から

*3:同作のサブタイトルは毎回何かしらの映画のタイトルがつけられている

*4:帝→三角と転じた

*5:正式には駅名は「滝ノ間」

*6:読売新聞社社長の光雄は叔父に当たる

インターネットはセカイ系 ―"Hello, World"より ―

 

 諸君は長い間アニメ(ドラマでも映画でもよい)を見ていて、作中人物がスマートフォンをいつ、どの年の、どの作品から使いだしたかを覚えているだろうか?

 愚かなことに僕は作問まで考えたことはなかった。呆けた面でアニメを見続けている間にも、いつしか登場人物が持つそれはガラケーからすり替わっていた。さながらアハ体験のように澄ました顔で。

 これについて原因を分析しあえて自己弁護するのであれば、携帯電話が主眼に置かれる作品でない限り、所詮マクガフィンに過ぎない携帯に視点を置く人間なんていないから、という理屈が成立する。仮にそれに注目するような人間がいたとしたら、ガラケーのアンテナから送信される怪電波に従って動いている携帯星人に違いないはずである。

 が、しかし、だ。いくら言い訳しようが喚こうがどこかに「作中の端末がガラケーからスマホに変わっていた」というシンギュラリティが存在したはずなのである。それなのについぞ僕は見過ごしてしまった。本当はリアルタイムで見れるはずだったその転換点を追えなかったことがが悔しくてたまらかった。

 だから、後の祭りだとは解っていても、ガラケースマホの境界線を探そうと必死になってキーボードを叩いた。己の無力さを感じながら。すると、「初めてスマホが登場したアニメは何か」というまさに求めている内容に沿った情報が出てきた。彼がどのような方法を用いて調査したかまでは明らかではないが、携帯星人は実在したのだ。空の青さを知ったところで、電子の海は果てしなく深いことを痛感させられる。

 こうなってしまえば決断は早い。僕はありがたく情報を拝借し、今回の企画のうちの1問として出そうと相成った。勿論1つの情報を鵜吞みにしてしまうのは公の場に出す作問としては相応しくないので、いつものようにオープンソースと、僕自身が見ていたこの近辺のアニメ(幸い、2006-07年のアニメは殆ど見ている)の記憶とを突き合わせながら正当性を問うた。今回は多少なりとも特殊な例ということもあり「独自研究を含む」という予防線に近い前フリも入ったが、概ねかようにして1問が作られるのである。

 

 思うに、僕が今まで幾度となくやってきたこのことこそ、インターネットの"Hello, World"を象徴する出来事だと思うのだ。突然ブログタイトルを回収しにかかったような格好で申し訳ないが、ここで1つ問う。

 諸君らにとって"Hello, World"とはどのような想像を掻き立てるものだろうか?

 

 無論、形而下においてHello, Worldというものは一次元の文字情報に過ぎない。このブログを読んでいるような人なら大抵は知っているだろうけれど、"Hello, World"というのはベル研の偉大なる計算機学者、ブライアン・カーニハンが初めて書いたとされる最も単純なプログラムのひとつである。実際のところ、出力された言葉にHello, World以上の意味はなく、「こんにちは、世界」と訳す必要もない。なんなら利便性の問題さえ除けば"Gwkkim Qieks”というようにキーボードの文字を1つずらして打ち込んだって本来は何ら問題がないはずである。なぜなら、プログラミングにおけるHello, Worldに「プログラムが想定通りの動きをしていたか確認する」以外の意味はないからだ。

 しかし、ここで先程の質問を見て頂きたい。僕が問うているのは現実的なプログラムとしての話ではなく、「どのような想像を掻き立てるか」である。僕は今からそれを書こうと思うので、差し支えなければ諸君らも考えてみてほしい。なおプログラミング言語を指すHello, Worldに固執する必要はない。BUMP  OF CHICKENの楽曲『Hello,world!』でも、エロゲーの『"Hello, world."』でも、アニメ映画の『HELLO WORLD』でも、そもそもHello, Worldという言葉にまつわるものでなくても構わない。あくまでイメージの話なのだから。とかくあなたの思う「ハローワールド」を描いてほしいのだ(余談だが、Wikipediaの関連項目における「Hello world」は青に関連するものばかりであった。後述するが僕もこうした潜在的イメージの影響を受けたようだ)。

 別に全く考えなくてもいいし、その上で僕のことをPPDだとかNPDだとかパラノイアだとか心中で嘲罵したって一向に気にはしない。しかしインテルの創業者の一人、アンドリュー・グルーブはかつてシリコンバレーのことを「パラノイアだけが生き残る」と言っている。先のプログラミングの話の流れから来ると、この場でパラノイアと言ってしまうのは少々皮肉めいたものになる気がする。

 

 それはさておき、僕の"Hello, World"のイメージはこうだ。

 

 ある男がPCを使っていた。男を取り巻くのは明かりも消えた暗い部屋で、カーテンは閉め切られ、PCの明かりだけが寂しく点っている。彼はキャスターに座りながら膝を抱え、生気の宿らない目で、そして書痙のように震えた手でキーボードに"Hello, World"と入力し、やっとの思いでエンターキーを押下した。すると――。

 電光掲示板のように読み込まれたHello, Worldの文字がロード画面に移り変わり、それが100%に到達した途端、辺りはまばゆいほどの光に包まれた。男のいた暗い部屋を漂白するように。突如放たれた閃光に眩んだ男が視力を取り戻すと、さっきまでモノクロに包まれていた部屋が色を取り戻し、あるべき姿を湛え、いつの間にか開いていたカーテンからは陽光が降り注いでいた。一瞬の出来事に混乱していた男が慌ててPCに目を戻す。すると、極彩色に包まれた亜空間を背景にして、1人の少女がこちらに微笑みを投げかけ、こう言うのである。

「ハロー、ワールド!」と。

 

 いかがだろうか。1単語から想像するものを言語化しろと言われてもなかなか具体的にアウトプットできるものではないが、一度提言した以上はストーリー仕立てで書くべきであると判断した。このイメージは実在非実在のあらゆるものがミキサーにかけられ僕にしか飲めないジュースとなったものを、他人にも伝わるように言語化という体で可能な限り表現しているだけに過ぎず、実際にはもっと複雑なはずである。しかし1つ言えることがあるとすれば、このイメージの一部の元ネタを思い出せることだ。それがこれである。

 

livetune feat. 初音ミク 『Tell Your World』Music Video

www.youtube.com

 

 早いものでもう発表から10年以上が経過している楽曲だが、黎明期の「Google Chrome」のイメージソングとなってCMで流れたということもあり、ボカロに興味がなくともご存じの方は多いだろう。

 僕はニコニコ動画の「最古参」というわけではないが、登録した2008年頃から電子の海を漂うプランクトンでは決してない姿ある者として肩までニコニコに浸かっていたし、加えて幼い頃から沿ってきた遥か地下の文化が1Fにあるお茶の間に流れるということも含めて、これらが結びついたことにより鮮烈な印象をもたらしたのだと思う。尤も今の僕はオタクカルチャーが表に出ることを嫌う。そして一定の汎用性の高い構文を持たず、画一化されていないコミュニケーションが図れ、かつ閉鎖的でアンダーグラウンドなものにこそ価値があるという視野狭窄で頑執妄排な思考を拗らせている。これはちょうど『Tell Your World』から1年後に起きた、ある掲示板の事件が尾を引いている。

 ――でも、それはまた別の話。少なくともこの頃の僕にとって、『Tell Your World』は「インターネットの将来」という広い概念にも拘らず、これ以上ない期待を寄せる描写がされたものであった。先程の驢鳴犬吠たる妄想日記に書いた「極彩色に包まれた亜空間」というのはまさにこのPVで初音ミクが躍っている空間そのものだし、今でもそんなイメージが去来しているのだと思う。

 要するにインターネットとは、「画面の向こうにいる嫁」的な二次元でもなく、現実に即した三次元でもなく、時間軸のある四次元なのである。我々が普段何気なく目にする書き込みや呟きなどといったものは、全て過去に位置している。僕もそうして過去の文献を漁って情報を入手したわけであり、誰かが電子の海に情報を発信したから、サルベージをして情報を享受できたのである。その内技術が発達すれば、やがてポリトープを飲み込むほど高次の存在になる可能性を秘めているのがインターネットなのだ。

 四次元というとドラえもんの四次元ポケットを思い出す方は多いかもしれないが、思うに四次元ポケットもまさしくインターネットであると言える。数多のひみつ道具が入っていながらどうしてすんなり希望のひみつ道具が取り出せるのか、と疑問に思った方は多いだろうし、僕も昔はそうであった。しかしどうやらこの四次元ポケットというものは優れもので、単なる無限収納機構というだけでなく、欲しいひみつ道具を脳内にイメージしてからポケットに手を入れることによって希望通りのものが出てくるらしいのである。なお稀に「あれでもないこれでもない……」とか言いながらたくさんの道具を床に打ち捨て、希望するひみつ道具を探すドラえもんを見たことがある人もいるかもしれないが、あれは適切に脳内にイメージできてないからであろう。流石、きちんと描写されている。

 インターネットの検索にしたって同じだ。事前に何のどのような情報を知りたいかイメージすることによってより適切な検索ワードを打ち込むことができ、希望に沿った検索結果が表示されるのである。反対に情報を整理せず闇雲に「あれでもないこれでもない……」をしてしまうと欲しい情報は出てこないし、時間も手間もかかる。泣きっ面に蜂である。

 

 ……と、色々くどくどと述べてきたが、以上をもって僕は満を持したと思っているので、ここで1つの仮説を投げかけたい。それはブログタイトルにある通り、「インターネットはセカイ系」だということである。

 

 突然の論理の飛躍に狼狽えたかもしれないが、順を追って説明していく。まず今回の企画のテーマでもある「セカイ系」についてだが、その意味については調べれば解ることだし、度々俎上に載る定義の曖昧さについても話がややこしくなってしまうのでここでは触れない。とりあえず、ここではセカイ系の定義を「きみとぼく」に設定している。これはセカイ系を語るうえで最もよく取り上げられる概念であり、東浩紀波状言論』ではニトロプラス大樹連司がそう主張するなど由緒正しい説である。概ね「ボーイ・ミーツ・ガール」に近いもの、と考えてもいい。

 尤もセカイ系の代表格としてよく上げられる『涼宮ハルヒの憂鬱』なんかは、僕に言わせればセカイ系と日常描写の代表例こと空気系との間の子だと思っているのだけれど、これについて触れると話がややこしくなってしまうので以下略。よってここではセカイ系の原点Oを、こちらもまた代表的な作品である秋山瑞人の『イリヤの空、UFOの夏』に設定している。今回の企画にも登場したし、今は夏だし、ちょうどいいはずである。

 

 かような形で、ここでは大前提:セカイ系=小前提:きみとぼくという図式から、きみとぼく=インターネットという結論になることを理解してほしい。詐欺師が愛して止まない三段論法であるが、生憎僕にはその素質があると考えているので使わせてもらう。

 インターネット=きみとぼくという仮説を僕が打ち立てた時に、まず疑問に思うだろうと推測されるのは、「インターネットは自分1人と無数の人間で成り立っているのではないのか?」ということだ。確かにインターネットは俯瞰したときにたった1人が数億人もの人間を相手にしている構図が成立するかもしれない。しかし、それはあくまで俯瞰の話。1人称で見れば所詮[ぼく - 他人](きみ)の関係に過ぎないのではないか、と思うのである。

 もう少し説の柱を補強しよう。僕が忌み嫌うものの1つに匿名掲示板というインターネットの象徴がある。彼らはコテハンでない限り基本的に匿名であり、ごく一部言動に特徴がある者を除けば個性というものが発現しにくい。そして、その状態で議論が発生し、二項対立が発生したとして、意見1をA、意見2をBとする。そしてあなたはそのどちらかのグループの円卓についた。

 当然、掲示板に書き込みをしている人間は複数いるのだからA派のグループとB派のグループに分かれて、日常生活でヘイトを溜めている連中が「レスバトル」をする。5ちゃんねるではよくあることだ。そしてここからが問うべきところなのだが、あなたは同じグループに匿名xと匿名yなる2人の人物がいたとして、彼らを区別して議論をするだろうか?

 僕は否だ。匿名という特徴がない存在である以上、「グループにいる集合体」としか認識できないからだ。仮に区別しようとしても、潜在意識ではどこかシャム双生児のように繋がって見えるはずである。こうして軍隊アリのように団結し、自身が強いと錯覚した匿名は何か大きなことをしでかすこともあり、まるでスイミーのように1つの集団となる。この場合「眼」になっている黒い魚は、あなたなのである。ゆえに「きみとぼく」なのだ。神様(読者)の視点から俯瞰して見れば「巨大な魚」に見えるのだろうけれど。

 ……じゃあ、対岸の意見のグループは誰なのかって? それはまた、[きみ(メインヒロイン)]ではない別の登場人物なのではないか。と考えている。当たり前だが、セカイ系がいくらきみとぼくの物語だからと言って登場人物が2人だけしかいないなんてことはない。だから対岸にいるのは主人公と敵対する悪の親玉だったり、机をくっつけて弁当を食べるような間柄の友人であったり、主人公に強い影響を与えた大人だったりするのではないか。この辺りは対岸の主張によって千変万化するだろう。

 

 先程「匿名という特徴がない存在である以上」と書いたわけだが、では匿名でない、主流のSNSのようなハンドルネームがついたインターネットはどうなるのか? という疑問が湧くかもしれない。しかし、この状態でもやはり僕は「きみとぼく」を主張する。

 それは何故か。思うに、匿名から脱した状態でもインターネットの人間は1つのテーマのもとに群れたがるからだ。いわゆる「界隈」というものである。例えば横山光輝作画の漫画『三国志』には、「我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん」という名台詞がある。まあこれは現実に起こった話でインターネットの話ではないのだが、「コミュニティを形成して集団になりたがる」という点では匿名の有無に拘わらず変動しない。そしてこんな感じのキザなセリフを言うと先程と同様に「団結」が発生して、「ぼく」の1人称で見た時に1つの集合体となる。やはり、インターネットではどこでも[ぼく - 他人](きみ)の構図が成立しうるのだ。

 

 さて、僕の想定できる限りの疑問と書きたいことが紹介できたので、以上をもって「インターネットはセカイ系」の主張を終える。企画の話になるが、今回の作問にはいつも以上にテーマがあった。普段は大体"知らなくても興味を持ってもらえれば幸い"という体で作問しており、まあそれも立派なテーマなのだけれど、今回以上にテーマを駆使したノンジャンルの作問はないと思う。

 そもそもかような文章を書いてまでどうしてテーマを作ったかということだが、これは僕が普段企画参加している際の青問にセカイ系のコンテンツが殆どなかったからである。SFを親にして生み出されたライトノベルに端を発するとはいえ、本来は由緒正しい青コンテンツとしてオタクカルチャーに爪痕を残していたはずである。それこそ先述した『波状言論』なんかはオタクの教科書ではなかったのか――。そうして途方に暮れていたわけだが、しかしどうしようもないものはどうしようもない。打ちひしがれるしかなかった。僕は無力さに関してだけはセカイ系の主人公にも引けを取らないのである。

 ならば、布教するしかない。人望がないのでどの程度企画に参加してもらえたのか、もっと言えばこの文章を読んでくれたユーザーはさらに絞られるだろうが、僕にできるのは所詮一次元にしか満たない文字を紡ぎ続けることだけである。けれど、この文字が先に触れた「四次元」まで飛躍するかもしれないことがインターネットの良さであり、僕が見つけたレーゾンデートルである。六畳一間に鎮座するラップトップが世界中どこへも行ける魔法のアイテムと化すかは、結局のところ"ぼく"次第なのだ。

 ……とそれっぽい言葉で締められたところで、今回の結びとする。言い忘れていたが、リンクを張ったコンテンツは是非とも触れて頂きたい。特に秋山瑞人の作品は、触れてもらうだけで今回のブログの意味があるというものである。なお読後感に幸せを求めるのであればノベライズ版の『鉄コミュニケイション』しかお勧めできない。「セカイ系」の性質上仕方ないところもあるが、なにぶん寡作すぎるのだ。

 

 それでは諸君、よいインターネットライフを。

 

 

問題集より―― 前書き+α

juryが「みんはや」で出題したノンジャンル670問 - nanikadoing - BOOTH より

 

まえがき

まず初めにこの度は僕の問題集を購入して頂き感謝の意を表する。まえがきなんぞに興味がなく問題の方を見たいという方は短・中文問題集は次のページから、長文問題集は62ページから見られるということを記しておく。しかしながらまえがきに加えて、61ページの「なぜ長文を作るのか」という私見については制作意図を込めたものであり、是非とも読んで頂ければ幸甚である。

 さて、当問題集は僕がアプリゲーム「みんなで早押しクイズ」にて放流した短・中文580問、長文90問の計670問を収録したものである。まずもって僕自身が2018年4月頃に「みんはや」を始めるまでは全くと言っていいほど競技クイズに造詣がなかったこともあり、初期に作った問題にはかなり稚拙なものも含まれている。そういった問題を出題するうちに傾向を血肉とし、研鑽を積むことによって通常の競技クイズとは良くも悪くも一味違ったテイストを醸しだしているのが僕の出題するクイズなのだと思う。既存ベタ問へのアイロニーであったり目先を変えたようなものも作問したが、何より長文問題がその象徴と言っていいだろう。これについては先述の通り詳しくは57ページで触れている。また「みんはや」のレートから初めて知ったものはある程度あるのだけれど、基本的に「みんはや」を始めてからつけた知識で出題する問題はない。全てかつての僕がアカシックレコードの中から抽出した記憶であったり、ルーティーンの中で目にした関心事から出題している。例えば「リンゴ」という単語を思い浮かべたときに記憶している様々な事柄を樹形図のように拡げ、果ては枝葉末節に至るまで思索に耽ると、問題にする意義があるものが取り出せることもある。もっともこの方法は僕の負担も大きいので現状の通りなかなか企画を開く頻度は上がらないのだが、今のところ出題価値があるものを求めるには最適な方法であると考えている。加えて僕は未だ界隈におけるベタ問というのがどういった傾向を持っているのかいまひとつ解っていない。せいぜいノーベル賞や芥川・直木賞などの著名賞の受賞者は避けるべきということくらいである。そうした右も左も解らない中で「価値のある問題を出そう」とするのが素人の僕のモットーであり、「みんはや」をプレイする者としてのレゾンデートルではないかと今のところ考えている。

 とかくそういった視点でこの640問を見て頂き、興味を持った事柄は調べてもらえればこれ以上のことはないし、この問題集についても何でも構わないからリアクションをしてもらえればなおのこと有り難い。ひとえにお願い申しあげる次第である。そして「問題に価値はつけられるが、人智に価値はつけられない」ということを念頭に置いて閲覧頂ければと思う。
 
 なお、当問題集はあくまでノンジャンルで放流したもののみであり、青問やカルト企画で使用した問題は含まれていない。こちらもその内まとめて商品化する次第である。また当問題集の問題の羅列は概ね時系列に則るものではあるが、必ずしもそうとは限らない。付け加えてこのような試みが初めてということもあり、何か際立った不手際などあれば報告して頂けると幸いである。

 

 

juryが「みんはや」で出題した青問400問 - nanikadoing - BOOTH より

 

まえがき

まず初めにこの度は僕の問題集を購入して頂き感謝の意を表する。当問題集は僕が「みんはや」で公開したアニメ、ゲーム、マンガ、インターネット文化といった俗に言う「青問」に内包されているものを紹介している。しかしカードゲームやテーブルゲーム、ホビーにTRPGといったものは造詣があまりないため問題が全くと言っていいほどなく、また特撮に至っては青問だと思っていないため収録していないことをご了承されたい。

 問題は短文283問と長文117問の計400問からなる。また長文のうち赤枠で囲ってある最初の30問は、僕が長文を作るきっかけとなったカルト企画「早世したアニゲー同人ネット関係者」に収録したもの。その後の経緯についてはノンジャンルの問題集の方で詳しく触れている。

 以上が大まかな概要である。加えてまえがきに必要な僕にとってのポリシーのようなものも前問題集で散々のたまったので、何か青問についての話をしなければならない。そうだね、ノンジャンルと差別化を図る目的で言えば、まず青問はとにかく偏りやすいということ。無論これは僕自身の守備範囲、或いはもう少し狭めた"趣味範囲"が狭いこともあるが、なかなか作問する上で価値のある情報を引き出すことが難しい。よってノンジャンル以上に初期に作問したもの(当問題集で言えばおおよそ番号の若いもの)には稚拙な問題が多い。実のところ初めて企画した青問は僕にとって初めてかつ唯一の100人以上集まった企画でもあったのだけれど、未だに何が原因でそこまで来訪者が多くいたのかは解らない。逆に現状の参加者は半分以下にまで落ち込んでいるため、より多くのユーザーに見てもらいたい長文企画の方が広まらないと言った有様である。この辺りで僕自身の無力さを感じる。そもそも「みんはや」のフリーマッチが始まってからある程度の「界隈」が形作られるようになったからだろうが、僕のいない間にいつの間にかさらに結びつきが強くなったようで、無名のバガボンドたる僕には少々やりづらいところもあるのかもしれない。

 ……愚痴をしたためてばかりではいたたまれないだろうから話を戻そう。青問の範囲の話である。これは通常のノンジャンル以上に制作者の趣味が出るものであり、よくよく観察するまでもなく任意のユーザーの企画毎に同じコンテンツが入っているということもザラにある。また青問そのものも広義で言えばカルトなのだから、作問者が問題文で語る愛をどのように捉えていくか、ということも焦点となっていくのではないか。つまるところ僕らは任意の作問者が生涯において育ててきた食材から出たスープを、「みんはや」という器によそいところ構わず啜っているのである。その十人十色で千錯万綜の玩わいを好みと感じるかどうかはその人次第だ。

 

 

コラム - なぜ長文を作るのか

僕の作問スタイルを象徴するものとして文章を長くした問題、所謂「長文」を挙げて頂ける方は多いかもしれない。次の62ページから記しているのは若干長さに違いはあれどそのような意識をして作った90問である。基本的に長文問題というものは冗長であったり話が脱線しているものを一文でまくしたてる訳であるから、オッカムの剃刀のように問題文の長さを必要最小限に留める競技クイズにおいては敬遠されている(と感じている)。しかしながら、競技クイズにおけるの単文の枠組みに収まらないほど多様な逸話に事欠かない事象も多くあるわけで、そうしたものを取り逃してしまうのはもったいない。そして何より、長文になってしまうほど僕が興味を惹かれているということの証左でもある。かようなことを反映していくと、僕にとって作問というのは自己表現の一種でもあるのではないかとも考えており、それが最も際立った形で現れるのが長文問題ではないかと結論付けている。
 
 そもそもどういった契機でこうした長文問題を作るようになったかと言えば、2019年3月9日に行った企画「早世したアニゲー同人ネット関係者」によるところが大きい。物故者への思い入れの丈を僕なりにぶつけていった結果文章が膨れ上がってしまい、気が付いた頃には削ろうにも削れない状況に陥ったのである。そこでいっそのことこのまま流してしまおうと相成ったのがこの企画であったのだけれど、有り難いことに結果は"長文であったお陰で"概ね好評であった(Twitterで[since:2019-03-09 until:2019-3-10 #みんはや]と入力しひたすら遡れば当時の様子が確認できる。なおこの問題集は「青問題集」の一部として販売する予定であるのでそちらにも興味を示して頂ければこの上ない)。その時には自覚がなかったけれど、この若書が僕の長文を製作する契機であったことは寸毫の疑いを入れるまでもないだろう。
 
 こうして味を占めた僕はノンジャンルでも最早「長大文」と言えるほどの長文問題を製作するようになった。言うまでもなくこれほどの文量であると作問に時間がかかることのみならず取り掛かることすらなかなかままならない状況があり、企画スパンが相当長くなってしまうのでしばらく失踪していた時期もあった。加えてこれはあくまで所感であるのだけれど、「みんはや」の企画参加者は以前より明らかに知識を身に着けているように感じてしまい、より魅力的な情報かつ、なるべく知られていなさそうなものを海馬を漁りながら展開させアウトプットしている状況である。おかげさまで最も直近に行った長文企画(2021/11/26)では最高得点者でも3/20という最低記録を出してしまった訳だが、流石にもう少し答えることができないとクイズというものは面白くないだろうから、この辺りの塩梅は推敲せねばなるまい。もっとも競技クイズ界隈を知らない僕は物差しを持たないのだから、結局好きなように作問してしまう羽目になりそうである。
 
 そんな感じでここまで長文の作問をする理由を長々書いてきたわけだけれど、別に長文を書く背景なんかは知らなくたって構わない。ほんとうに伝えたいことは、僕が長文企画を行った時によく口にする"知らなくても興味を持ってもらえれば幸い"という言葉なのである。

雑問偏重日記

"付録のついたブログ"

 

現在、日本の輸入の99%は船によるものだと言われていますが、近世までの船の歴史について触れてみます。

ユーリ・ガガーリンが「地球は青かった」と語ったように、現在僕らが住む惑星の70%は海に占められています。よって人類はこの7割を移動する方法を古来から考えてきました。原始的かつ簡易な舟であるイカダが発明されたのは紀元前1万年ほどとされており、これは紀元前3700年頃に登場した車輪より圧倒的に早く、舟は人類最古の乗り物だとされています。中国浙江省にある河姆渡遺跡(かぼと-)では紀元前5000年頃の「パドル」や、イカダをより進化させた「丸木舟」が発見されており、そういった事実からも舟の歴史を伺い知ることができます。

やがて古代エジプトで帆船が発明されると、紀元前1世紀ごろには「ジャンク船」に代表される大型船も登場し、「海のシルクロード」の開拓に大きな功績をもたらしました。

さて、時代は飛んで中世にもなってくると、ご存知羅針盤の発明により大航海時代が巻き起こったことによって、船は交易の主流となります。当時は三角と四角の帆を張り合わせた、まるで海賊船のような「キャラック船」という大型船が主流で、マゼラン艦隊はこれで世界一周をしたとされています。またこうした大型船は香辛料の輸送だけでなく、奴隷を運搬するものとしても機能するという負の歴史を生んでいます。

こうして長く活躍した帆船ですが、19世紀にもなると淘汰されていくようになります。これは1869年にスエズ運河が開通した際、それを通る地中海域には風がほとんど吹かなかったということもあるのですが、なんといっても産業革命によるものが大きいでしょう。日本では「黒船」と言われたような大型の蒸気船など、蒸気によってこれまでにない全く新しい船の動力がもたらされました。

そこで問題です。

19世紀中頃にはイギリスで蒸気を用いたスクリュー船が開発されましたが、当時のイギリス海軍はこの性能を懐疑的に見ており、なかなか従来の外輪船から脱却しようとしませんでした。そこでスクリュープロペラの特許を持っていたフランシス・ペティ・スミスなる人物は、自身が設計したスクリュー船「ラトラー号」とイギリス海軍の外輪船「アレクト号」を「ある方法」で競わせました。この結果ラトラー号が圧勝し、以降スクリュー船が中心となっていくのですが、その「ある方法」とは何でしょう?

 

大政奉還から少し経った1875年、大久保利通木戸孝允板垣退助らが集結して開かれた大阪会議により、明治政府は今後欧米諸国を見習い、三権分立の体制を築くべきことを定めた「立憲政体樹立の詔」を発布しました。そこで体制の根幹を成す憲法を作っていこうとするのですが、ここでひとつ問題が起きます。内閣内で「イギリスを手本にするべき」と主張する大隈重信と、「ドイツを手本にすべき」と主張する伊藤博文の間で対立が起きてしまうのです。大隈が主張したイギリスの政治というのは、王は一切関知せず内閣のみで政治を行うというもの。一方伊藤が主張したドイツの政治というのは、王(皇帝)が絶対的な権力を持ち、王の命令の下政治が行われるというシステムです。こう見ると現在の国会にも近いイギリスの政治手法の方が先進的に思えますが、伊藤曰く、まだ明治維新から間もない日本にはイギリス式は難易度が高く、王(天皇)の命令で政治を行う方が安定するからとのことだったようです。結局意見が通ったのは伊藤の方で、大隈は先に起こっていた開拓使官有物払下げ事件の影響もあり、「明治十四年の政変」で政府から追放されてしまいました。

さて、そうなると忙しくなってくるのは伊藤で、以前岩倉使節団の一員であった際にはオットー・フォン・ビスマルクらに影響を受けたこともあり、1882年には再びドイツ・イギリスなどに滞在します。そこでは大学で憲法学者の講義を受けて学ぶなどして情報を持ち帰り、帰国すると爵位制度なども定めた伊藤は、1885年に太政官制を廃止し、ご存知の通り自らが総理大臣となって欧州を手本にした内閣を開設しました。

では、ここで問題です。【漢字2文字で回答】

公家の出身で、後に代理の総理大臣も務めている三条実美という人物がいます。実は彼は1885年に内閣が作られた当初、初代総理大臣の候補として伊藤博文と共に挙がっていたとされています。しかし、伊藤の友人であった井上馨が「『これ』ができないと駄目だ」と発言したことにより三条は初代総理大臣の座を逃しました。では、現代社会でも重要とも言える「これ」とは何のことでしょう?

 

古来から化粧というものは多くの人々にとって命を賭してでも美を追求するアイテムでした。昔は男性も化粧が行うのが一般的であり、古代エジプトではコールと呼ばれる鉱石から作られたアイラインが有名です。これは、単に目元を目立たせると言うだけではなく、コールに含まれる成分が虫除けにもなったと伝えられています。

こうした化粧文化の歴史にはには面白い話があるので、4つほど箇条書きで紹介してみます。

1.プリニウスの代表的著書『博物誌』では「子牛の蹄を数十日煮詰めてトロトロにしたもの」を今でいうパックの材料として使用していた。

2.16世紀ごろにメディチ家に仕えた「大予言」で有名なミシェル・ノストラダムスは、当時のメディチ家の当主カトリーナに「シミ消し」として、ニワトリのフンをレモン汁で蒸留したものを献上していたという記録が残る。

3.暴君として有名なローマ皇帝ネロの妃・ポッパエアはミルク風呂に入るために500頭のロバを飼育し、さらに100人以上もの奴隷を駆使して半日に渡る化粧や身体のケアを行ったとされる。

4.魏を建国した三国時代の有名な英雄・曹操は天下統一を目指していたため「統一」に異常なまでに拘った。結果として、魏の女性は左右の眉毛を一つになるように繋げたという。この眉毛を一つにする文化は現在も中央アジアを中心に残っているらしい。

他にもまだまだありますが、こんな感じでしょうか。時代はもちろん、地域によってもさまざまな見せ方があるようですね。

さて、冒頭で化粧のことを「命を賭してでも美を追求するアイテム」と表現しましたが、これは何も比喩ではありません。例えば中世ヨーロッパで使用された「ベラドンナ」という植物の汁は瞳を大きく見せる効果があったのですが、これには毒が含まれており失明する人がいたという話もあります。さらに19世紀前半、女性の中で「体を不健康に見せて弱々しさを見せる」というオシャレの風潮があり、貴婦人たちは体重を落としてやつれるばかりか、夜更かししてクマまで作るようにし、極めつけは体に黄疸ができているように見せるため顔を黄色に塗ったと言います。そして何より近世までもの間、貴族の間では体に有害な鉛が含まれていた白粉が使用されており、中には鉛中毒で死んでしまったという人もいるのですからまさしく命がけだったと言えましょう。

では、そんな「命を賭して美しく見せる化粧」から問題です。

476年に西ローマ帝国が滅ぶと西ヨーロッパではカトリックが権威を持つようになり、「人間の見た目を変えてしまう化粧は神への冒涜だ」ということで一時的に化粧が禁じられる一幕がありました。しかしなんとしても肌を綺麗に見せたかった一部の女性は、「あること」をしてまで肌を青白く保とうとしたのです。後に中世ヨーロッパでは治療の目的で理髪外科医が多く行った、その「あること」とは何でしょう?

<ヒント>

肌が青白いということは……?

 

巷ではよく「これ本当にCERO:Aでいいのかよ!?」というようなツッコミが多くされるゲームがありますが、その代表格とも言えるのがコナミのゲーム『パワプロクンポケット』シリーズと言えましょう。お泊りイベントで体力は下がるのに弾道()が上がったり、鬱ゲーさながらの胸糞エンドを迎えたりとその「エロゲっぽさ」は枚挙にいとまがありません。

しかしこれに個人的に付け加えて言うのであれば、近年では(とはいってもここ15年くらい)本家である『実況パワフルプロ野球』シリーズにもその余波が押し寄せている気がします。ちなみに2007年には同人サークル「劇団近未来」により『実況ナマハメエロ野球』なるどう考えてもアウトなパロディアダルトゲームが頒布され、見事同年10月にコナミからお叱りを受け回収されるという「リリース×」な一幕があったのですがそれはさておくとして。

僕が一番『実況パワフルプロ野球』で「エロゲっぽさ」を感じると思うのがオープニング及び主題歌です。あまり知名度のない女性歌手を起用するところだったり、その歌声、さらにムービーにしてもとてもエロゲの主題歌っぽいなと思うのです。こればかりは聴いてみなければ分からないだろうから詳細は省きますが、ここで問題です。

数々のアダルトゲームの主題歌を担当し、その中の代表曲には『アイの庭』『アマオト』『二人色』などがある歌手で、後に「mao」という名義で『実況パワフルプロ野球2014』の主題歌『Link』を歌うという、「エロゲっぽさ」どころか「正真正銘のエロゲに関わっている歌手」でもあり、更にその前の2007年には『ドラえもん』の主題歌『夢をかなえてドラえもん』を歌っており、実際のところは別人物として扱われているものの、「エロゲ歌手としても現役バリバリながら国民的アニメの歌手にまで上り詰めた」として当時多少なりとも話題になっていたのは誰でしょう?

 

「魔術」と「手品」は英語では共に"magic"となりますが、その通り魔術と手品の起源は同一のものと言われています。概念としての登場は魔術が先と言われていますが、例えばそれは古代エジプトから演じられ、現在でも行われる「カップ&ボール」などでトリックを駆使するようになった結果、そのタネを知らない民衆から尊敬の意味を込めて「魔術師」と呼ばれるようになったわけであって、結局のところ手品師となんらやっていることは変わらないわけです。

それを証拠として中世ヨーロッパではマジシャンは「怪しい術を使うヤツ」として迫害の対象になりました。いわゆる魔女裁判ですね。これによりマジシャンは一時期息を潜めるようになります。

これが大衆のエンターテインメントとして認められるようになったのはカトリックの力が弱まった16世紀のことで、更に19世紀以降にもなってくると、「近代マジックの父」ことロベール・ウーダンを皮切りとしてより複雑なマジックが行われるようになりました。美女を真っ二つに切断するマジックを初めて行ったP・T・セルビットや、椅子に座った女性が消えるマジックを考案したボーティエ・ド・コルタ、そしてアメリカ人なら誰もが知る「脱出王」ハリー・フーディーニなどこの辺りを挙げていくとキリがないので、ここで問題です。

マジックの種類における最もベタなものとしては、自在にモノの存在を操る「出現/消失」の機構を含むものが挙げられます。これらはシンプルであることから時代を経るにつれより大がかりな仕掛けが求められるようになりました。では、1983年に放送されたアメリカの特番にて、世界で最も成功したマジシャンと言われるデビッド・カッパーフィールドが消して見せた、ある「巨大なもの」とは何でしょう?

<ヒント>

マジックの舞台もアメリカです。

 

かつて某インスタント麺のCMに使われたことから広まったとされる「中国4000年の歴史」とはよく言ったものですが、この「4000年」という言葉において最も大きなウエイトを占めるのは中華料理ではないかと思われます。現在の代表的な中華料理はほとんどが新しい上に漢族でない清王朝によってもたらされたというのはもしかしたら周知の事実かもしれませんが、歴史という点では確かに4000年あると言えるでしょう。

例えば夏王朝の伝説的な王「黄帝」はかまどを発明し、調理の方法を教えたと言われています。さらに周の頃には最古のメニューと呼ばれる「周八珍」というものが既に確立され、名物として紹介されていたという記録が残ります。やがて中世になるとヨーロッパからの食物が多く輸入されますが、清の時代になると先述の通り今に繋がる中華料理が多く生み出されます。とはいえ4代皇帝である康熙帝は非常に質素な生活を心がけ、1日2食しか食べなかったという逸話があります。これが大きく変わることとなるのは6代皇帝の乾隆帝の頃で、彼が60歳の誕生日を迎えた際に2800人もの人物を招待して料理をふるまったことが、いわゆる「満漢全席」の始まりと考えられています。

さて、中華料理を語る上で欠かせないのが「珍味」ではないでしょうか。有名なのはオランウータンやフカヒレ、ウミツバメの巣などが挙げられますが、さらに唐から宋の頃にはアリ、ラクダ、コウモリ、ゾウの鼻など多くの珍味が食される「グルメブーム」が起こるなど、「ゲテモノ」と言われることはありながらも多く食されてきました。

では、ここで問題です。【AのBという形で回答】 周の時代から食されており、あの孟子が『告子章』のなかで「魚料理も好きだが、『これ』も好きである。しかしどちらかしか選べないと言われたら『これ』を選ぶ」と述べた記録が残っている、現在でも貴重なある動物を用いた珍味は何でしょう?

<ヒント>

肉球があるのでコラーゲンが多く含まれています。

 

近年は若者の間でキャンプブームが巻き起こっているようです。それも集団ではなく1人で行う、いわゆるソロキャンプなるものが流行を見せています。この前僕が書店へ立ち寄ったときにも、初心者へソロキャンプを勧めるガイドブックが多く平積みになっていました。

「どうしてソロキャンプなのか?」という点については、専門家曰く先述したようなソロキャンプ用のガイドブックの増加などに代表される、敷居が低くなったことが物理的な要因だと言われています。さらに当然、日頃のしがらみから逃れるために自然の中で五感を研ぎ澄ましてリラックスする行為が有益であるから、ということも挙げられます。

加えて個人的に言うのであれば、若者文化としてのソロキャンプへの憧れという点であfろの漫画『ゆるキャン△』の影響は外せないと思います。作中の登場人物である各務原なでしこや志摩リンなどが行った富士山を間近にまみえるキャンピングはアニメを視聴した方には印象的でしょうし、同地のモデルとなった山梨県身延町は2022年版「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」にも選出されています。思えばアニメ『おねがい☆ティーチャー』で「元祖アニメ聖地」として著名になった長野県大町市木崎湖もキャンプ場が多く営まれていますし、そういった意味では最も聖地らしい聖地と言えるのかもしれませんね。

さて、ここで問題。

キャンプにおいて欠かせないと言えるのがアウトドアグッズです。近年ではソロキャンプということもあってか非常にコンパクトに畳めてかつ一人用のものが売り上げを伸ばしているそうですが、兵庫県姫路市にある尾上製作所では、「ある昭和のアイテム」がキャンプ用品として2020年には前年の3倍、更に翌年には2020年の5倍と大きく売り上げを伸ばしていると言います。電気を使わないことからキャンプに留まらず家庭でも注目されているという、この時期には特に必要になってくるかもしれないそのアイテムとは何でしょう?

 

江戸時代の町人文化には、今にも繋がっていく娯楽が多く生み出されました。歌舞伎や花火なんかももちろんそうですが、今回取り上げたいのは「旅行」です。江戸時代も中期に入っていくと五街道を中心に多くの道や宿場町が整備され、多くの紀行文や小説が著されたこともあり旅行が一大ブームとなりました。

江戸時代の旅行はと言えば、お伊勢参りだとか、四国八十八か所廻りだとか、現在でも存在する「パワースポット巡り」が主流でした。しかし道中にある温泉や名物を堪能することもきちんとしていたそうで、この辺りは今と変わりないでしょう。特に伊勢神宮に近い桑名では焼きハマグリがよく食されていたと言われています。「その手は桑名の焼き蛤」なんていう洒落言葉もこうした経緯があって生まれたのでしょう。

こうして現在と近い旅行の形態にあった江戸時代の旅行事情ですが、もちろん違う点もあります。費用の高さだとか関所手形が必要だとか(地域ごとのビザと思えば今と変わりないかも?)いろいろあるのですが、最も異なる点はと言えばほとんどの人間が歩いて旅をしていたということではないでしょうか。馬や駕籠などの輸送手段もなくはないのですがこれは裕福な人間に限られていたようで、男性は一日30-40キロほどを弥次さん喜多さんよろしく「東海道中膝栗毛」をしたわけです。

しかし例外もあります。例えば、外様大名が攻めてくるのを防ぐために現在の静岡県にある大井川には橋が架けられていませんでした。よって大井川には「川人足(かわにんそく)」と呼ばれる専用の運び屋がおり、体のどの部分まで水かさが達しているかで渡し賃が決められていたようです。それでも「越すに越されぬ大井川」というだけあってどうしてもダメなときは周辺の宿に留まらなければなりません。こうした場合お金を落としてくれるので川人足はたいそう喜んだとか……。

……と、他にもいろいろ面白い話はあるのですがキリがないのでここで問題です。

江戸時代に旅をしていたのは何も大人だけではありません。親や主人に無断でお伊勢参りをする「抜け参り」が子供の間でも流行っていたと言われています。そんなことをしたら現代では当然怒られそうなものですが、「ある道具」さえ持参していれば抜け参りをしても怒られないどころか、食事や宿泊費もタダにしてもらえたり、お金も恵んでもらえたという記録が残っています。

さて、そのある道具とは何でしょう?

<ヒント>

お金を恵んでもらった際には「ある道具」にお金を入れていたと言われています。

 

16世紀の初めごろ、イングランドテューダー朝にはヘンリー8世という王様がいました。後述するような事情によりそれなりに世界史に響く出来事を起こしたので一定の知名度があると思われ、「アナモルフォーシス」の技法で著名なハンス・ホルバインが描いた肖像画でも知られています。余談ですがこの肖像画、やけに肩幅が広く描かれているんです。これは何も誇張して描いたというわけではなく、当時は体を大きく見せることが王の権威の象徴だということで、肩のあたりを膨らませるため詰め物をしていたからだという説が有力です。もっとも、乗馬をやめて以降は本当に太ってしまったという話もあるのですが。

さて、このヘンリー8世は若いころは文武両道として知られており、イングランド王国名うての名君と言われていたのですが、年を経るにつれ段々と奇行が目立つようになりました。反逆罪を濫用して古参家臣を処刑したり、350年以上前に死んだ先祖の敵の墓からわざわざ遺体を掘り出し、ガイコツに向けて死刑を宣告、火あぶりにしたという逸話もあります。

ですが最も知られているのは、当時カトリックでは禁じられていた「離婚」をしたかったがために、むざむざローマ・カトリック教会から離脱し、イングランド国教会を創設したエピソードではないでしょうか。結果として彼は生涯に渡り6度の結婚、5度の離婚を繰り返しました。ですからヘンリー8世の伴侶となった女性は6人。カトリック教会離脱のきっかけとなった第1の妻キャサリン、浮気という言いがかりをつけられ処刑までされてしまった第2の妻アン・ブーリンと第5の妻キャサリン・ハワード、唯一男児を授かるも出産後に病死した第3の妻ジェーン、最後の結婚であった第6の妻キャサリン・パー。そして残るは第4の妻なのですが、ここで問題です。

1539年頃、先程も触れた画家ハンス・ホルバインが描いた「第4の妻」の肖像画ヘンリー8世が一目惚れしました。しかし実際に彼女の顔を見たところ「想像していた顔より美しくない!」と激怒、結局僅か半年で離婚することになったといいます。

では、この逸話の通り(?)名前に「ブス」が含まれている、「第4の妻」とは誰でしょう?

<ヒントというか補足>

この時代のイングランド宗教改革を行ったことで有名なトマス・クロムウェルは、この「第4の妻」を紹介してしまったことをきっかけに処刑されてしまったと言われています。

 

【ゲームやアニメの話が大半を占めますが、最終的に問題はほとんど青と関係がなくなります。】

今、『ポケットモンスター』が熱いですね。去年の11月に『ダイヤモンド・パール』のリメイクである『ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール』が発売された際には、本元であるゲームフリークが制作するのではなく、あまり実績のない会社に外部委託されてしまい、前評判通りあまり芳しくない様相を呈していたように思えます(もちろんあくまで個人差なのですが)。

しかしゲームフリークが本腰を入れて先日1月28日に発売された『Pokémon LEGENDS アルセウス』は、シリーズ初のオープンワールドゲームという事情もありながら、ポケモンの野性的な生態に迫ったり、3Dマップでトレーナーであるプレイヤー自身も活発に活動できるなど、今までにないリアリティのある描写で、とてもいい意味での話題を呼んでいるように見受けられます。

そして、「新無印」と銘打たれているアニメ『ポケットモンスター』も好評放送中です。従来のシリーズのように一つの地方を回るのではなく、さまざまな地方を巡るのが今作のコンセプトであり、かつて登場したキャラクターも数多く登場することが特徴です。2022年2月25日には、ゲーム『ソード・シールド』に登場し人気を博したマリィがアニメに初登場するそうで、声優は小倉唯が務めるようですね。そういえば、このマリィはソーシャルゲームポケモンマスターズ』では田村ゆかりが声優を務めていたことでも話題となりました。

小倉唯田村ゆかり、この2人を並べたときに真っ先に思い出される他作品のアニメと言えば……多分、『変態王子と笑わない猫。』なのではないかと思います。メインヒロインの筒隠月子役を務めたのが小倉唯、その姉である筒隠つくし役を務めたのが田村ゆかりであり、何といっても同作のオープニングテーマ『Fantastic future』を田村が、エンディングテーマである『Baby Sweet Berry Love』を小倉が歌っているという点が印象的でしょう。

さて、ポケモンから始まって無理矢理話を横に逸らせてしまいましたが、ここで問題です。

変態王子と笑わない猫。』の作者であるさがら総が大の将棋好きであることから、同作のタイトルは彼のあだ名「振り穴王子」に由来しているという、2005年に早稲田大学入学と同時にプロデビューを飾ると、2018年には竜王戦羽生善治にフルセットの末勝利し、羽生が27年振りの無冠になる要因を作った棋士は誰でしょう?

 

SFとはいつの時代も定義が難しいものです。ここでいうSFとはサイエンス・フィクションもスペキュレイティブ・フィクションもサイ・ファイも全て包括したものを指しますが、いずれも境界が曖昧である以上無理に定義をする必要はないというのが現況でしょう。SFの系譜を受け継いでいるライトノベルが好例ですが、原義の括りからかけ離れている例も多く散見されますし、そもそも定義ができないものと捉える意見が多いようです。

しかし、いずれのSFにおいても世界観の構築は重要となります。ハイファンタジーでもローファンタジーでも、どのような舞台、環境、存在をベースにするかというのは大きな内容のウエイトを占めますが、中には既存のSF的世界観に囚われない特異なものも多くあります。中でも面白いかどうかはさておいて僕が衝撃を受けたのが、かつて紹介したかもしれない伊藤計劃の『セカイ、蛮族、ぼく』という短編。冒頭の一文を載せておきます。

「『遅刻遅刻遅刻ぅ~』と甲高い声で叫ぶその口で同時に食パンをくわえた器用な女の子が、勢い良く曲り角から飛び出してきてぼくに激しくぶつかって転倒したので犯した。」

読んでの通り、ベタベタなラブコメの冒頭かと思いきや最後の「犯した」で全てを無に帰しています。この後は「それはぼくが蛮族だからだ。」と続き、そして「どうして自分は"蛮族"なのだろう?」と自身に問うという、哲学的な内容となっています。この倒錯こそがSFなのかどうかは解りませんが、かような前衛的な世界観のものは特に短編に多い印象があります。

では、そんな「特殊な性質を持つ人間が主人公のSF」から問題。

【答えは漢字3文字】

SFにおけるニュー・ウェイブの書き手の一人にJ・G・バラードという作家がいます。彼はディストピアかつシュルレアリスム的な世界観の作風を得意としており、代表作である『クラッシュ』は、「あるもの」が"クラッシュ"されることに性的興奮を覚えるという人間が主人公となっているのですが、内容のあまりもの異質っぷりから出版を咎められたほどでした。では、その「あるもの」とは何のことでしょう?

<ヒント?>

バラード本人は、「『クラッシュ』を世界最初のテクノロジーに基づくポルノグラフィーだと考えたい」という意向でこの小説を発表したそうです。「テクノロジー」というワードがヒントになるかもしれません。

 

さて、冬季北京五輪が間近となってきました。しかし残念ながら僕はウィンタースポーツの造詣がさほどないので、2022年にもう一つあるスポーツフェスティバルについて触れようと思います。

そうです、11月21日から12月18日にかけてカタールで開催されるワールドカップですね。コロナ禍の中であることも予想され、中東という色々な意味で不安定な立地の中の開催となりますが、無事に遂行できることを祈っています。

さて、他の競技もそうである通り、サッカーは時代と共に戦法が移り変わっており、ワールドカップではそのさまを色濃く見ることができます。そのような中で、現在昔に比べて最も重要な位置づけをされるようになったポジションと言えばゴールキーパーではないでしょうか? GKというとあまりサッカーに造詣がない方からはシュートを止めることが役回りの大部分を占めると思われがちですが、現在ではペナルティエリアの外に出てボールをクリアしたり、攻撃の軸となる「ビルドアップ」をより効率よく行うために足元の技術が必要ともされており、

こうした性質を持つGKは時に「スイーパー=キーパー」と呼ばれています。スイーパーとは主にセンターバックカバーリングを行うポジションなのですが、実質的な運動量は少ないためこうしてGKが兼用するケースが増えたという訳ですね。

実はこのスイーパー=キーパーの役回りをしたGKは昔からいました。アルゼンチン史上最高のGKと名高いアマデオ・カリーソ、「トータル・フットボール」時代のオランダのGKヤン・ヨングブルート、当時史上最強と言われたハンガリーの「マジック・マジャール」の守護神グロシチ・ジュラなどが代表的でしょうか。しかし近代的な戦法という点においてこのスイーパー=キーパーの役割を明確化したのは、現在でもバイエルン・ミュンヘンゴールマウスを守るマヌエル・ノイアーと言っていいでしょう。2014年ブラジルワールドカップにてドイツは優勝を果たしましたが、その最大の立役者であり、同大会のMVPを受賞したのがノイアーだったのです。しばしばドイツ人GKは「ゲルマン魂」と呼ばれる強いリーダーシップを持つ存在としてチームのシンボルに上げられますが、彼もまたその系譜だったと言えましょう。

大変長くなってしまいましたが、申し訳ないことにここまでが前置きです。先程ノイアーのことを「ゲルマン魂を持ったチームのシンボル」と述べましたが、この括りにいるドイツ人GKとしては忘れてはならない存在がいます。

それはノイアーと同じくバイエルンゴールマウスに君臨し続けたオリバー・カーンです。最後尾から檄を飛ばしてチームを鼓舞するその姿は、チームメイトのメーメット・ショルからも「この世で一番怖いものは戦争とカーン」と言われるなど敵味方問わず恐れられたのですが、その実力は疑う余地はなく、現在ドイツで最も多くのタイトルを獲得した選手だとされており、引退後もなおドイツ社会に発言権を持つほどのカリスマ性を発揮しています。 ちなみに先程触れたようにノイアーは2014年ブラジルワールドカップでMVPを受賞しているのですが、カーンは準優勝ながら2002年日韓ワールドカップでMVPを受賞しており、これはゴールキーパーとしてはワールドカップ史上初のMVPとなっています。

では、ここで問題。

名実ともに当時史上最高格のGKであったカーンは、2002-2003年にかけてブンデスリーガの最多無失点記録を継続中でした。しかし迎えた2003年02月10日のハンブルガーSV戦、ついに「ある選手」にゴールを決められ記録が途切れてしまいます。実はその「ある選手」とは日本人なのですが、誰でしょう?

<ヒントと余談>

この選手はその後再びJリーグに戻り、2011-12年には清水エスパルスでプレーをしました。微妙に時期はずれているのですが、この頃の清水は彼に加えて藤本淳吾エディ・ボスナー岡崎慎司小野伸二など、見ていて面白い選手がとても多かったですね。

 

①綱引き

②英語

瀉血

Duca(デュッカ)

自由の女神像

⑥熊の掌

⑦湯たんぽ(トタン製のもの)

⑧ひしゃく

⑨アン・オブ・クレーブス(Anne of Cleves)

広瀬章人(ひろせ・あきひと)

⑪自動車

高原直泰(たかはら・なおひろ)

インターネットで物議を醸す"ツイフェミ"はフェミニストと呼ぶべきではない

 まず最初に言わなければらならないことがあるのだけれど、僕はあまりこういう記事を書きたくなかった。根も葉も実りもない堂々巡りの諍いを繰り返す連中の渦中にむざむざ首を突っ込もうとするほど馬鹿ではなかったはずだから。けれどどうしても僕は奥歯に物が挟まったような違和感を覚えて書かずにはいられなくなった。だから文章を少なくして端的に書くし、最初に言いたいことを明示する。

 近年「女性蔑視」を盾にして表現規制をのたまい、インターネットを悪い意味で騒がせている連中は「フェミニスト」ではなく「ミサンドリスト」と呼ぶべきであると。

 何もこれはそのミサンドリストだけに向けた言葉ではない。日夜表現を守ろうとやっかんでいるネットギークにも戒めを込めて今一度言葉の意味を見直すべきだというのが執筆契機であり、正しく女性の権利を守ろうとする人間、即ち本来の意味でのフェミニストたちまで謗ってはならない。仮想敵はきちんと見定めることだ。

 

 定義づけもないまま現状の「ツイフェミ」などと呼ばれている"自称"フェミニスト(以下全てこの連中をツイフェミとかミサンドリストと呼ぶ)をミサンドリストと呼んだところで説得力も生まれないだろうから、フェミニストミサンドリストの正しい意味について説明しよう。

 

 まずフェミニストについてである。一般的に日本語では「女性解放思想」などと訳されるが、これは字面の通り従来の女性観点の価値観からの脱却を示すものであり、封建主義の瓦解と共に誕生したものだ。有名なのがフランス革命である。ラファイエットにより起草された『フランス人権宣言』には一般市民が持つべき様々な権利が書かれていたのだが、とりわけ参政権は男性のみとされていた。もとより革命期からテロワーニュ・ド・メリクールのような強い女性のシンボルたるような存在は現れていたが、この男性のみの参政権が明言されたことにより一層女性の権利は叫ばれることとなった。結果オランプ・ド・グージュやメアリー・ウルストンクラフトらの手によりフェミニズムが産声を上げ、当時にフェミニストなる概念が生まれたのである。

 そしてこれは日本でも例外ではない。周知の通り鎖国をしていたため女性の権利が叫ばれるようになったのは明治以降になるのだけれど、平塚らいてうや市川房江といった義務教育でも習うような偉人女性が婦人解放運動を行い、努力の末女性の参政権などが認められて現在に至る訳だ。

 つまるところ現状ギークたちが蔑称の如く呼んでいる「フェミニスト」はこれら女性の権利を切り開いた偉人を「ツイフェミ」と同じレベルに落として貶すこととも同義であり、侮辱していると受け取られてもおかしくない。言葉は時代とともに移り変わるものであり、それもまた文化であると僕は熟知しているが、流石にこれは看過できない案件である。

 

 さて、一方の僕がツイフェミと同一視したミサンドリストについてである。これは日本語に訳すと「男性嫌悪」であり、最早ただの感情論で行動していると言っても差支えない。そして感情というものは時に恐ろしいものを引き起こしてしまうこともある。かつてアメリカにヴァレリーソラナスというミサンドリストがいた。彼女はSCUM Manifesto("scum"とは"Society for Cutting Up Men"、即ち全ての男性を抹殺するという意味。単語のscum(ごくつぶし)ともかかっている)という苛烈な公約を掲げ、ついには著名画家アンディー・ウォーホルを銃撃して重傷を負わせるという犯罪まで犯してしまう。当時世間を席巻していたウォーホルを狙撃したことは当時世間を大いに騒がせ、後に映画化に至るまでとなった。

 ――とまあ、これはだいぶ極端な例になるけれど、要はミサンドリストというのははっきり言ってしまえば「自らが女性に対しての性差別を助長すると思えばもれなく排除に動く」といったろくでもない連中である。アニメ・ゲームをやたらと槍玉に上げたがるツイフェミを僕がミサンドリストと同一視しているのはこういった所以である。そのような文化が直接女性のみに危害を及ぼす例があったならまだしも、勝手にテリトリーに入っていって発砲されているのだから関係者にとってはたまったものではないわけであり、傍から見ていればその主張は思うようにならず駄々をこねている幼児のような滑稽なものにしか見えず、結局感情論で排斥したいだけではないかと訝しんでいる……というよりそう思ったからこの記事を書いている。

 

 もちろん、Twitterをやっているフェミニスト(≠ツイフェミ)の中には先人たちの意志を引き継ごうとしているきちんとした女性の権利を主張する人物もいる。だから今一度告げたい。「"ツイフェミ"は正しいフェミニストの活動を邪魔するな」「ネットギークは浅慮で正しいフェミニストまで巻き込むな」とね。

ロリィタ・ファッションについて

某所で行ったクイズ企画の前置きをリライトしたもの。ロリィタ・ファッションの歴史や先入観について主に述べている。

 

①ゴシック・ロリィタ=ロリィタ・ファッションではない         

「ゴシック・ロリィタ」とはあくまで括りの一つであり、ロリィタ・ファッションそのものを指す言葉ではない。そもそも「ゴシック」という言葉自体が多くのサブカルテイストを内包するものである以上そのどれもが曖昧な基準ではあるのだが、ロリィタ・ファッションの種類には実に様々なものが存在する。愛好家たちは時代が変遷するに連れかような幅広いデザインのロリィタ・ファッションをある程度分別し、一定の枠内に設けているのである。インターネットにおいて多くのジャンルが口伝され広まった結果曖昧になったという点では、長らく現代文学を悩まる「一般小説とライトノベルの違いは何か?」という問題に似ているのかもしれない。だが基本的にはゴスロリ甘ロリ・クラロリの3種類を覚えておけば、知識としてそう困ることもないだろう。

 

ゴスロリ...言わずと知れたロリィタ・ファッションの王道。だがそれがどのようなものであるか、というのは時代によって変遷している。それらの点について詳しくは後述するが、基本的には黒を基調としたものであると言って相違ない。

甘ロリ...ピンク系の色を基調とした甘美な雰囲気のロリィタ・ファッション。なんとなく"田村ゆかり"みたいなものだと思ってもらえばいいのだが、厳密に言えばお姫様になりきろうとして着るものは「姫ロリ」と呼ばれることが多い。

クラロリ...クラシカル・ロリィタ。他のロリィタファッションとは違いベージュなど落ち着いた色を多く使い、またパニエをあまり多く使わない。そうした雰囲気から普段着としてもある程度役割を持てると思う。僕が最も好んでいるのはこれ。

                

ロリィタ・ファッションとヴィジュアル系バンドの深い結びつき          

こちらも大半がゴスロリの話になるが、1990年代に流行を見せたV系バンドとロリィタ・ファッションは切っても切れない関係にある。バンギャル...という言葉ももう死語に近いかもしれないが、そうしたV系の追っかけの中でゴシック・ロリィタは生まれ、様々な形に派生したとされている。そのきっかけを作ったのは説明不要の伝説的バンド・X JAPANであり、彼らの熱心なファンである。ライブがある際にファンはX JAPANのメンバーと同じ派手な格好で会場へ赴くという、仲間内で衣装を着ていく習慣が存在した。これがV系ブームにより一大ムーヴメントとなり、現状のゴスロリ、ひいてはロリィタ・ファッションの発展へと繋がったとされる。またこの場合多くが黒ずくめの衣装であり、元来「ゴスロリ」とはそうした衣装をした人々を指す言葉であった。

 

③"コスプレ"との差別化

ロリィタ・ファッションと言えば最早メイド衣装と並んでコスプレの王道と考えている人も多いように思う。だが愛好家の間ではコスプレと同一視するのはご法度とされている。これに関しては着る側の"精神面"における大変面倒な問題が存在し、なかなかややこしい事情を呈しているのだが、分かりやすく違いを言えば「コスプレはなりきり」であるのに対し、「ロリィタ・ファッションはあくまで自己を立たせるためのお洒落」という認識であると考えてよいだろう。またかつて鳩山一郎の邸宅・鳩山会館が「バえる」スポットとして紹介された際にとあるコスプレイヤーの迷惑行為によって立ち入り禁止になったという事例があり、このことに関してコスプレとロリィタ・ファッションを同一化した報道がされたことから、より差別化の動きが加速していったともされている。だがオタクカルチャーが表に出だした現代ではなおのことそういった認識が困難と化しており、特に外国人にはコスプレとの違いは愚か、①で解説したような「ゴシック・ロリィタ=ロリィタ・ファッション」という認識で定着している事例が多く見られる。

 

僕なんかに最近の邦楽が刺さらなくて良かった

ニコニコブロマガからここへ移動してきて初めの執筆となる。そして前回の記事から実に1年以上が経過していた。何せパルパレオスのレンダーバッフェから見たサラマンダーよりスロウ・ペースで書くのだから初めにこのブログを再開設するにあたって書いた通り1年に一回執筆できればいい方で、ただただ思い付きを流水のように書いているのである。そしてこの流水は普通に流れている分にはまだましなのだけれど時に何の前触れもなく凍結したり、或いは物理法則を無視して逆流するものだから氷のように固まった思考でいられない。それでも辛うじて比較的まともに見える水のような部分を集めて採取しどうにか、ない語彙力と行動力でこうして言語化しているのがこのブログの記事なのである。だからこの水が硬水なのか軟水なのか、下手したら毒を含んでいるのかすら僕には解らないので、どうにか読者の皆様で味見をして頂きたい。

そういう訳もあって、僕は来る8月8日に忌々しき二十歳を迎えるにあたって書く最後の記事となるであろう。

前置きが長くなってしまったが今回のタイトルは「僕なんかに最近の邦楽が刺さらなくて良かった」というものである。字面だけ見るとなんともネガティヴな印象を受けるが、そういう訳ではない。多くの人生をネットに費やしてきた自称・観測者が今の邦楽について非難するわけでも褒めそやすわけでもなく、エゴイスティックを以てまくしたてるだけだ。

ただ一点重要なことを述べさせてもらうと、僕は最近の邦楽に大して詳しくない。後述する現在の邦楽における主要アーティストの名前を初めてタイピングしたと言っていいし、最早邦楽の一部分として大いに取り上げられるアニソンを昔からずっと聴いてきたが、そのアニソンですら最近のものはあまり詳しくないという有様だ。だから説得力は皆無と言っていい。寧ろ、この説得力がない状態で読んでもらう方が気が楽というものだ。目的もなく他者に影響を与えるのは疲れるからね。

さて、最近の邦楽アーティストと言ったら誰を思い浮かべるだろうか。あいみょん、King Knu、米津玄師、YOASOBI、Official髭男dismとか? 思い浮かべるアーティストは誰だっていいけれど、最近はAKBやジャニーズの衰退もあって10年代前半の代表格であるアイドル的売り方も減って新風が吹きこんだことにより、最近の邦楽は再興していると言われている印象を受ける。
実際僕もそう思う。アイドル一色だった街角やテレビで流れる音楽は最早多角的なアーティストに渡り、音楽の坩堝とも言えるほど豊かになったと感じる。
しかし何故だかこの僕には最近の邦楽が刺さらないし聴こうともしない。まともな生活を送っていない僕にスチューデント・アパシーなんてものはないし、それを差っ引いてもとてつもなく無気力で無力な人間であるにも拘らず、一昔前の曲はずっと聴いているし生きる糧にしているので多分関係ないのだと思う。かといってもちろん別に嫌いなわけではない。ちょっとだけ00年代の雰囲気が戻ってきた感じがするし、好きな曲がある訳ではないのだけれど寧ろ好感はとても持てる。

じゃあ、どうして僕は最近の邦楽が「刺さらない」(「嫌い」ではないことが重要だ)のか、僕なりに考えてみた。そうして出た結論がこうである。

 

カノン進行ではないから。

 

これが結論である。

もし普通にこの記事を読んでくれていた有り難いユーザーがいるのなら少しあらぬ方向から槍を入れられ、「カノン進行とは何だ?」と疑問を呈したたかもしれない。

或いはこうだ。更にこの記事を読んでくれていた有り難いユーザーの中に少しでも音楽に詳しい人がいるのならあいみょんの『マリーゴールド』やOfficial髭男dismの『Pretender』はカノン進行ではないのか、と言うかもしれない。

後者の疑問については今回のブログを書くにあたって一つのファクターともなった要素だから後述する。

 

まずは取り敢えずカノン進行というものに軽く触れる。調べればすぐに出てくるものだから必要ないくらいだけれど、体裁的に一応ね。

カノン進行というのは、まだ和音すら黎明期であるバロック期にヨハン・パッヘルベルが発明した「C→G→Am→Em→F→C→F→G」のコード進行のことだ。心地よく響くこの進行は各地の音楽文化に浸透し邦楽でも半世紀にわたってずっと使われ続けているわけだけれど、その一方でとある弊害も生んだ。

カノン進行はあまりにも使いやすすぎるのである。

「魔法のコード」と呼ばれるほどの利便性に起因して巷では一発屋のアーティストを多く生むことになったとされていて、これはおおむね正しい(しかし僕に言わせれば厳密には少し違う。コードはいくらでも改変しようがあるからだ。ただ本題とは逸れるのでここでは述べない)。

誰のどの曲かはそれこそ調べればすぐに出てくる話なので割愛するが、特に90-00年代の一発屋アーティストは多くがカノン進行を使っていた。しかし過去に一発屋がカノン進行を多く使っていたことに対し、先に現代邦楽の代表的カノン進行として述べた『マリーゴールド』や『Pretender』は一発屋によるものでもないし、一時期の邦楽と比べると圧倒的に減ったカノン進行の数少ない生き残りと言っていいのである。だからあまりにも上位存在過ぎて、人々に膾炙され過ぎて僕は触手がそこへ伸びなかった――。これが先程の想定される2つ目の疑問に対する僕の答えだ。

そして「魔法のコード」に頼らなかった今のアーティストたちを讃え、今一度邦楽文化を見直す必要があるだろう。


さて、上述のプロセスにより僕の中で「最近の邦楽が刺さらない」理由は腑に落ちたわけだが、ここにもう一つの疑問が残る。

「何故カノン進行の楽曲は減ったか」ということだ。
これに対しては僕は以前から明確な答えを持っていた。それを紐解く鍵は、一昔前にアンダーグラウンドで誕生した音楽文化である。

 

VOCALOID

 

そう、ボーカロイドだ。クリプトンから発売された2004年のMEIKOを嚆矢とし、2007年に初音ミクが発売されたことをきっかけにニコニコ動画で爆発的にヒットした。そして次元の壁をも乗り越え地上に進出したボカロは今や大衆の知名度もさることながら、米津玄師やYOASOBIやヨルシカなどと言ったアーティストを生み、現代の邦楽において大きなウエイトを占めているのは最早言うまでもない。

さてここで、少しでも知っているユーザーにはいくらか、有名と言えるボーカロイドのヒット曲を思い浮かべてもらいたい。願わくば2010年以降の曲で。

 

その中にカノン進行の曲はあっただろうか?・・・・・・・・・・・・・・・

君にカノン進行かどうかの判断がつかなくても構わない。何故ならほとんど2010年以降にはないからである。多少古めのボカロを知っていれば『恋スルVOC@LOID』『コンビニ』『SING&SMILE』『愛言葉』などのカノン進行のボカロ楽曲は出てくるかもしれないけれど、これらは全て2010年以前の楽曲だ。それ以外には『千本桜』『マトリョシカ』『ローリンガール』などなど最早挙げるまでもないが、これらは全て王道進行・小室進行ないしそれに属するものである。

詰まる所小室・王道進行が多い(=カノン進行が少ない)理由はほぼここにあると言っていい。ボカロPが邦楽の世界に現れたのとほぼ同時期にそれを見ていた視聴者も聴き手としてそちら側に現れ、よりキャッチーなメロディを浴びせる必要があったのだろう。その解のうちの一つがこうした試みだったわけである。そしてその視聴者のうちのごく一部はアーティストともなった。

 

ここで少しだけだけれど更に遡ってみる。ボカロPがどうして小室・王道進行を使うようになったか、だ。

僕は正直なところ王道進行が増えた理由はさっぱり見当がつかないね。ただ一つだけ言えることは、王道進行が聴く人を飽きさせにくい循環進行だということである。明るさと暗さ両方を併せ持つ王道進行は多様な世界を見せてくれる。そうした「飽きの来ない」進行に若者は惹かれたのではないかと推測している。しかしながらコード進行一つでそう心変わりするものでもないし、仮にそんなことをする人がいたら音楽に詳しい変人である。だからこの持論には自信がない。

 

それなりに量産の根拠があるのがもう一つの小室進行の方。勿論あくまで僕の推測でしかないので真に受ける必要はない。

ヒントはそのものである「小室進行」の「小室」である。つまり小室哲哉だ。言うまでもなく彼は90年代の邦楽を席巻し歴史に名を残した大プロデューサーである。僕自身は全盛期の小室時代が過ぎた後のトランス音楽に着目していて、後にI'veなどにも繋がったことを考えると語ることは多いのだけれど、ここではその話の幕はない。偉大なのは彼が生み出したコード進行である。

 

小室進行。

 

Am-F-G-Cのたった4つの基本軸からなるコード進行ながら、彼はこれを使って邦楽を支配したのである。

そして先に挙げた『千本桜』の黒うさP、『マトリョシカ』の米津玄師(ハチ)、『ローリンガール』のwowakaなどは大体80年代後半から90年代前半生まれである。ちょっと無理があるかもしれないけれど、彼らは小室が全盛期の時代に触れてはいないだろうか。10歳頃に聴いている楽曲であれば割と肌身にしみつくことはあるし、僕なんてその頃の楽曲をいつもずっと聴いている。或いはその後の宇多田ヒカルの登場も大きかったのかもしれないけれど、こうした世代と被っていることこそが小室進行がボーカロイド及び今の邦楽で増えたことに脈々と繋がっているのではないかと考えてみた。

小室死しても小室進行は死せず。

後の世にそう呟く日が来るのかもしれない。

 

僕が言いたいことは以上である。

相当久しぶりに根を詰めてつらつら書き連ねてきたわけだけれど、何度も言っている通りここに書いてある意見が正しいとは全く限らない。重篤パラノイア患者が書いた落書きと思ってもらっても結構だし、或いは幽王が褒姒のために挙げた狼煙ぐらいには事実の信憑性がないと思ってもらっても構わない。

ただ一つ言いたいのは、馬鹿にされる音楽なんてものは決してあってはならないということである。