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アフガニスタンのフィールズバハール(Feruz Bahar)小学校は本当に2ちゃんねらーによって建てられたのか、現状はどうなのか

 当記事は以下のインターネットに関する事柄を収録した早押しクイズにコラムとして掲載したものである。こちらも手に取っていただければ幸いである。

 

nanikadoing.booth.pm

 

 インターネットクイズを作っていたら裏取りに追われることとなったのでついでにまとめその②。「2ちゃんねるの募金で建った」という逸話があるアフガニスタンのフィールズバハール(Feruz Bahar)小学校について、持ち上がる疑惑の真偽と現況の調査を行った。予め断っておくが、いずれも明確なソースを見つけられたわけではないので、何か誤りなどあればご指摘頂きたい。

 

 まず、「学校建設は実際には再建だった」という話について。これは再建をどう見るかによる。当時の事業のアーカイブサイトであるSCJ(Save the Children Japan)の報告を見てみると*1、2003年7月の報告にその内情が書かれている。それを引用すると「フィールーズ・バハール村は(中略)タリバン時代は大きな被害を受けたところで、長年の内戦により校舎が破壊されてしまいました。現在、子どもたちは近くにある壊れた建物(病院)にて授業を受けていますが、建物の破損がひどく適切な教育を受けられる環境にありません」とのこと。こうした事情を見ると、一度破壊された校舎を建て直すという意味では、「再建」であると同時に「イチからの建設」とも言えるだろう。

 

 次に、建設には500万の資金が必要だったが、2ちゃんねる民は20%以下しか調達できなかったという疑惑についてである。これに関しては、概ね事実と言ってよい。まず2ちゃんねる民の総計募金額は各所に出ているが、述べ95万弱ほどと予想される。

  

2003/1/18時点で926,500円*2

https://web.archive.org/web/20160331112342/http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/9574/bokin_gaku.html

2003/8/3時点で943,000円*3

https://oohs.web.fc2.com/log/25.html >>70

 

 対してSCJの元URLはリンクが切れていたが、最初のスレの時点で>>1が「小学校一校500万~」とSCJのサイトを貼りながら説明しているため*4500万の資金というのは事実であろう。それと同時に初代のスレでは、>>422などで目標金額を300万に下方修正する案も出ている。その結果として足りない金額は、カカクコムなどが共同出資という形で補ったと見られる*5

 

 そして、フィールズバハール小学校はそもそも学校として機能していた時期があったのかという点についてである。こちらについては、20年以上前の事業だったこともあるのか資料やリンクが散逸しており、建設を示すソースが少ない。またNPOの過去の事例などからか、こうした慈善事業団体は、学校を建てるふりをしているだけではないかという信頼の薄さが背景にあると言える。それでも、SCJを信じるなら実在は間違いないというのが調査の次第である。

 

 一例として、「2ch有志でアフガニスタンに学校を作ろう!*6」というねらー有志によるサイトでは、SCJから贈られたであろう当時の写真が残っている。これを見る限りでは建設を疑う余地はなないが、廃墟探索家の稲葉渉*7は、当サイト内にある建設途中の画像を参照し「画像が意図されて非常に小さいサイズになっている」と指摘している*8 *9

 

 確かに画像サイズは当時を鑑みても小さいとは言えるが、例えばサイト中の11枚目の写真はスレの発起人である>>1が比較的大きいサイズのものを上げているため*10、これだけで決めつけるのは早計ではないだろうか。

 

 また、SCJの2004年の報告書*11によると「バミヤン県にて前年度から継続中の学校建設3件のうちアンダー女子小学校とフェロズ・ビハール小学校は校舎が完工し」と述べられており、時系列も合致する。このうちアンダー女子小学校は、藤原紀香が単独で出資して建設したものであり、こちらは2006年にSCJが記事を出している*12。一方でSCJが2ちゃんねらーについて触れているような記事はなく、「フェロズ・ビハール小学校」というワードが出てくるのも上記の報告書のみである。このこともソースに乏しく、実在が疑われる契機となっているだろう。

 

 だがこれに関しては、そもそも2ちゃんねらーが前述の通り20%しか出資していないこと、そもそも全面出資している上に現地まで赴いている藤原紀香と違い表に出しにくい存在であることなど、複合的な要因があると言える。ましてや2004年という世相を考えればなおのことである。これらの根拠から、フィールズバハール小学校の運営実態はともかく、建設が行われていたのは間違いないと言ってよい。その内情については、次に触れる。

 

 最後に、フィールズバハール小学校は現在どうなっているのかという疑問についてである。恐らく本案件において最も取り沙汰されている問題はこれだろう。先程述べたソースの散逸も手伝っているのか、フィールズバハール小学校は現在どうなっているかの情報が全くないのである。ねらーの有志が作った公式サイト*13でも建設完了後の顛末については一切書かれておらず、更新が停止している。

 

 なお既出の情報として、一応のところフィールズバハールには「フィールズバハール”高校”」が存在しており、ストリートビューなどはないがGoogleマップからでもその存在を確認できる*14。このフィールズバハール高校はFacebookに情報が確認できた*15。脚注に示したのは、男女混合で属するフィールズバハール高校の生徒が、地域や行政の人々と協力して庭園に植樹を行ったという内容である(2021年4月)。

 

 しかし上記のFacebookに映る校舎を見ても、いくら月日が経過したとはいえ校舎はともかく立地そのものが違うように思える。これが移転されたものなのかは不明であり、そもそもアフガニスタンにおける小学校と高校の違いまでは定かではない。そして肝心の「小学校」の方は全くと言っていいほどソースが見つからない。試しにアフガニスタンの公用語であるパシュトー語とダリー語、そしてペルシャ語などの文献を漁ったがそれらしきものは見当たらなかった。ハヤヤンというTwitterユーザーが行った調査では*16、コロナ禍において罹患した際に周辺地域に助けを求めるHelpmecovidのサイト*17にもその名が見当たらなかったという。

 

 だがその後も調査を続けると、2021年10月29日の『ABEMA Prime』にて2ちゃんねるが特集され、フィールズバハール小学校の話題が取り上げられている。重要なこととして、その際に平石直之アナから次のような言葉が発された*18

 

「2ちゃんでですね、アフガニスタンに学校を作ったみたいな話も聞いたりして。でこれ3月の時点でも今あって、600人ほどが通っているっていう話もあります」

   

 この際ゲストとして同席していたのは、自称ねらーのバーチャル2ちゃんねらー裕子というユーザーである。そして彼は番組終了後翌日にこのようなツイートをしている*19

 

「2ちゃんの募金で建設されたアフガニスタンの学校は当時小学校が建設されたとこまではわかってたんだけど、昨日のアベプラでその学校は現在も健在で、今では高校まで拡充されてるということが問い合わせでわかったそうな」

   

 この『ABEMA Prime』の報道を鵜呑みにするのであれば、フィールズバハール小学校は現存するどころか、600人という大規模な生徒を抱えていることになる。

 

 しかし考えてみるに、先ほどGoogleマップで示したフィールズバハールは、標高2,500メートルの岩山に切り開かれたお世辞にも大規模とは言えない集落である。そんな集落に果たして600人もの生徒が集まるのだろうか、という疑問がある。フィールズバハール地域をドライブしている動画を発見したので置いておくが*20、やはり見渡す限り岩山という感じで、民家はまばらである。

 

 そのうえ先述した『ABEMA Prime』の報道は、あくまで出演者のやり取りのみであり、映像や物証などは何も提示されていない。例えば先ほど11枚目の写真*21として挙げたプレートは、ねらーがフィールズバハール小学校に出資したことを記念した表記がなされているが、これがそもそも現在どうなっているかなどは全く分からない。そのほか、現在の校舎の様子なども含め、確固たる証拠はほとんど提示されていない状態にあるというのが現状だろう。

 

 

以上まとめ

  • フィールズバハール小学校の建設費用は500万円であり、ねらーはその20%ほどを出資したに過ぎない(無論活動として立派なものであるというのは承知の上で)。
  • フィールズバハール小学校は、少なくとも2004年の時点で建設には確実に至っている。しかしその後についてはほとんどソースがない。
  • 『ABEMA Prime』によれば、2021年の時点でフィールズバハール小学校は存続しているばかりかさらに大規模となっているが、それを裏付ける決定的な証拠は一切存在しない。

 

 最後に補足しなければならないこととして、ちょうど2021年の報道に前後して、タリバンが再びアフガニスタンの政権を握ったことは記憶に新しい。すなわち2021年時点では現存しているのが事実だとしても、現在ではフィールズバハール小学校は再び戦禍に遭っている可能性も否めない。

 

 ねらーによるこの事業は、インターネット上に「やらない善よりやる偽善」という言葉を大きく広めたと言われる。その偽善は、2025年現在でもフィールズバハールの地にまだ根付いているのか否か。力不足で申し訳ないが、僕の調査ではここまでが限界であった。

 

出典はすべて2025年12月閲覧

*1:Save the Children Japan「学校建設地の変更について」

https://web.archive.org/web/20040909094941/http://freett.com/oohs/scj/scj5b.html

*2:募金額の累計一覧表

https://web.archive.org/web/20160331112342/http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/9574/bokin_gaku.html

*3:2ch有志でアフガニスタンに学校を作ろう!第25教室

https://oohs.web.fc2.com/log/25.html

*4:「あの~2chでアフガンに学校建てたいんですけど」 >>7

https://web.archive.org/web/20220906003230/https://live.5ch.net/test/read.cgi/festival/1032675734/ 

*5:「2ch有志でアフガニスタンに学校を作ろう!第25教室」 >>727

https://oohs.web.fc2.com/log/25.html 

*6:「2ch有志でアフガニスタンに学校を作ろう! 応援サイト」

https://oohs.web.fc2.com/ 

*7:X - 稲葉渉(@inabawataru) 2023年2月7日

https://x.com/inabawataru/status/1622883414713208832 

*8:「2004年の活動」

https://oohs.web.fc2.com/finish/2/index.html 

*9:「資料(1) 新校舎落成式の模様 (04年9月分の報告から)」

https://oohs.web.fc2.com/finish/4/index.html

*10:秘密基地から見上げた空 - 「2ch おそるべし…」

こちらは>>1が運営していたブログから転載されたもの。

https://minkara.carview.co.jp/userid/18369/blog/202659/

*11:社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「2004年度アニュアルレポート」 p15

https://www.savechildren.or.jp/sosiki/download/rep2004.pdf 

*12:セーブ・ザ・チルドレン「藤原紀香さんが建てたアンダー小学校のいま」 2006年8月15日

https://www.savechildren.or.jp/scjcms/sc_activity.php?d=135 

*13:「2chねらでも偽善でも、アフガニスタンに学校を作れるんです」

http://bokin.s21.xrea.com/index.html 

*14:Googleストリートビュー - Feruz Bahar High School

https://www.google.co.jp/maps/place/Feruz+Bahar+High+School/@34.742674,67.0655603,1702m/data=!3m1!1e3!4m14!1m7!3m6!1s0x3f2d40eee0eec667:0x52d74454ca30d056!2sFeruz+Bahar+High+School!8m2!3d34.7434176!4d67.0627188!16s%2Fg%2F11f2wrq803!3m5!1s0x3f2d40eee0eec667:0x52d74454ca30d056!8m2!3d34.7434176!4d67.0627188!16s%2Fg%2F11f2wrq803?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MTExNy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D

*15:Facebook - معماران صلح ولسوالی یکاولنگ - بامیان 2021年4月19日

https://www.facebook.com/YakawlangPeacebuilders/posts/کمپاین-نهالشانی-در-لیسه-مختلط-فیروز-بهار-ولسوالی-یکاولنگ-و-ایجاد-باغچه-صلح-به-هم/175314384440436/ 

*16:X - ハヤヤン(@Hayayan_Manji) 2022年10月19日

https://x.com/Hayayan_Manji/status/1582422491732901891 

*17:Helpmecovid

https://jobs.helpmecovid.com/ 

*18:ABEMA Prime #アベプラ【公式】 - 「【2ちゃん】ひろゆき「最後は自分自身を商品にした」2ちゃんねる創設時の思いは今も同じ?佐々木俊尚&夏野剛&茂木健一郎&やしろあずき」 7:12~から該当の発言

https://www.youtube.com/watch?v=C7KkS1BKC5Q 

*19:X - バーチャル2ちゃんねらー裕子(24周年)(@yuco2ch) 2021年10月30日

https://x.com/yuko2ch/status/1454332307737694209 

*20:

ریاست حفاظت محیط زیست بامیان 2025年10月5日

https://www.facebook.com/watch/?v=699357595831913 

*21:注釈9を参照。

ネットにおける「炎上」というワードを広めたのは山本一郎(切込隊長)だったか

 当記事は以下のインターネットに関する事柄を収録した早押しクイズにコラムとして掲載したものである。こちらも手に取っていただければ幸いである。

 

nanikadoing.booth.pm

 

 インターネットクイズを作っていたら裏取りに追われることとなったのでついでにまとめ。ネットにおける「炎上」というワードを広めたのは山本一郎(切込隊長)だったという説がまことしやかに囁かれるが、それは事実なのか。

 

 前提として、2ちゃんねるなどでは「炎上」という言葉が広まる以前では「祭り」と言っていた可能性が高い。僕は当時の2チャンネルにリアルタイムでいたわけではないから確証が持てないが、妥当性はある。「川崎祭り」や「吉野家祭り」など住人の熱が高まるイベントに使われるイメージが強い一方で、Winnyにおける流出事件など露悪的な行為も「祭り」と称していたので頷けはするだろう。

 

 また炎上と言えば、主に野球において投手が大量に点を取られることでもある。こちらの用法は当然野球chで多く用いられ、ネット用語としての「炎上」以前からそれなりに周知されていたと言ってよい。後述する山本もアーカイブを参照すれば分かるように野球愛好家であり、自らのサイトでも頻繁にプロ野球の呟きを行っていたことから多かれ少なかれ影響があることは是認できる。

 

 さて、ここからはインターネット的には「自称ブラック企業アナリスト」としてちょくちょく目にする新田龍の記事*1を参考に本題の調査を行う。新田によると、「炎上」とはもともとテキストサイト間の諍いとして生じたものであったという。その中で使用例として、著名なテキストサイト「斬鉄剣」の2002年のログを引用している*2

 

「ヘタな自尊心を守ろうとするなら結局は灰も残らぬまで戦って消え去るしかないんだよね。最近はちょっと減ってきたみたいだけど、後のことを考えないで他サイト言及でもしようものならあっというまに炎上しちゃったりするんだよ個人サイトなんてさ」

  

 既に閉鎖済みのサイトのためか記事元にはリンクがなかったが、僕が改めて確認したところ、確かに引用元と同一の発言があったのでソースを記載した。 

 

 テキストサイトにおいて管理人を大将とした此岸と彼岸の戦いはしばしばあった。特に斬鉄剣といえば「ネガティブアクセス剛掌波」と呼ばれる、敵性サイトに対して言及する文書の中にそのサイトのリンクを貼り、信者を流入させるという手段を用いたレスバ戦略が存在した。これはすなわち、現代のネットスラングでいうところの「ファンネル」に相当するものである。従ってもともとは、そのような合戦の渦中でネガティブな書き込みが生まれるという意味で、現代のネット用語としての炎上は用いられていたのだろう。

 

 さて、タイトルにもある切込隊長(以下山本)が広めたとする説だが、新田のほかにもTwitter上などでもちらほら言及がある。新田の記事では、「山本一郎氏が自身のブログにおいて、当時発生していた朝日新聞記者のブログへの批判殺到事件を『炎上』と称したところからであろう」とある。これは当時起きた「イラク邦人人質事件」に対し、自己責任論に基づいて拉致者へのバッシングが存在したことが背景にある。朝日新聞記者のブログはその風潮に対して反論したのだが、不用意に「津波の被災者とイラクの被害者は、本質的に違わない」と述べたところ非難の声が続出し、やがて過去の書き込みから朝日新聞記者であったことが露見し、「炎上」したという顛末である。

 

 「自身のブログ」というのは時期的にも間違いなく、当時テキストサイトとして一目置かれていた「俺様キングダム」(アーカイブのリンクは後述のものを参照)だろう。しかし試しに2006年までの記事を漁ったが、直接の言及は見られなかった。確かに「【自業自得】イラク3バカ拉致事件はエンターテイメントとして楽しめ【自作自演】*3」の中で極右的に自己責任論を振りかざしているのだが、朝日新聞記者の記事への言及は見られない。ところが、2005/2/8に「くだらない話の余波*4」の中で「暇な時間ができたのを利用してネットを巡回していたら、くだらねえこと書いてる記者ブログを発見したため鼻歌気分でいい具合に燃やしに逝ったら見事炎上した。」と述べており、対象は朝日新聞の記者かつ、不用意に記者とわかる情報をブログに残すべきではないと言及している。そして「炎上」という言葉も2回出てきており、山本自らが炎上したことも見て取れるため、この件に関する言及であった可能性が高い。しかし、「イラク邦人人質事件」に準ずるワードはどこにも出てこない。

 

 そこで、「俺様キングダム」の中で「炎上」に言及されている前後の記事を見てみよう。少なくとも、山本はこの事態の前後の2004-2005年にかけて、現在の用法としての「炎上」を用いている。

 

タイトル・本文に「炎上」の用法が見られる記事の一例

 

2004/12/9 大石英司氏の物言いが気に入らない

https://web.archive.org/web/20050102005934/http://kiri.jblog.org/archives/2004_12.html

2005/2/10 修正主義者とでも言おうか 

https://web.archive.org/web/20051217102638/http://kiri.jblog.org/archives/2005_02.html 

2005/3/2 いい女を目指す19歳(自称)のブログが炎上中

https://web.archive.org/web/20050404010934/http://kiri.jblog.org/archives/001431.html

 

 特にこの中で話題を呼んでいるのは2/10の件であり、これは弁護士・小倉秀夫のブログにおける「他人のblogを閉鎖に追い込むことはむしろ恥ずかしいことだ*5」という記事を見た山本が介入したもので、恐らく「こんにちは、民主主義の敵でございます*6」という記事がそのアンサー記事と見て取れる。なお、ここでもネガティブアクセス剛掌波が用いられている。

 

 この記事をもとに当時の2ちゃんねるのスレを照合させてみると、この小倉との一件が現在に至るネットスラングとしての「炎上」を広めた可能性が高い。この件に関する2005/2/10の2ちゃんねるの書き込みの>>104*7を引用すればことの顛末はこうだ。

 

1) スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件について、(※小倉が)個人情報晒しは違法の可能性が高いと書く。

2)NHK問題で安部(※安倍晋三)が圧力をかけた可能性があると(※小倉が)書く。

3)朝日問題でNHKはテープを公開されると困るから圧力をかけている可能性があると(※小倉が)書く。

4)批判コメントに対して「ネガティブキャンペーンの押し売り」と断定して(※小倉が)削除。

5)退化論藤井ブログ炎上事件について(※山本が)「民主主義の敵」「器が小さい」エントリ発動。

6)民主主義の敵山本一郎いざ出陣←(・∀・)イマココ!

 

 

 1)にある「スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件」が新田の言及していることであろう(米印は筆者の補足)。要するに、ネットのイリーガルなやり口に辟易していてかつ左傾化傾向があった小倉が、朝日新聞記者の一件を皮切りに極右の山本と正面切って対立、結果炎上したのである。「6)民主主義の敵山本一郎」とは、先程の「こんにちは、民主主義の敵でございます」という記事とも辻褄が合う。

 

 そして、肝心の「炎上」というワードについてだが、>>104の書き込んだスレを見てみると、スレタイを筆頭に「炎上」という言葉が多用されている。確かに、山本が起こした一件がきっかけとなっている。

 

 加えてさらに重要なのは、これ以前のログ*8 (2026年6月現在閲覧不可)を見ても、2ちゃんねるにおいては現在の用法で用いられる「炎上」はほとんどスレタイにヒットしないことである。例えばリンクに置いた2004年のログを参照してみても、野球で用いられる炎上や、本来の意味で用いられる炎上としての用法しか見当たらないことがわかる。さらにこの一件以降のスレタイを見てみると、年内には既にブログ関係のみならず、当時パロディ同人アニメ『MALIGNANT VARIATION』で有名だったサークル・AQUA STYLEに対してのスレ*9など、一転して広い範囲で使われるようになっている。こうした時系列上の動きが、山本が「炎上」を広めたとする根拠である。

 

 最後に、改めて「俺様キングダム」の動きも見てみよう。上記の一件以降「修正主義者とでも言おうか」その後2/15の「小倉弁護士の弁解を読んで*10」がこの件に関する際立った項目だが、いずれもコメント数を見るに膨大なアクセスがあったことがわかる。

 

 なお、小倉は後に「炎上」と識別されるものとして、上記の件のようなネガティブアクセス剛掌波的な諍いを「コメントスクラム*11」と呼んだがこちらはあまり定着していない。そもそもテキストサイト自体が廃れこのような行為が見られなくなったのだからやむなしだが、いかに「炎上」というフレーズがセンセーショナルなものであったかを物語っているとも言えるだろう。

 

 

以上まとめ

  • 「イラク邦人人質事件」のワードこそ出てこなかったが、朝日新聞の記者が起こした「スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件」により、テキストサイトを含んだ個人ブログ間の諍いに発展、結果「炎上」した。
  • テキストサイトでいうところの「炎上」は冒頭で述べた斬鉄剣の件のような、「ネガティブアクセス剛掌波」と呼ばれるファンネル行為を用いたブログ主とその読者同士の合戦に近しいものだった。
  • しかしこの一件が2ちゃんねるでヲチられたことによって、2ちゃん民にテキストサイトで用いられていた「炎上」というワードが知れ渡る。
  • 結果、2ちゃんねるでも広まりなし崩し的に「炎上」が公の用語となっていった……というのが顛末と推測できる。

 

 つまり、テキストサイト(個人ブログ)と2ちゃんねるという、当時のインターネットにおける2大テキスト産業の交錯が「炎上」の普及に一役買っていたというのが調査の限りの結論である。

 

出典はすべて2025年11月閲覧

*1:みんかぶ - 新田龍「山本一郎が“炎上”の一般化に寄与…「朝日記者ブログへの批判殺到」現象を“野球用語”で表現し定着した」 (2023年1月)

https://mag.minkabu.jp/life-others/251785412404/?membership=1

*2:斬鉄剣「ラピュタの雷」

https://web.archive.org/web/20030820052158fw_/http://www007.upp.so-net.ne.jp/zantetu/mutuki.htm

*3:切込隊長BLOG(ブログ) ~俺様キングダム - 「【自業自得】イラク3バカ拉致事件はエンターテイメントとして楽しめ【自作自演】」

https://web.archive.org/web/20060111013930/http://kiri.jblog.org/archives/000635.html

*4:「くだらない話の余波」https://web.archive.org/web/20051217102638/http://kiri.jblog.org/archives/2005_02.html

*5:小倉秀夫の「IT法のTop Front」 - 「他人のblogを閉鎖に追い込むことはむしろ恥ずかしいことだ」

https://web.archive.org/web/20051217174849/http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/e/99c25684223586052eb5f2d10272052b

*6:「こんにちは、民主主義の敵でございます」

https://web.archive.org/web/20050404010934/http://kiri.jblog.org/archives/001431.html

*7:【炎上中】切込隊長、小倉弁護士に対し売られたケンカを買う!

https://kako.5ch.net/test/read.cgi/news/1107962046/

*8:かころぐβ

https://kakolog.jp/?q=炎上&d=2004 

*9:【マリグナ】パクリ二次創作同人サークル 版元からパクリ警告でコミケ販売中止で炎上★7【反省の色皆無】

https://kako.5ch.net/test/read.cgi/news/1135955706/

*10:「小倉弁護士の弁解を読んで」https://web.archive.org/web/20051217102638/http://kiri.jblog.org/archives/2005_02.html

*11:はてなブログタグ「コメントスクラム」

https://d.hatena.ne.jp/keyword/コメントスクラム 

ニコニコメドレーシリーズの衰退要因と今後の展望について:コミュニケーションを通じた音MADとの比較から

 この記事は「ニコニコメドレーシリーズ Advent Calendar 2024」に参加しています。基本計画性皆無なものであまりこういう企画に参加できないのですが、急遽16日が空いたので。

 本記事の性質は「批評風の私見」です。自分の知識に基づいて閲覧者のことを考えずに書いてしまったので、訊きたいことあったらめちゃくちゃ訊いてください。ニコニコメドレーのみならず、音MADの話が多分に含まれるので、音MADクラスタの方々にも見て頂けたら幸甚です(ニコニコメドレーに興味を持ってほしいので!)。

 内容については、諸所にアカデミックな要素に被れためんどくさい語りがある記事なので、必要に応じて目を滑らせながら緩く見てやってください。その中ではニコニコメドレー界隈と音MAD界隈の比較について書いた部分であれば、それなりに理解しやすいかと思われ、最悪そこだけでも読んで頂ければ幸いです。具体的にはここここです。

 

 

 

 

 

はじめに -ニコニコメドレーシリーズの現在地-

 21世紀も20年代半ばに差し掛かったこの頃、音MADというコンテンツがアツい。もはや音でないものすら内包し始めたこのジャンルは、神出鬼没とばかりにあらゆるコンテンツを『塊魂』のごとく巻き込む。そこにボーカロイドPなどの主要インフルエンサーとの結びつきや、ネットミーム的な消費需要における意想外の拡散、果ては公式の広告塔としてすら機能する側面も散見され、サブカルチャーにおいて確実に無視できない存在となっている。原作が映画やアニメといった媒体に翻案されていくように(いわゆる「アダプテーション」と呼ばれる行為)、音MADは原テクスト(いわゆる「素材」)から離れて独自の立ち位置を確立していくものになってきたと言える。

 こうしてざっと近年の音MADの沿革を書いてみると、今回の主題であるニコニコメドレーシリーズは、本来音MADと非常に近い性質を持っているはずである。基本的にはそこに「楽曲」があれば、という条件付きでこそあるが、それさえあればどのようなコンテンツも構成に組み込むことが可能だし、今を生きるボカロPの中にはフロクロのようなニコニコメドレーシリーズ出身のクリエイターもいる。そして楽曲同士の「繋ぎ」「重ね」という独自のタームをエンターテインメントとして楽しむように、オリジナルのテクストである「原曲」から逸脱した創作物が生産されていることも、音MADと同様に是認できよう。
 にもかかわらず、ニコニコメドレーシリーズは音MADのムーブメントと反比例するかのように往時と比べるとかなり下火にある……ように思う。

 仮にそうは思っていない方々がいたら申し訳ないので、一旦「再生数」という絶対値をもって参考資料を挙げてみる。ちなみに今回YouTubeの再生数は除外しているので『ニコニコ動画麒麟児』などはカウントしないものとする。とはいえ再生数がYouTube>ニコニコのニコニコメドレーはかなり例外的なものだし、『麒麟児』も後述するようにかなり「音MADライク」な作品ではある。
 「ニコニコメドレーシリーズ殿堂入り」(10万再生以上、再うp除外)で2022-2024年の直近3年間の動画をタグ検索した結果、ヒットしたのは以下の7作品である。「なんだ、意外とあるじゃん」と思った諸君らは、今からその7作品を貼るので、そこでもう一度考えてほしい。

 

2022-2024年「ニコニコメドレーシリーズ殿堂入り」7作品 一覧

1.ウマ娘競奏曲 ~栄冠のファンファーレ~ (2022/2/27)

 

2.NEW!自慢流曲21's (2022/4/9)

 

3.ラブライブ!虹ヶ咲学園トキメキアレンジメドレー (2022/5/29)

 

4.アナザー組曲『ニコニコ動画』 (2022/6/23)

 

5.S2 (2022/12/2)

 

6.DREAM SONGS COLL@BORATION (2023/8/12)

 

7.ニコニコ動画復活祭 (2024/8/5)

 

 

 

 

 

 

 

 

 列挙してみて、何か気づくことはないだろうか。少なくとも私は、この7作品は2種類に大別することができるように思う。それは「音MADか、音MAD以外か」である。言い方はROLANDのソレになってしまっているが、具体的に示せば、

 音MAD関連(人力VOCALOIDなど含む)→1,2,5,6

 それ以外→3,4,7

 という具合になろう。つまり、音MAD合作の単品としてであったり、音MADムーブメントに基づいたメドレーが殿堂入りの中では大半を占めることとなる。これとニコニコメドレーとの関係性の内実についてはまた後述する。

 そして3,4,7に関しても、3はラブライブのテーマメドレーという形態であるし、4はニコニコメドレーの基盤である『組曲『ニコニコ動画』』のオマージュという形になっている。4については、音楽的アダプテーションであった『組曲』が更にオマージュされ、その結果記号化された『組曲』の構成を用いて、さらなるシミュラークルが作り出されているのは興味深い。が、いずれにせよどちらも原義的なニコニコメドレーシリーズかと言われれば、少々道を外れているように思える。

 つまり、直近3年で我々のよくイメージするところのニコニコメドレーとして一定の成果を上げたのは、「復旧直後のニコニコ」という、前代未聞かつ比類なき強力な特殊環境を味方につけた7.『ニコニコ動画復活祭』しかないのではないだろうか。
 こうした調査結果が出たところで、現在のニコニコメドレーシリーズの実態を、「コミュニケーションを念頭に置いたポストモダンの社会背景」と「界隈を含むニコニコメドレーと音MADの比較」という2要素から述べ、そこから導出した現状の課題を3つ提示したい。その上で、2要素の視座からニコニコメドレーシリーズが「作品単体として」勢いを取り戻すにはどうしたらよいのか、という展望を述べていくのが本論の目的である。

 

ニコニコメドレーシリーズは何故衰退したのか?

1.増えすぎたコンテンツ

 近年のインターネットというのは、真偽を問わず情報が氾濫している。結果として、マスコミ、ネットサイト、はたまたインフルエンサーなどの個人といった膨大なサプライヤーから自分が正しいと思う情報を掴み取らねばならず、果てはAIが起こすハルシネーションをも潜り抜けなければならないという、真実に辿りつくまでに困難な様相を呈している。

 そのような世相のデメリットとは表裏一体なのかはわからないが、それと比例するように我々が享受できるコンテンツというのは日々加速度的に増え続けている。アイドルグループ、アニメ、ソシャゲ、スポーツといった要素がまとめて「推し活」などといったファンダム的な言葉に括られることも近年は珍しくなく、こうした「オタクカルチャー」の社会進出に象徴されるように、メインカルチャーサブカルチャー分水嶺は最早存在しないに等しい。そして、これら膨大なカルチャーの選択を完了した(あるいは、「居住地」とした)ユーザーは、同じ選択を行った者同士で「界隈」を成す(もっと前からこの言葉はあったように思うけど「界隈」は今年の流行語らしい)。

 こうした界隈の顕在化は、実を言えば30年も前から提唱されてきたものだ。思想家・宮台真司の初期の著書に『制服少女達の選択』(1994)というものがある。宮台はここで、女子高生やオタクを筆頭とした若者文化に世間の共通認識の消滅があることを指摘し、彼女らが家族や学校ではない、新たな共同体を形成していることを説いた。それが街やネットコミュニティといった匿名性の高い「第四空間」と呼ぶべきものであり、その共同体が織りなすさまを「島宇宙化」と名付けている*1

 また、ちょうどニコニコ動画が黎明期であり『組曲』がムーブメントを起こしていた2007-08年頃、サブカル思想に新たな活路を見出した宇野常寛ゼロ年代の想像力』(2008)が話題となった。宇野はこの中で宮台の思想について何度か触れながらも、島宇宙の中で閉鎖的になるのではなく、島宇宙同士の交流を推進している*2

 だが、皮肉なことにこの島宇宙同士の交流の結果生まれたものには、ライターのさやわかが指摘したような「ネガティブな交流の活発化」*3という負の側面があった。これをわかりやすくニコニコメドレーの動画で例えてみると、2010年代中期ごろにヒットを飛ばした作品――例えば『ニコニコ動画摩天楼』(2015)(sm27429088)――に、『ラブライブ!』やHoneyWorksの楽曲が出てくると、「は?」という否定を示すコメントが散見されたことと似ている。これは、異なる島宇宙同士が接触を試みた結果生まれてしまった不和だ。右翼と左翼が、巨人と阪神が対立するように、結局島宇宙同士の異なる価値観は相容れない。このような「否定されてしまう」コンテンツがニコニコメドレーに流入し、採用されたという従来の観点から比較した矛盾こそが、コンテンツの増加から見る衰退の始点にもなっているのではないかと考える。

 

 

現状コメントの過去ログが取得できないため、Xの当時の反応から抜粋

 

 もともとニコニコ動画というのは、まさに「島宇宙」の典型モデルだと言ってよいはずだ。コメントを生かした弾幕などに象徴される、島宇宙の内部で消費されるコンテンツは、常に私たちを盛り上げ、そしてニコニコをニコニコたらしめてきた。こうした要素を踏まえて、元来ニコニコメドレーが持っている最大の役割というのは、「繋ぎ」「重ね」といった効率化された独自の技術をハブとする、楽曲を通した(ニコニコ動画の)アーカイブ的側面である、と私は常々考えている。これは『『組曲ニコニコ動画』のように、投稿から15年以上の年月が経とうとも、当時を振り返る「懐古」という形で恒常的な消費を可能にするものである。

 例えば濱野智史は2009年に『七色のニコニコ動画』(sm7233711)を取り上げ、「過激なまでに元作品を圧縮化」し、「作品それ自体がデータベースでありアーカイブであるかのようだ」と述べた*4。これは、ニコニコメドレー特有のタームである楽曲同士の「繋ぎ」「重ね」という行為を象徴するものであり、ここに派生作品を生みやすくし、発展させる土壌が設定されていたと捉えることができる。濱野が「一次・二次というワンホップの派生関係ではなく、さらに三次・四次・五次……と派生関係が伸びていく、マルチホップ的な相互引用・協働創作の連鎖現象」を指摘したように、当時はニコニコメドレーをハブとして、「N次創作」が局所的に巻き起こるという現象が観測されていた。

 

 

 しかし、それが今や著しく困難になった。コンテンツが増えすぎて、ニコニコメドレーという手法では追いつくことが不可能となったのだ。同じニコニコ動画という島宇宙にあっても、更にその内部に形成される「界隈」「クラスタ」が星の数ほどあり、ここまで取り上げた宮台、宇野、濱野らが主張していた以前にも増してここが細分化されているように思う。ちなみに、先述したような『ラブライブ!』やハニワの楽曲を採用すると「は?」というコメントがつく現象も、今や見られなくなった。これはニコニコが生存戦略のために多方面から文化を輸入出する方向に舵を切った結果、島宇宙が増大し(「界隈」の絶対数の増加)、シミュラークルが生じた結果のものであるとも言える。例えるなら、水と油が混ざらなかったところに界面活性剤を入れたら乳化し、全体が混ざって3物質の区別がつかなくなるようなイメージである。そしてこの現象は、もう一歩引いて社会と対照させてみるとより分かりやすい。

 例えば、近年の流行語大賞がそうだ。10年前の「今でしょ!」「倍返し」「ダメよ~ダメダメ」などと比べると、ここ数年では野球関連のワードが多くランクインするなど、世間の共通認識は以前よりも通底しているというわけではないことが分かる(今年の「ふてほど」はまた違った意味合いも持ってくるが)。

 ニコニコメドレーという観点から「楽曲」にちなんで言えば、『紅白歌合戦』の出場アーティストもそうだろう。ジャニーズという絶対的牙城が失われたことも手伝って、老若男女が知る「国民的アーティスト」「国民的楽曲」というものは今や存在しなくなったと言ってよい。いやさ老若男女が知る楽曲はとっくにないのかもしれないが、「若者世代ならほぼ全員が知っている楽曲」すらないに等しい、というのが現状ではないだろうか。

 ニコニコメドレーシリーズには、これと全く同じ現象が起こっている。ニコニコメドレーを見るような視聴者の大半が知る楽曲がなくなり、従来のアーカイブの役割を果たせなくなったのだ。よって、楽曲の「繋ぎ」「重ね」が根幹を成す「構成」という、ニコニコメドレー独自のナラティブを視聴者に訴求させることは以前より非常に困難になった。その3でも述べるが、音MAD合作の単品としてのニコニコメドレーに、合作を見ただけでは観測しにくい小ネタが織り込まれるようになったのも、この困難を知って悪戦苦闘している痕跡だと考えられるのではないだろうか。

 ともかく我々は、共通言語を持たなくなったのだ。さながらバベルの塔が崩壊し、神罰によって人々が異なる言語を話すようになってしまったかの如く!

 

 そうして考えていくと、音MADというコンテンツが拡がりを持ったのは逆説的に必然と言える。冒頭でも述べた通り、音MADというコンテンツにはたとえそこに「音」すらなくても、すべてのコンテンツを巻き込む偏在性がある。コンテンツが増えれば増えるほど、音MADは円を広げて勢力を増していき、素材の知名度に問わず新たなテクストが生み出され、やがてはムーブメントを築き上げてゆくようなポテンシャルがある。

 昨年「音MAD DREAM MATCH -天-」で公開され、絶賛された『究極ウェカピポレストラン!おディギーのインチキな街 Just imi亭!tionでしょ?』(sm42778473)は、「コンテンツのごった煮」と言っていいような、まさに昨今の音MADムーブメントを象徴するものであった。こうした動画がヒットを飛ばしたことを皮切りに、2024年も『ヒカキンゾーン』(sm43553422)や『せーの!』(sm44065249)など、メガミックスを用いた音MADがヒットを飛ばしている背景がある。メガミックスとは様々な楽曲を一つにサンプリングしてメドレーに落とし込むリミックスの手法であるが、これらの音MADでは複数の楽曲・作品を横断しながら応用的に行われているという特徴がある。

 

 

 

 

 これらの音MADは、島宇宙の中で展開されてきた同一体系の動画群を総括するという点で、メガミックスという手法が示すように、元来ニコニコメドレーが果たしていた役割を代替するものでもあった。先ほど濱野が指摘したように、ニコニコメドレーの時点で「過激なまでに元作品を圧縮化」されていたにもかかわらず、さらなるコンテンツの増加によりニコニコメドレーでは理路整然とした処理が難しくなった。それと入れ替わるように、アーカイブの役割は音MADという、より前衛的で消費速度が著しく速い方法に取って代わられたと言える。つまり、使用曲や使用素材といったパーツが、ニコニコメドレーで言うところの「構成」を担っているのである。

 

2.閉鎖的コミュニティの行く末

 その1では社会学的見地に基づいてかなり俯瞰の色が強い話をしたので、もう少し事態を矮小化しよう。私も所属する島宇宙「ニコニコメドレークラスタ」(以下、「メドクラ」と略記)を軸に据えた話である。また現状のニコニコメドレー、ないし音MADのコンテンツ自体の内容の比較に関しては前章でもある程度触れたため、ここでは制作者やコミュニティにフォーカスした理論を展開していきたい、という狙いもある。

 さて、これは同じコミュニティに属する私の主観的な面も含むが、近年メドクラはXなどの主要なプラットフォームに浮上することが少なく、投稿動画の矢面に立つことも少ない。その諸因を問われれば、製作者が社会人となったがゆえの多忙、それに基づく若い後継者の不足なども挙げられるが、最も象徴的なのは界隈内への回帰、要は「引きこもり」的状態であろう。現状、メドクラの多くは2年ほど前に作られたmisskeyの鯖「nicomedkey」に定住、ないしここでニコニコメドレー話題を共有するユーザーが多いのだ。

 

nicomedkey.cc

界隈外のユーザーも歓迎していますが、身内色が強いため少々とっつきにくさはあると思います。それでも興味ある方は是非。

 

 私はこの「身内の行為を、身内で完結させる」という極めて閉鎖的な状態が、決して悪いことだと弾劾するつもりはない。というのは、数年ほど前からX(Twitter)ではニコニコメドレーの話題が殆ど消失していたからである。記憶の限りでは、2018年頃までは「メドレーTL」と呼ばれるニコニコメドレーについての談義を交わすTLが突発的に存在していた。しかし制作者の多忙によるフェードアウトなのか、Xがだんだんと棲みにくい場所になってきたからなのか、しばらくそれが散見されることはなかった。もはやXのような超大型SNSは先に宮台が提唱した「第四空間」としては成立しえず、それどころかフォロワーや「いいね」ボタンといった数値の可視化により、社会の縮図そのものになったと言っても過言ではない。よってメドクラは(メドクラのみならず他の界隈もそうだが)アイデンティティを求むるべく、新たな島宇宙のプラットフォームを求めたのだと言える。

 そうした渦中で登場したnicomedkeyの登場により、「メドレーTL」はある程度再燃した。世間と隔絶された内輪的な雰囲気の中でTLが進行するためか、ある程度はメドクラのコミュニケーションの場として、活性化に貢献しているように思う。現在では身内ネタを蔓延らせながら、メドレー談義を交わしつつDTMについてのノウハウ、Q&Aも行き交うなど、Xから移設されたコミュニティとして一定の成果を上げているのは間違いないだろう。これは「身内の行為を、身内で完結させる」ことのメリットと言える。

 しかし、やはりこれがコミュニティとして健全かと言われれば、そうではないと否定せざるを得ない。先述したように現状のメドクラは「引きこもり」の状態にある。

 この「引きこもり」的な現状に疑問を呈しているメドクラを私は2人知っている。そして、あろうことかこの2人は音MADクラスタとも非常に縁が深い。そして最近になって音MADクラスタ接触し始めた私もまた、メドクラの現状に疑問を抱いている。この音MADクラスタを基点にした問題意識の共通は、たとえ本人たちの自覚がなくとも決して偶然ではないと思う。

 その2人の内の1人(まあメスシリンダーって言うんですけど)は、メドクラを指して限界集落の因習村」であると呟いていた。彼のことだしだいぶ冗談めかしているだろうが、それでも私はこの例えは非常に的を射ているように思う。メドクラという小規模な島宇宙が、nicomedkeyという狭隘なプラットフォームで、そこでしか伝わらないネタを消費して暮らしている。まさにこの「身内の行為を、身内で完結させる」行為は「限界集落の因習村」そのものではないか、と思う。そもそも今回の記事の執筆動機は彼の発言によるものであった。

 土台零細なコミュニティである以上それは仕方がないことかもしれないが、しかしやはりこのままでは滅びゆく運命にあるのは想像に難くない。むしろ零細なコミュニティだからこそ、「は?」というコメントがつくリスクを承知で島宇宙同士との接触(外部とのコミュニケーション)を試みることしか、メドクラに存続の道はないのかもしれない。

 

 このような界隈批判と問題提起だけでは当て逃げに等しいので、その2の本論として、「島宇宙同士の接触」の好例を、音MADクラスタの近年の動向から学んでいきたい。

 音MADというコンテンツが、各所で流行るあらゆるカルチャーをも巻き込み、そこからまた新たなテクストを生み出すのはその1でも述べた通りである。特に近年その代表例として挙げられるのが、VOCALOID界隈との強い結びつきだろう。一昔前までは素材の選曲としてはあまり使われることのなかったボカロ楽曲は、ここ数年で急速に主流となった。そして音MAD界隈がボカロ界隈に接触しただけではなく、反対にボカロ界隈が音MAD界隈に接近するような事例さえ見られる。さらに原口沙輔『人マニア』のように、非常に強い影響力を持ったボカロPが、音MADをサンプリングした楽曲を発表することすらある。

 

 

 この音MADとボカロの接近については、自身も音MAD作者であるLixyが『ボーカロイド文化の現在地2』の中で、ピノキオピー『神っぽいな』の歌詞解釈を軸にしつつ、新たな視座からボカロを見出すというコンセプトでいくらか述べている*5。恐らく本論は音MADが現在に至るパラダイムシフトを起こして以降初のまともな活字評論だと思われ、貴重なものとなるだろう(そもそもそれ以前の音MADに関してもまともな評論を見たことがないのは遺憾。ゆえに私もこういうものが出せるプラットフォームと交流が欲しいのだが……)。

 また、既に公共メディアや地上波に幾度となく進出しているボカロと違い、音MADは著作権の観点からアングラを義務付けられた存在であるはずにもかかわらず、実に絶妙なバランスを保って公に介入している点も興味深い。むしろその「著作権の侵害」という音MAD最大の瑕疵であり不完全性こそが、消費者の「アングラに興じる」というスノビズムを刺激し、コミュニケーションを発生させ、魅力を底上げしているようにすら見える。

 Neroの『『旅人』 -The Road Not Taken-』や、わたぴーの『男船』といった、近年のムーブメントを象徴づける「公式音MAD」とも言える作品群は、サブカルチャーメインカルチャー、消費者と生産者の境界線が曖昧になったことをインターメディア性の中で印象付けた。その上で音MADの不完全性への回答として、「公式」という大義名分を得て、新たな視座から音MADを捉えた事例であると言える。至極簡潔に言い表せば消費者が「公式の動画なのにアングラな音MADと音MAD作者使ってるのスゲエ!」という認識を持つ、ということだ。音MADが基本的にはアングラなものであるという一定の共通認識があるからこそ、このような関係性は成り立っているのだと言えよう。

 

www.youtube.com

 

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 こうした音MAD並びに音MADクラスタの急速な発展の背景には、当たり前の話ではあるが、Xを中心とした公共性の高いプラットフォームで作品を発表・宣伝することによる拡散力の影響もまた大きい。

 現代インターネットというのはいつバズるか、いつ自分が時の人となるのか全くもって予想がつかない。しかし、「限界集落の因習村」ではそのチャンスすら得られない。今一度メドクラは他の島宇宙との結びつきを強め、「障子を開けてみよ、外は広いぞ」という言葉を思い出す必要があるのだ。

 

3.音MADの「副産物」と化したニコニコメドレー

 最後に要因として述べるのは、音MAD合作と、それに用いられるニコニコメドレーの話である。その1,2でもニコニコメドレーと音MADをある程度比較させつつ述べてきたが、ここではより直接的に関わる形となる。

 界隈の人間であれば、大体何が言いたいのかはこの時点である程度理解できるかもしれないが、念のためその成り行きについて説明する。これまで何度も述べてきたように、ここ数年で音MADは新たな存在意義の獲得により急速に発展した。その結果音MAD作者の母数も増え、彼らが結集して合作を催すことも多くなった。そして合作ということは長尺の素材となる楽曲が必要になるだろうから、そのためにニコニコメドレーが使用される。突発的、あるいはテーマのないものであれば、既存の、つまり音MAD合作に使用されることを想定していなかったニコニコメドレーが用いられることが多い。ここではそれを「単一のニコニコメドレー」と呼称する。

 他方で、一から下地を作り上げてあるテーマに沿った音MAD合作を作ろうとするとき、そのテーマに寄り添うために書き下ろしのニコニコメドレーが使われることも多い。このようにして生まれたメドレーを、「副次的なニコニコメドレー」と呼称しよう。もっとも、こうした動きは10年以上前から見られ、レスリングシリーズの『本格的男尻祭』や『チャージマン研!』のものは定番となっている。

 にもかかわらず、ここでわざわざこのような区分けをするのは何故か。ここがその3のキモである。ずばり、現状のニコニコメドレーは、多くが音MADの文脈に回収されてしまっているからだ。そしてそこには、明らかに単一のニコニコメドレーに比べて、副次的なニコニコメドレーの方がクオリティが高いという実情もある。技術のある作者が、規模の大きい音MAD界隈と関わりを持つことにより、副次的なニコニコメドレーの方へと靡いているように見える。

 またその1で述べた『七色のニコニコ動画』のような、「N次創作」のハブとなることも副次的なニコニコメドレーでは不可能に近い。例えば『七色のニコニコ動画』を発展させた要因の一つには、「歌ってみた」のような投稿者の個性が出るカラオケ動画の存在が大きいが、副次的なニコニコメドレーではこれが不可能に近いという弊害がある。音MADの文脈に回収されてしまう以上は、「歌ってみた」の独自性は顕現することがなく、「N次創作」を生み出す力が消滅してしまうのだ。既に色が塗られたものに、上から色を塗り直すことはできないのである。

 ここで再度繰り返そう。ニコニコメドレーが持っている最大の役割というのは、楽曲を通したアーカイブ的側面である。しかし、音MAD合作という現在進行形のファクターが入ると、先述の通り音MADの文脈に回収され、支配下に置かれてしまう。ゆえに副次的なニコニコメドレーはいくらクオリティが高かろうとも、音MADの「副産物」でしかないのだ。

 

この辺面倒な内容だから飛ばしてもいいよ

 さて、ここでまたポストモダン論に立ち返ってしまって恐縮だが、この音MAD合作と副次的なニコニコメドレーの関係性は、その1でも名前を出した宇野常寛が『ゼロ年代の想像力』において展開した「データベース消費」批判に似ているように思う。データベース消費というのは東浩紀が『動物化するポストモダン』(2001)の中で提唱した概念で、今もなおサブカル評論に強い影響を与え続けている。簡単に言ってしまえば、一次創作である物語そのものではなく、物語の内部からキャラクターを筆頭としたパーツを抽出し、これらを単一的に消費する態度のことである。恐らくは最も分かりやすい例えが二次創作としての成年向け同人誌だろう。美少女が竿役に凌辱されるさまにオタクが欲情するのは、物語の背景を伴わずキャラクターというパーツを取り出して消費しているからである(私にはよくわからないが)。東はこうしたパーツをデータベースに例え、その上で物語から離れて独立していくものだとした*6

 しかし宇野はこの東の意見に反発し、キャラクターはあくまで物語に隷属するものであるとした*7。むしろ二次創作的なキャラクターの扱われ方こそが、物語に隷属した一次的な、つまり原義のキャラクターを徹底的に承認し、共同性の下に再強化するものであるのだという。

 どういうことだろうか。閲覧者にも伝わるような例えで私なりに説明しよう。例えばゲーム『ブルーアーカイブ』に登場する天童アリスは、原作ではガラクタの中から発見され、ゲーム部に人間として育てられた天真爛漫なアンドロイドの少女として描かれる。しかし二次創作においては(特にネット上では)、アリスのゲーム脳的挙動が拡張・曲解され、淫夢語録を喋るキャラとして(最悪)ミーム化しているという側面がある。しかもただ淫夢厨なだけではなく、そこかしこで場を弁えず語録を言いまくってモモイに窘められ、その上他のキャラクターが淫夢語録に近い言葉を喋ろうものなら「アリスこれ知ってます!」と反応するなど、いわゆる「ホモガキ」として描かれている(バカタレすぎ)。

 

そしてそれを用いた音MAD合作もある(しかもめちゃくちゃ伸びてる)

 

 この「ホモガキとしてミーム化した二次創作のアリス」は、もはや原作のテクストから完全に逸脱したものとなっており、一見東の提唱したデータベース消費に沿ったものに見える。しかし、「二次創作のアリス」が見せるこの「キャラ崩壊」は、「原作のアリス」の天真爛漫な少女像とのギャップとして存在するものであり、オタクが消費しているのは実のところそのギャップなのである。ゆえに、キャラクターは一次創作(物語)とそれが持つ共同性(コミュニティ)から完全に独立することはできない。むしろ、そのギャップの原点になるものとして物語は再強化される。これが宇野の論である。

 この主張については、特に近年多いミーム(N次創作)だけ知っていて原作(一次創作)は知らない、といったような消費者はどうなのかという観点が欠落しており何とも言えないところではある(そもそも2008年の著書なので私の情報がアップデートされていないだけかもしれないが)。しかし、少なくともこの関係性は音MAD合作に使用される副次的なニコニコメドレーが、音MADに隷属しているという関係を表すのには有用であると思う。副次的なニコニコメドレーがキャラクターであれば、音MADは物語である。副次的なニコニコメドレーをウェルメイドな単品として聴いても、それは音MAD合作という原点を指し示すパーツとして再強化される。第一、当然先に公開されるのは音MADの方なのだから、単品を聴いても音MAD合作の一部という意識が芽生えるのは不可避である。

この辺面倒な内容だから飛ばしてもいいよゾーン 終わり

 

 率直に言おう。これらを踏まえて、副次的なニコニコメドレーが独立した作品として見られることは不可能である。どのような処置を施そうとも、音MADというファクターを拭い去ることはできない。

 よって従来のアーカイブ的ニコニコメドレーを復活させ、新たな物語を創造することができるのは、単一のニコニコメドレーのみが成しえる技である。

 しかし、音MADの支配に対して、副次的なニコニコメドレーが「抵抗」することは可能であると私は考えている。それは、音MADには表現できない、ニコニコメドレーならではの要素を散りばめることだ。ここで、「繋ぎ」「重ね」といったタームが生きてくる。直近でそれを意識したものとして白眉であると感じたのが、『ジャンプ合作』(2024)(sm44284322)の単品(sm44288587)である。

 

 

 本作を音MADへの「抵抗」だと感じる最大の点は、14分の動画に対し総曲数100という、副次的なニコニコメドレーらしからぬ密度である。そしてそれに呼応するように、単品で聴かなければ大半が気づくことはできないであろう楽曲がほぼ毎パート散りばめられており、さらに最終盤にはカオスゾーン(3-4曲の重ねが短いスパンで流れ続ける仕掛け)までもが用意されている。『週刊少年ジャンプ』の入りきらなかった有名作品をいっぺんに紹介したいという音MAD側の意図もあるだろうが、こうした試みは副次的なニコニコメドレーの中では非常に珍しい。このようにニコニコメドレーにしかできない要素を前面に押し出し、単品を視聴者に聴かせるように仕向ける試みは非常に有意義なものであると言えよう。

 

 さて、誤解のないよう念のために述べておくが、私は、副次的なニコニコメドレーの在り方、そしてそれが主流になっている現状を批判するつもりは全くない。時代に合わせてコンテンツはサバイバルを懸けてやり方を変えていくべきだし、副次的なニコニコメドレーはその2でも述べたような他の島宇宙との接触において、音MADという島宇宙との交信に成功している。また「副産物」「隷属」などという上下関係を示唆する露悪的な言葉を使ってこそいるが、音MAD合作は音MADとニコニコメドレーとの共存をある程度可能にし、よりウェルメイドなものに昇華させているのは間違いない。

 しかしこのままでは、ニコニコメドレーの専売特許とすら言っていいものであったアーカイブ的側面が完全に立ち消えてしまう。その状況を是としないのは、他ならぬメドクラ自身ではないだろうか。少なくとも私は、そう思っている。ゆえに、私なりの打開策を講じていきたい。それが最後に記すことだ。

 

ニコニコメドレーシリーズの血を絶やさないために

 ここまで、ニコニコメドレーシリーズの衰退要因を、音MADのムーブメントを主たる比較対象として参照しながら、社会背景、作風、コミュニティなど様々な観点から述べてきた。最後はそれらを踏まえた上で、今後ニコニコメドレーが(より正確に言えば「単一のニコニコメドレー」が)存在意義を再燃させ、持続していくにはどのような行動が必要なのか、ということについて述べていきたい。既にここまでもそのヒントは幾つか置いてきたはずだ。そしてここではより具体的なものを、改めて「ポストモダンの社会背景」と「ニコニコメドレーと音MADの比較」から、2つに分けて挙げる。

 生憎私はDTMもできず、大した個人作も持たないため、傍観者であることが大半を占める。ゆえに、こうして少しでも界隈の存続のためにできることはないかと批評家気取りで筆を執った。それが果たして有意義なものであったかは、これを閲覧頂いている、ニコニコメドレーに興味を持っているあなた次第である。どうか、この場を借りてひとえによろしくお願い申し上げる。

 

1.どのような投稿イベントがニコニコメドレーシリーズを再燃させるか -ニコニコメドレーと音MADの関係性から-

 音MADにさまざまな合作や「晒し」と呼ばれる短期集中投稿イベント(いわゆる「投稿祭」)があるように、ニコニコメドレーにもそういった催しは存在する。例えば、楽曲同士を高頻度で切り替えることに主体を置いたニコニコメドレーシリーズを「駆け抜けるメドレー」などと呼称するが、この作風を利用した合作は『駆け抜けるメドレーコラボレーション』と称され、2012年から述べ10年以上に渡って定期開催されるロングランイベントとなっている。これは紛れもなく音MADにはできない、ニコニコメドレーだけが表現可能な在り方である。こういったところにもニコニコメドレーが存在意義を保持するヒントはあるが、ここではこれからも持続させていくためには何が必要か、というところが焦点となってくる。幸いにして例に挙げた『駆け抜けるメドレーコラボレーション』はこれまで同一の投稿者によって主催されているが、ゆくゆくは「世代交代」が必要となってくる。その時に、新たな主催者が多くのユーザーを集められるような力量を持たなければならない。これには単純にニコニコメドレー作者としての実績ももちろんそうだが、運営ができるだけのフィクサーとしての能力も必要となってくるだろう。

 

現在最も伸びているのはこの『駆け抜けるメドレーコラボレーションⅣ COURSE:RED』で、10万再生を突破している。

 

 また投稿イベントで言えば、2019年には私も参加した2人1組となって共作を投稿し合う「ニコメドドリーム"じゃない"マッチ」(以下「ニコメドDJM」と表記)が、2022年には『M-1グランプリ』に準えて4分のニコニコメドレーの中から頂点を競う「Med-1グランプリ」が開催されている。こうした界隈を越境し、参加者ならびに関与者が多い大規模なイベントも隔年で行われている。

 こうしたイベントというのは、コストが高いぶん注目度も比例しているため、マンネリへの打開策になりえる。また、その多くは音MAD界隈のイベントを模倣していることにも触れておきたい。例えば「ニコメドDJM」は、同様の形式で2018年に行われた「音MAD DREAM MATCH」を模倣している。この企画は2023年に第二弾となる「天」が行われ、その1でも述べた『究極ウェカピポレストラン!』など、現在の音MAD人気に至るパラダイムシフトを起こすほどの数多くの傑作を生みだすこととなる。

 加えて、企画が進行するライブ感というものは他では味わえないものであるから、投稿イベントを積極的に開催していくことが有意義であるのは間違いない。しかし、どうしてもイベントというのは一過性のものであるがゆえに、ニコニコメドレーの相対的な定着には至らないことが大半でないかと思う。『『組曲ニコニコ動画』のように、長年アーカイブとして機能する(=繰り返し再生される)ニコニコメドレーを生み出すには、熱しやすく冷めやすいのでは難しい。実際のところ「ニコメドDJM」「Med-1グランプリ」の投稿作品は、界隈内からは高い評価を受けていながらも、再生数は多くても2,3万再生に留まっており、界隈外には届きづらいというのが現状である。よって我々はまず、ニコニコメドレー拡散のために足元から固めていく必要がある。

 つまり、投稿イベントの活性化のために外部からもっとユーザーを取り入れるべき、ということである。私は衰退要因のその2でニコメド界隈の「引きこもり」的、あるいは「限界集落の因習村」的な現状を挙げたが、それはこうした行為ができなくなるからである。

 その打開策としてヒントになるものは、既に存在する。それは、つい最近開催された「ニコニコメドレースタートダッシュ」企画である。こちらも「ニコメドDJM」と同様、音MAD界隈の企画「音MADスタートダッシュ」を模倣している。すなわち、ニコニコメドレーを作ったことがない人のための投稿イベントとして機能している。こうした、ニコニコメドレー作者のための投稿イベントではなく、外部の新規参入者を取り込むための投稿イベントというのは、ゆくゆくの大規模投稿イベントとして、ひいてはニコニコメドレーそのものを過熱させるための必要経費であると考えている。その上で、投稿イベントを一過性のものとせず、ユーザーのメドクラへの定着を狙っていかなければならない。

 そして、「ニコニコメドレースタートダッシュ」の投稿者は、大半が音MAD作者であり、この辺りからも改めてニコニコメドレーと音MADの結びつきが強いことが伺える。思えば「ニコメドDJM」も「Med-1グランプリ」も、PV作成者や絵師、そしてゲスト審査員など、ニコニコメドレーそのものには関わらない形で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・音MAD作者が数多く関与していた。

 しかし、私は思う。どうせなら音MAD作者も巻き込んでニコニコメドレーを作ればいいのではないか、と。「ニコニコメドレースタートダッシュ」の投稿者の大半が音MAD作者だったことは、私のこの要求を大いに裏付けるものであるはずだ。せっかくトレンドになっている音MADとその界隈と深く交わっているのならば、ニコニコメドレーの制作を通してそれを利用しない手立てはないのではないか。私のようにDTMができない人間でも、界隈の力を借りてニコニコメドレーを作ることはできるのだから。界隈拡大のチャンスは、目の前に転がっていたのである。

 よって音MAD合作のサプライヤーになるばかりではない、相互扶助の精神が今のメドクラには必要である。その方が島宇宙同士の関係性においても、作者の精神面においてもより健全であろう。それこそが双方の界隈を発展させ、大規模なイベントを円滑に進行可能にし、ゆくゆくはニコニコメドレーシリーズを再燃させることにも繋がっていくはずである。

 

2.「祭り」に沿うことの重要性 -社会学的見地から-

 2つ目は既に数年前からメドクラが無意識にある程度行っていることでもある、「ニコニコ動画の節目にニコニコメドレーを投稿する」という行為についてである。私はこれを非常に有用なものだと捉えているので、その構造をここで改めて提示し、再強化することによって、作者自身の自覚を促しておきたい。

 私はその1でニコニコメドレー衰退の一因としてコンテンツの飽和を述べた。それはユーザーが取る選択肢が以前にも増して膨大になった結果、ニコニコ動画の中ですら島宇宙が多面化し、ニコニコメドレーの消費者が共通して認知している楽曲が減少の一途を辿っている点に起因している。またその上でより効率的なコンテンツ消費の手段として、ニコニコメドレーに立ち替わって音MADが発展しているとも述べた。

 しかしそんな現在でも、ニコニコ動画において共通して盛り上がるものとして不変のものが存在する。それが、インターネットでたびたび起こる「祭り」と称されるムーブメントである。「祭り」が起こった時、ニコニコ動画という共通項に括られた偏在する島宇宙同士は、一時的にすべての門戸が開放される。島宇宙を守る保守的な門番は、この時ばかりは不在になる。何故ならば、「祭り」を引き起こすコンテンツそのものに興じるのではなく、コミュニケーションの手段として「祭り」を利用しているからである。

 例えば、谷村要は2002年に2ちゃんねるで起こった「吉野家祭り」に対し、2006年以降にニコニコ動画でも巻き起こった「『ハレ晴レユカイ』ダンス祭り」を引き合いに出し、「『ネタ』を作り出すための『祭り』というある種の逆転現象」を指摘する*8。「吉野家祭り」は件の「吉野家コピペ」を起点にして、吉野家で一斉に「大盛ネギダクギョク」を頼むという「目的」が存在しており、これはいわゆる「オフ会」のようなものではなく、むしろ現実空間での「馴れ合い」は好ましからざるものであった。では何をもって「祭り」に興じたのかと言えば、「大盛ネギダクギョク」を食べた体験談を2ちゃんねるに綴り、他のユーザーが同様の報告をしているさまを見て盛り上がることである。ここにはインターネットが持つ匿名としての掲示板という環境のみが所在し、そこにユーザー間のネットワークが生じることはない。

 ところが、本来「『ハレ晴レユカイ』をのCD売り上げを1位にしよう」という目的の下で巻き起こった「『ハレ晴レユカイ』ダンス祭り」は、結果として「オフ会」のようにユーザー同士のコミュニケーションを目的として成立するところとなり、手段と目的は逆転する。結果、本来特別なイベントとして機能していたはずの「祭り」は「日常化」し、もはや原義と正反対の性質を持つ。これが先述したような逆転現象の内実であり、谷村はこのコミュニケーションの形態を「自己目的化」であるとした。わかりやすく言い換えれば、「自己顕示欲のために『祭り』に参加している」ということにもなろう。

 そしてこの「自己目的化」は、2020年代を迎えた現在ではより加速しているのではないかと思う。それどころか、「吉野家で『大盛ネギダクギョク』を頼む」「『ハレ晴レユカイ』をのCD売り上げを1位にする」などといった、原義としての「目的」すら欠落しているというケースも多い。*9

 例えば2022年に投稿された音MAD合作『おとわっか』(sm40434189、現在はsm40594461)は、インターネットミームを席巻したにもかかわらず、その動画の意味するところが何であるかと問われて返答できる視聴者はまずいないであろう。作中の登場人物に「ティーダのチンポ気持ちよすぎだろ!」と連呼させることによって『ファイナルファンタジーⅩ』の名誉を傷つけ、スクウェア・エニックス業務妨害を行うことが目的であろうはずもないのだから。つまり、『おとわっか』に意味など初めから存在しないのである。

 

 

 では何のために『おとわっか』が投稿されたのかということを考えれば、投稿者が身内(音MAD界隈)の投稿者同士、あるいは視聴者に向けてコミュニケーションを行うための代替ツールとしてではないかと考えるのが自然だろう。すなわち、やはり自己目的化のためということになる。そして何より、ニコニコ動画という媒体の特徴として画面の上を流れるコメントが存在し、これが自己目的化を補助する要素として極めて機能的に成立している。こういった要素の積み重ねが、これまでのニコニコ動画のカルチャーを作ってきたのだ。

 つまり、先述した「島宇宙同士の門戸が開放される」という例えは、動画を通してある島宇宙の中のカルチャーが他へ流入することにより、一時的な共通言語を獲得することができることを意味する。こうした要素の極北が、「ティーダのチンポ気持ちよすぎだろ!」のようなインターネットミームとも言えよう。

 

 さて、ここでニコニコメドレーに話を戻そう。判を押したように繰り返すが、ニコニコメドレー最大の役割は「楽曲を通したアーカイブ的側面」にある。それは、ここまで提示した「自己目的化」の行く末のような、島宇宙同士が交信した痕跡を拾い集めることを意味する。そのように考えていくと、アーカイブとしてのニコニコメドレーというのは、先の「『ハレ晴レユカイ』ダンス祭り」や『おとわっか』のような「自己目的化」とは一線を画するものである。何故なら、ニコニコメドレーには「節目を祝う」というれっきとした非コミュニケーションの目的があるからだ。要するにこれは、「吉野家祭り」と同系統のものなのである。

 これを裏付けるものとして、鈴木謙介は「吉野家祭り」におけるある行為に着目している*10。それが、「吉野家祭り」の参加者が、「祭り」に参加した証として領収書を撮影し、スレッドにアップロードするというものだ。これは、「祭り」に参加したという物的証拠を提示すると同時に、「『集団として振り返る』ための『メモリアル』」と言えるものであったのだという。この特徴は、アーカイブとしての単一のニコニコメドレーの性質と、一言一句違わず符合している。ニコニコメドレーは、「吉野家祭り」の領収書と同じ役割を果たしていたのだ。

 つまり、ニコニコメドレーは「『ハレ晴レユカイ』ダンス祭り」的なコミュニケーションを肯定する「祭り」を、楽曲というフィルターを通じて拾い集め、再構成する。その上で、「吉野家祭り」的なコミュニケーションを伴わない「祭り」の下に公開するという、表層化されない入れ子構造を呈している。同じ「祭り」と呼称されているものにもかかわらず、そこには二元的な要素が存在している、ということになる。

 この構造が明らかになったところで、改めて直近の「ニコニコメドレーシリーズ殿堂入り」を達成した単一のニコニコメドレーについて振り返ってみると、節目に投稿されたものが半数以上を占めていることに気づくのではないだろうか。ニコニコ動画10周年を記念した『ニコニコ動画十年祭』(2016)(sm30214773)を皮切りに、この傾向はより一層強くなったと見える。初音ミク10周年を記念した『ミクミク動画葱祭』(2017)(sm31840798)、新バージョン「ニコニコ動画(く)」の実装を記念した『新niconico(く)みきょく』(2018)(sm33435124)、『THE IDOLM@STER』15周年を記念した『駆け抜けるアイマスメドレー』(2021)(sm38451980)、ニコニコ動画15周年を記念した『ニコニコ十五周年漂流記』(2021)(sm39736300)などが代表的だろう。これらの動画のタイトルには、一部に「祭」という文字が入っていることも、これまで参照してきたものと符合させれば決して偶然ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 そのような積もる歴史の中で、今年はニコニコ動画にとって受難の年となった。ハッカーによるKADOKAWAへのサイバー攻撃により、6月から8月にかけて2か月余りもニコニコ動画が閲覧できなくなる背景があった。しかし、あたかも災害から復興する街が注目されるように、ニコニコ動画は8月5日の復旧直後に祭りを引き起こした。とりわけ高い評価を受けたのが、ニコニコ動画で活動する百花 繚乱が人脈をフル活用して投稿された、『レッツゴー!陰陽師 古伝説コラボ』(sm43891948)ではないだろうか。かつてニコニコ動画で活動し現在はプロとなったユーザーも含む、豪華投稿者のコラボは視聴者に大きく訴求し、現在「ニコニコ動画の表彰式」とも言える「ニコニコ動画アワード2024」では最終投票にも残っている(私も投票した)。

 そしてニコニコメドレーにもまた、その流れが押し寄せた。それが『ニコニコ動画復活祭』(sm43887914)である。当作は冒頭にも取り上げた通り、ここ3年間単一のニコニコメドレーが伸びなかったという状況であったにもかかわらず殿堂入りを成し遂げた。それも動画の長さで言えば僅か5分半ほどのものであり、これまでに挙げてきた殿堂入りのニコニコメドレーの中でも圧倒的に短く、極めて異例と言える。

 

 

 ここに挙げた2つの動画は、東日本大震災津波に浚われても残った「奇跡の一本松」のように、インターネット上で復興の象徴としての「祭り」が巻き起こった事例と言えよう。「ニコニコ動画が閲覧できない」という前代未聞の事態は、一過性のものではあるが却ってニコニコ動画を活性化させた。この事象は、メドクラにとっては今後の前向きな活動を予感させるヒントにもなったのではないかと思う。そしてその背景にあるのは、「祭り」というインターネットを最大限活用したムーブメントと、「節目」というニコニコ動画がどのような変容を遂げても平等に訪れるイベントの発生によるものである。これらの要素が、常にニコニコメドレーを彩る要素として機能してきた。ニコニコメドレー作者たちは、これからも「祭り」の発生に着目し、「節目」と共にニコニコ動画を歩み、ニコニコメドレーをアーカイブとして歴史に刻み続けていくべきである。その火を決して、絶やしてはならないのだ。

 

おわりに

 ここまで、「ポストモダンの社会背景」と「ニコニコメドレーと音MADの比較」という2つの観点から、ニコニコメドレーシリーズの衰退要因、そして再興のために何が必要かということを述べてきた。

 今回は便宜的にその系譜から「ポストモダン」という語を用いているが、この用語がオタクカルチャーにおいて多用された2000年代と今とでは、それらを取り巻く環境は全く異なっている。そして何より、東浩紀宇野常寛といった2000年代以降に大きな影響力を持っていた批評家は、2020年代サブカルチャー批評には存在しない。これは、ここまで何度も述べてきたように、コンテンツが増えすぎたがゆえの弊害であるとも言える。この欠陥を補うには、本論で折に触れた音MADのように、これまで論壇に上がることのなかったムーブメントにも着目していく必要があるだろう。

 そしてニコニコメドレーと音MADの界隈論については、副次的なニコニコメドレーと音MAD合作との適切な形での架橋が目下の課題になってくる。現状私の知る限りでは、ニコニコメドレー作者は黒子に徹しており、表に出ることは少ない。ここに、コミュニケーションの断絶があるように思う。より良い作品を作るために、音MAD作者とニコニコメドレー作者の間で温度差の乖離が生じないために、あくまで対等な関係で、互いに積極的なコミュニケーションを取ることが要求されるだろう。

 本記事は当初、簡潔な要点のみで済ませるはずだったのだが、気まぐれに書いていくうちに結果的に2万文字以上に膨れ上がってしまった。それに加えて閲覧者のことを考えずにアカデミックな内容を多分に織り込み、冗長な記事となってしまったことをお詫び申し上げるとともに、ここまで読んで頂いたことに感謝申し上げたい。

 

 私は動画制作者としての才がないゆえに、数値化が可視化される現代インターネットにおいて、発言が拡散されるプラットフォームを持たない。ゆえにこの記事が双方の界隈の目に留まって頂けるのかは定かではない。それでも、純粋にコンテンツへの熱意からこうして筆を執った。その気概が伝わるのであれば、これ以上幸せなことはない。ニコニコメドレーシリーズ、音MAD、そしてニコニコ動画の発展を心から願って、今回はここで筆を置くことにする。

 

 

 

 

【最後にちょっとだけ宣伝】

現状投稿日未定ですが、来年1月以降に構成を担当した共作が出るはずです。こんな記事を書いておいてなんですがニコニコ動画の要素は少ないメドレーです。よろしくお願いします。

 

参考文献

岩田和男/武田美保子/武田悠一(編)『アダプテーションとは何か : 文学/映画批評の理論と実践』(2017年) 世織書房

 

宮台真司『制服少女達の選択』(1994年) 講談社

 

宇野常寛ゼロ年代の想像力』(2008年) 早川書房

 

さやわか「愛について──符合の現代文化論(9)「キャラクター化の暴力」の時代

(2)」(2021年) (https://webgenron.com/articles/gb062_04)

 

濱野智史「〈歴史〉の未来」「第1回:作品それ自体がデータベースであり、ネットワークであり、コミュニケーションでもあるような」(2009年) (https://artscape.jp/study/rekishi/1207202_2746.html)

 

Lixy『ボーカロイド文化の現在地2』「『神っぽいな』のパースペクティブ——二次創作としての音MADから——」(2024年) (https://asyncvoice.booth.pm/items/6306695)

 

東浩紀動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』(2001年) 講談社現代新書

 

谷村要「自己目的化するインターネットの「祭り」 : 「吉野家祭り」と「『ハレ晴レユカイ』ダンス祭り」の比較から」 (2008年) (https://kwansei.repo.nii.ac.jp/records/17253)

 

鈴木謙介『ウェブ社会の思想―<偏在する私>をどう生きるか』 (2007年) NHKブックス

 

その他、文中に示した動画についてはリンク先を参照するものとする。

*1:『制服少女達の選択』 p245

*2:ゼロ年代の想像力』 p388

*3:https://webgenron.com/articles/gb062_04

*4:https://artscape.jp/study/rekishi/1207202_2748.html

*5:https://asyncvoice.booth.pm/items/6306695

*6:動物化するポストモダン』 p79

*7:ゼロ年代の想像力』 p51-52

*8:https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845763758889600

*9:なお目的が存在する近年の「祭り」のケースとしては、例えばこのようなものが挙げられる。ゲーム『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に登場する幻のポケモンメロエッタは、その入手方法がリーカーですら気づくことのできない「隠し要素」であった。それを発見したのが掲示板「ポケモンBBS」の住民たちであり、当初BBSの内部という小規模なコミュニティでこそあるが、大きな盛り上がりを見せた。「BBSの内部だけ」という限定に、ここに挙げている「吉野家祭り」との類似点を指摘できよう。ちなみに私もそれに関わった一人であるため、ことの顛末はここに記している。ちょうどこの記事の投稿日である12月16日が1周年のため、よければ是非。 https://note.com/jury_mine/n/na1ae556c66ac

*10:『ウェブ社会の思想―<偏在する私>をどう生きるか』 p162

個人的な「セカイ系」備忘録(『エヴァ』-『ハルヒ』まで)

0.お断り

セカイ系について詳しいよ!

→備忘録なので特に真新しいものがありません。寧ろいろいろとお話聞かせて下さい。僕には友達がいないので、きっと喜びます。

セカイ系について知りたいから開いたよ!

→こんなの読むよりこの辺のを買った方がいいと思います。

 

 

Q.こんな手垢のついたものをなんで今さらになって公開するの?

→あくまで個人的メモ。何かアウトプットしないと数年後には死ぬ気がするから。

Q.メモなら公開する必要がないのでは?

→自己顕示欲は致死量の猛毒。友達が欲しい。

 

 

1.概要 

 ゼロ年代にいわゆるオタクを筆頭としたサブカルチャー文学を賑わせた「セカイ系」という言葉があった。1995年放送のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に端を発したと言われるこれは、「小規模な主人公とヒロインの関係」(「きみとぼく」などと呼称される)を、「社会や国家のような中間項の描写を挟むことなく」、「破滅に向かう世界」に対してどのように立ち向かうかという、自意識を強く描写したものとして膾炙が進んだものである。

 ゼロ年代を特徴づけるかのようにインターネット発のこの言葉は、評論・文壇に上がり活字になるに連れて熱を帯び、やがてはストーリーのジャンルのみならず特定の世界観の空気を表す言葉として、賛美・否定両方の意味合いを持ちながら使用されていくこととなる。

 このような状況からセカイ系というタームは、ゼロ年代サブカルチャーにおける議論として頻繁に論じられており、前島賢セカイ系とは何か』を筆頭に、その系譜にどのような作品・議論があるか、何故消費者に必要とされたのか、という点についてはある程度明文化がなされている一方、定義については未だ錯綜していると言わざるを得ないのが現状である。

 

1-1.セカイ系の拡散者・東浩紀と批判者・宇野常寛

 セカイ系」という言葉を明確に定義するには非常に困難を要する。東浩紀大きな物語の瓦解を背景に概ねセカイ系に関して肯定的と言われており、彼の定義は多くの評論家たちの座標となり、やがてゼロ年代においてセカイ系オタク評論の中心を占めるまでに至った。他方でこの時代の後に出てきた宇野常寛は、『ゼロ年代の想像力』のなかで東とその系譜を継ぐ批評家たちを槍玉に挙げ、彼らのせいで批評に思考停止が起こり、「この国の『批評』は完全に時代に追い抜かれた」と舌鋒鋭く批判していることでもまた知られている。そしてその宇野はセカイ系を原義的には「結末でアスカに振られないエヴァ」であるとした*1。その上で、従来の東らが提唱した論に端を発し、『エヴァ』以降の「セカイ系」を愛好するオタクが持っていた自閉的な性質を、「自己を母親として全承認してくれる異性の所有」「女性差別的」「レイプ・ファンタジー」などとわざわざ暴力的な言葉を用いてまで、徹底的に進歩のないものとして唾棄する。

 この東、宇野の対立は、東以降オタク評論の大家がいないと言われていた界隈を大きく賑わせた。宇野が『ゼロ年代の想像力』を発表しはじめた2007年には既にセカイ系の作品そのものが下火になっていたにもかかわらず、この対立構図が生まれたことにより批評間においてのみ用いられ過熱していくという奇妙な様相を呈した。そして両者もまた、自分からリングに上がっていくかのようにして侃侃諤諤の議論を交わすことに乗り気だったのである。

 この状況が意味するのは、「純粋に物語のプロットとしてのセカイ系」と「批評に用いられた道具としてのセカイ系」が双方存在することである。しかも、両者の時間軸はややずれている。前者は『エヴァ』が生まれた1995年から、せいぜいライトノベルブームのさなかで『涼宮ハルヒの憂鬱』が絶大な影響を誇った2006年ごろまでだろう。対して後者は、セカイ系の批評については東らの主張が長らく論壇を支配してきた。そこに対抗馬として現れたのが宇野なのだが、先述のとおり宇野が『ゼロ年代の想像力』を著しはじめた2007年以降であり、僅かにゼロ年代の半ばで掠る程度なのだ。私は、セカイ系の定義が混乱をきたす理由は、間違いなく「セカイ系」という言葉が孕むこの両義性にあると思う。よってここでは、「物語のセカイ系」と「批評のセカイ系」の両者を識別し、それぞれの経緯を追っていく必要があるだろう。

 

2. セカイ系の原点とは

2ー1.セカイ系という言葉の誕生

 先ほど示したように、特異な体系を持つセカイ系を説明するにあたり何から始めるのが相応しいのか。

 「セカイ系」という言葉は、2002年に個人サイト「ぷるにえブックマーク」の管理人であったユーザー・ぷるにえが造語したものである。既に指摘されていることであるが、これは当初単に「エヴァっぽい」世界観(一人語りを多分に描写する)ないし、高々自分の中の世界でしかないものをさも壮大に語る行為を揶揄するものとして生まれたものであり、けして予め深い含みを持たせたものではない。つまり、個人ブログの大して意味を持たせずに誕生した造語が、消費者ないし批評家の的を射た表現だとしてここまで市民権を得るに至ったのである。つまり、セカイ系の出発点は『エヴァ』であり、内面の誇大な描写なしには語れない。よって本論では、これを原点とみなしセカイ系を定義する。

 また、ここから派生して前島は「『新世紀エヴァンゲリオン』の影響を受け、90年代後半からゼロ年代に作られた、巨大ロボットや戦闘美少女、探偵など、オタク文化と親和性の高い要素やジャンルコードを作中に導入した上で、若者(特に男性)の自意識を描写する作品群」と説明しており、セカイ系が時代とともに変遷していたことを是認した上で俯瞰して見ると、この主張は的を射ているように思える。

 また、これら既存の情報に加えてここでは「セカイ」という単語がどこから引用されてきたかということを提示しておきたい。ぷるにえは本来「槻矢いくむ」などの名義でジュブナイルポルノ作家を営んでいた人物であり、その消息並びにセカイ系への言及は「とかたきくちる」名義で開設しているX(旧:Twitter)アカウントでも確認することができる。調べる限りでは、「セカイ」を造語した原点は評論家・切通理作よるものが大きいようである。

 彼の代表的な著書に、評論集『お前がセカイを殺したいなら』がある。作中には「セカイへと橋をかける試み」という表現が見られる通り、「セカイ」を概念的な文脈として取り入れようとしている。他にも切通は『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論 セカイをそのまま見るということ』といった意図的に「セカイ」というタームを使用した評論を執筆しており、さらには『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』というエヴァンゲリオンに言及したものもある。これらを鑑みれば、ぷるにえ以前に「セカイ」という言葉をより空想的なものへと敷衍し、セカイ系の原型を築いた人物と言えるだろう。

 また余談になるが、ぷるにえはもう一つ副次的に「セカイ」のヒントを得ているようで、それが2000年にリリースされた声優・堀江由衣のアルバム「水たまりに映るセカイ」である。堀江はゼロ年代以降飛躍的に出演数を増やし時代を代表する声優として君臨したが、ぷるにえはこのアルバムを聴いたことがないと述べており、こちらは単にそれらしい言葉を借用しただけと解釈するのが妥当だろう。

 

2-2.『新世紀エヴァンゲリオンの顛末』とその多大なる影響

2-2-1.理想としてのエヴァンゲリオン

 セカイ系」というコンテンツについて触れる際、どんな定義があろうとまず避けて通れないのは『新世紀エヴァンゲリオン』(以下『エヴァ』と表記)である。『機動戦士ガンダム』のような従来のロボットアニメシリーズと雰囲気を異にする当作は、後のオタク評論が活性化する大きな契機となった。例えば、東浩紀は『動物化するポストモダン』の中で大塚英二の『ガンダム』を筆頭とした「大きな物語」を引き合いに出し、『エヴァ』のファンが求めた「主人公の設定に感情移入したり、ヒロインのエロティックなイラストを描いたり、巨大ロボットのフィギュアを作ることだけのための細々とした設定」といった虚構の物語性を、「大きな非物語」と名付けた。そしてこれが東の提唱する、「消費者は物語の世界観を重要視しているのではなく、「キャラ萌え」のようなパーツごとの情報を主体として消費している」とする「データベース消費」へと繋がっていくこととなる。

 ただし、『エヴァ』が初めからそうした「データベース消費」を行おうとしているオタクを対象としていたのではなく、寧ろ当初は『ガンダム』のように「大きな物語」の展開を前提としたうえでオマージュを多分に含み、旧来のオタクに訴求するように作られていたため、二面性を孕んでいる、と主張するのが先程も挙げた前島の論である。

 この「旧来のオタク」に相当するものについて前島はいわゆる「オタク第一世代」に当たる岡田斗司夫の『オタク学入門』の中のオタク像を引き合いに出し、「映像の時代に過剰適応した視力」「引用や『パクリ』を発見できる能力」を挙げる。このうち後者が分かりやすいと思うのでそこから『エヴァ』を見てみると、登場人物の名前は村上龍『愛と幻想のファシズム』が由来になっていたり、作品に頻出する「人類補完計画」なる単語はコードウェイナー・スミスの、最終話のタイトルである「世界の中心でアイを叫んだけもの」はハーラン・エリスンSF小説が由来になっていたりと、「映像作品の中から、引用や『パクリ』」を含む要素は枚挙に暇がないほど存在する。

 つまり、当初『エヴァ』というのは寧ろ由緒正しい「オタク向けのロボットアニメ」といった具合で、当初はそうした消費者層におおむね好評を博した。また、ササキバラ・ゴウの論によれば、そもそも『エヴァ』を制作したガイナックスという会社はそうした「マニアック」な人物が多いと言い、本来オタクである消費者層がプロシューマ―(生産と消費を同時に行う存在)となって制作していたものと考えられる。

 

2-2ー2.誤算としてのエヴァンゲリオンと、その反響

 では、何故『エヴァ』が旧来のオタクの価値観を廃し、「セカイ系」という新しいタームを切り開くきっかけになったのか。それは元を辿れば、スケジュールの破綻により方向転換せざるを得なかったことにあるという。

 以下は1997年に出版された『庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン』に収録されている著者の竹熊健太郎と周知の通り『エヴァ』の監督である庵野秀明の対談であるが、その時の様子を一部抜粋する。

 

竹熊「本放送の時点で12話くらいしか出来てなかったと云う話ですが」

庵野「ええ、それも作画が出来たっていうだけでフィルムとして完成しといたのは僅か数本」

竹熊「もうその時点でやばっかたわけですね、かなり」

庵野「そうです。一年半から二年かけて12本ですから残り半年(放送期間)でもう14本。1/3から1/4のスケジュールで後はやらなきゃいけない」

竹熊「エヴァのファーストCDの解説で庵野さんはじめスタッフの皆さんがパニクッてる、というのを書いてるじゃないですか。皆さん悲壮な事を書いてますよね(笑)我々には本当に時間がないとか、オンエアの始まった日とか、これは相当切羽詰まってるなと思った」

庵野「オンエアが始まった時にもう崩壊が見えていた(笑)」

竹熊「その時に大規模な戦闘シーンが後何回しか出来ないってもう読めた?」

庵野「そうですね。25話では大規模な戦闘シーンを予定していたんですが19話の作業前にもう無理だって事が分かった。戦闘シーンが出来ないんですよ。それで戦闘シーンを外したプロットで出来るか検討してみたけど無理で、戦闘シーンはもう台詞で見せるか、リピートなへなちょこな絵で見せるしか方法はなかった。もうダメだっていうのが僕の中にありましたから」

 

 と、このように19話辺りからどんどん現場が逼迫し、当初想定していた消費者のニーズにまとも沿えるようなことができなくなってしまっていたことが伺える。さらに同書に収録されているプロデューサー・大月俊倫の話によれば、25話に取り掛かる手前辺りで庵野は制作から降りたいと語っていた。そこで大月は庵野に求められ自らが窮地に陥った際の原体験を聞かせたところ、庵野は立ち直り「やる」と言い出したのだという。これに関して大月は「よっぽど嬉しかったんでしょうね。人の悲惨な話聞くのが(笑)」と述べており、ある種『エヴァ』のエッセンスは庵野秀明の持つこういった部分に凝縮されていると言っても過言ではない。

 ともかく、そうした現場事情もあり、終盤以降『エヴァ』の映像作品としてのクオリティは大きく低下した。その結果どうなったかと言えば、それまで消費者に訴求していた細部の設定や謎の一切をかなぐり捨て、主人公の内面を描写するという方向性へのシフトである。

 この結果「人類補完計画」などといった作中に残された重要なワードは一切省みられることはなく、最後は主人公・碇シンジがただ一人の自己葛藤の末に自分を肯定し、仮想空間のような風景の下、他の登場人物たちに「おめでとう」と祝福される光景で幕を閉じる。

 この一見意味不明な結末には当時の視聴者から批判が殺到した。特に取り上げられるのが、オタク第一世代に数えられ、先述の「大きな物語」論の提唱者である大塚の論である。大塚はそのラストシーンが「自己啓発セミナーのカリキュラムの最後と見事に同じ」「彼らは自らの「全体性」への渇望と、同じにそれを統合する「超越性」を提示する能力を彼らが欠いていることを無惨にも顕わにした」とその物語性を酷評している*2

 だが他方で、当時オタク第二世代として頭角を現していた東浩紀は物語性を廃した言説を行った。「後半の庵野は妥協がない。通常数話を要するエピソードを、彼は、早いシーン転換とわずか数コマのカットの多用、演出上の省略と難解な台詞により一話に凝縮してしまう」と映像へ向けたフォーカスを行う。増田聡はこの大塚・東両者の言説を比較したうえで、東の論を「映像を物語ではなくテクストとして読む観点をもつという点において、アカデミックな映像把握の視点と共通性を持つからではないか」と論じている。

 こうした批評家たちによる幾度もの議論を経て、果たして庵野の選択とは終盤で行ったキャラクターの内面性をさらに描くという行為であった。それを象徴するのがテレビ版の翌年(1997)にシリーズ完結の劇場版として公開された『Air/まごころを君に』(以下、英題の『The End of Evangelion』の略称に由来した通称で『EOE』と表記)である。これは特に時間が足りなかったという25,26話をリメイクしたものであるが、十分な納期があったにもかかわらず、相変わらず碇シンジの葛藤を描いていることに変わりはない。さらにその上で、シンジがヒロインの一人である惣流・アスカ・ラングレーを想い自慰行為に耽るシーンや、そのアスカの「気持ち悪い」というセリフで終幕するシーンなど、寧ろ結末は「悪化」しているといってよい。そして当然、テレビ版の前半で散りばめていた謎や設定も何ら回収されることなくシリーズが完結しまう。

 こうした展開について前島は、このような作品的展開の破綻こそが却って『エヴァ』を「オタク向けアニメを越えた社会的大ヒット作」にした原因であると言い、また終盤で庵野の内面を描いたことが皮肉にも共感性を呼んでしまい、内省・自分探しの時代だった1990年代を象徴する出来事であるとしている。

 また、『Air』で庵野と共に監督を務めた鶴巻和哉は、『EOE』のパンフレットの中でこう述べている。

 

「例えばね、庵野秀明は『アニメファンは内側向いていてイカン』ていうじゃないですか。『もっと、外へ出て行かないと』って。それで言えば、アニメファンじゃない人が観てくれるというのは、嬉しい事のはずなんですよね。でも、結局のところ『エヴァンゲリオン』+『エヴァンゲリオン』に関する庵野秀明のコメントっていうのは、彼自身を含めた、もちろん僕め含めたアニメファンに向けてのメッセージなんです。実はアニメファン以外の人が観てもしょうがない。普通に生活できて、普通にコミュニケーションとれてる人が観ても仕方ない作品なんですよ」

 

 鶴巻の発言を見るに、庵野の内面を描いたという点については、オタク文化のプロシューマ―であるガイナックスという集団のメンバーの一人という視点から見ても、庵野のオタク観が多く含まれていたことが是認できよう。即ち、「内面」としての『エヴァ』は、「オタク(庵野)が自省を込めてオタク向けに作った、オタクのための作品」と言えるのではないだろうか。

 

 以上の『エヴァ』を巡る一連の流れを踏まえると、前島の主張を借りれば、セカイ系の出発点とは「"終盤の"『エヴァ』」であると分かる。セカイ系発案者であるぷるにえの「エヴァっぽい」という言葉は、このような「終盤の『エヴァ』」で展開される自意識に大きくフォーカスしたものであった。こういった自意識の過剰なまでの描写は、以降当時過熱していた美少女ゲームライトノベルといった媒体に伝染し、ゼロ年代前半にさらなる解釈を生むこととなる。

 

3. 「アフターエヴァ」の流行――美少女ゲームを例に

 ここまで述べてきた通り、『エヴァ』という存在とその顛末は、消費者としてのオタク像にも、評論としてのオタク像にもあまりにも大きな影響を与えることとなった。ここではそうしたイデオロギーを「アフターエヴァ」と呼称しているが、まず、それを醸成したものとして挙げていかなければならないのは「美少女ゲーム」という存在である。

 

3-1.美少女ゲームとは?

 「美少女ゲーム」とは、主人公の視点を通して、美少女キャラクターとの恋愛をシミュレーション的に描き出したゲームのことである。その作品の大半は主人公とヒロインの性行為を始めとしたポルノ要素を含んでいることが多いが、ここではそうした要素は重要ではない。見るべきは、その画面形式とシステムである。

 美少女ゲームは、ヒロインを主体とした一枚絵の中にテキストウィンドウが並び、会話ないしストーリーが進んでいくという形式をとる。そしてある程度会話が進むと主人公の行動を規定する選択肢が現れ、どのヒロインと恋愛をするか、また物語をどのような結末にするかという選択を迫られることとなる(俗にこの選択肢のことを「分岐」、その分岐を経た先の結末を「ルート」と呼ぶ)。

 こうして概要を見た時に、「ゲーム」と名付けられてこそいるものの美少女ゲームにその要素は皆無に等しい。たまに選択肢を迫られること以外は、美少女を中心として映されるテキストを読む行為が大半を占める(さらにその選択肢すらほとんどない、あるいは意味をなさないという作品がセカイ系美少女ゲームには散見される)。これはイラストと口語調の文章が特徴として挙げられるライトノベルの形式と非常によく似ており、東浩紀もこの行為を「プレイというより読書」であり、そのためライトノベルのユーザーと被っているとも述べている。

 

3-2.Leafがもたらした「美少女ゲーム」の転換点

 つまり、後半の『エヴァ』がもたらした自意識の描写と、データベース消費的なヒロインの存在を抽出したものが当時の『美少女ゲーム』ブームの背景にあったと言える。こうした要素を先導したのがゲームブランド「Leaf」であった。サウンドノベルゲーム『弟切草』の手法を根底に敷いた『雫』(1996)とその続編である『痕』(1996)はサスペンスタッチでシリアスなものだが、そのシナリオとキャラクターが大きく評価され、従来の美少女ゲームのイメージを一変させたと言われる。つまり、それまで性的消費の道具でしかなかった美少女ゲームは、オタクの間の「読み物」と化したのだ。冒頭で「ポルノ要素は重要ではない」と述べたのはそういった事情である。「アフターエヴァ」の美少女ゲームにとって、あくまでポルノ要素は物語を楽しむための歯車でしかないのだ。

 そして3作目の『To Heart』(1998)で「アフターエヴァ」の概念は決定的なものとなる。本作はいわゆる「学園ラブコメ」などと言われる普通の学園生活の中でありふれた恋愛をすることを主題に置いたもので、そこに存在する物語的背景は実に希薄である。そしてキャラについても、例えば東浩紀は『動物化するポストモダン』のなかでデータベース消費を象徴するキャラとして本作に登場するメイドロボ「マルチ」を挙げているほどであり、美少女ゲームにメイドという属性を与えた大きな存在でと述べる。またシナリオライターであり同時代に美少女ゲームのシナリオを手掛けていた元長柾木は、『To Heart』について「ゲームの面白さを感じる部分が、フルサイズのCGが表示されているイベントシーンではなく*3、立ちキャラクターと背景が表示されている日常シーンへ移行した」と評している。なお元長は「セカイ系」という言葉を初めて紙面上に持ち込んだ人物だと言われており、美少女ゲームセカイ系の発達に不可欠だったことが伺えるだろう。

 

3-3.Keyがもたらした「美少女ゲーム」のセカイ系

 そして、この「アフターエヴァ」が持つ日常的描写を取り入れつつも、セカイ系の鍵である自意識というタームを決定的にしたのが、ゲームブランド「key」がリリースした『ONE 〜輝く季節へ〜』(1998)、『Kanon』(1999)、『AIR』(2000)といった作品群である。当作品群は俗に「泣きゲー」などと呼ばれる、プレイヤーに感動させるシナリオであったことが大きく話題を呼んだ。特にこのうち『AIR』については、やはり東浩紀が批評を行い、後続に影響を与えたことで知られている。これらの作品群に共通して言えるのは、東の言葉を借りれば「メタ美少女ゲーム」と言えるものであり、ここに自意識の正体がある。

 この「メタ美少女ゲーム」という言葉を理解するには、東が『ゲーム的リアリズムの誕生』で述べた、同書のタイトルである「ゲーム的リアリズム」について触れなければならない。これについては、北出栞がうまい具合に要約していたので引用させてもらう。

 

 ノベルゲーム*4のプレイ体験における、「プレイヤー」と「主人公」が重なった「コンピュータを介して物語の世界に没入する自分」と「コンピュータを操作している自分」が二重になった感覚は、デジタルテクノロジーとともに暮らす私たちの根底をなすものである。その感覚に批評家・哲学者の東浩紀が与えた名前が「ゲーム的リアリズム」だった。

 

 つまり「ゲーム的リアリズム」とは、プレイヤーとゲーム内の主人公の視点を一体化させることによって、メタ視点的あるいは自己言及的な要素を含んだことを意味している。そしてそれらを内包し、プレイヤーに体験を与えるものの代表格が「メタ美少女ゲーム」なのである。むろん、この法則は美少女ゲーム以外のセカイ系にも流用できる。

 また、ここで北出は東が同書で触れていた「半透明」の文体についても補足している。例えば、よくセカイ系と比較されがちなSF小説は、その背景に膨大な設定や科学考証が存在する。しかしセカイ系はというと「同級生が宇宙人であったり」「学園生活そのものが仮想世界であったり」といったテンプレートさえあれば、たとえそれが曖昧な領域であったとしても、読者側が背景を勝手に補完することができる。そうした中で浮かび上がったのが、現実でも透明でもない「半透明」の文体だとしている。この概念は後述する「三大セカイ系」の説明に当たり北出のキータームともなってくる。

 

3-3-1.『AIR』が生んだ論争

 少し遠回りとなったが、東の『AIR』論は、「評論としてのセカイ系」を形作るにあたり指針となるくらいには重要なので触れておかねばならない。『AIR』は三部作からなるが、そのうち第一部「DREAM」は、主人公・国崎往人(くにさきゆきと)とちょっぴり「不思議ちゃん」なヒロイン・神尾観鈴(かみおみすず)とのひと夏の交流を描く。そして国崎は、友達がおらず家族も母親代わりの伯母しかいない(作中ではこの関係が「家族ごっこ」と呼ばれる)観鈴を満たす存在として交流を深めていく。しかし観鈴は難病を抱えており、その難病の原因が自分にあると知った国崎は神尾家を出る。これにより、「家族ごっこ」という新たな共同体づくりは失敗に終わる。その次の第二部「SUMMER」は第一部の前日譚となっており、平安時代を舞台に、国崎と美鈴が前世でどのような関係があったかということが示唆され、観鈴が1000年前に呪いをかけられた神奈備命(かんなびのみこと)の生まれ変わりであるとプレイヤーは知る。そして物語の核をなすと同時に、これまでの美少女ゲームとは一線を画す第三部「AIR」が重要なポイントである。これは第一部のリプレイ、そしてその後を描いたものとなっており、プレイヤーの視点は国崎ではなく、観鈴が飼い始めたカラスの「そら」にある。つまりプレイヤーは何も物語に介入できず、観鈴が第二部で示された呪いと戦いながら死ぬさまを看取るほかなく、物語は苦い結末を迎える。観鈴を救うルートは存在しない。

 東はこのシナリオを参照して、『AIR』には二度の挫折があるとした。一つは、「『父になりたい』、すなわち、観鈴を救いたい、彼女とコミュニケーションをとりたいという、キャラクター・レベルの素朴な欲望」。もう一つは、「『父にはなれないが、自由にしたい』、(中略)コミュニケーションがとれないがゆえに永遠の少女として所有したいという、プレイヤー・レベルでも否定神学的な欲望」である。このうち前者は第一部、後者は第三部のことを指している。そして第一部では「零落したマッチョイズム」(家父長制補完的な想像力)の脱臼、第三部では「『ダメ』な自己欺瞞」(反家父長制的な想像力に隠れて超家父長制的な欲望を密輸入する構造)を解体するとした。

 このうち前者はこれまでの美少女ゲームと同じシステムなのだからわかりやすい。美少女を保有することによって本来プレイヤーが持たない(=作中の主人公というキャラクターが持つ)「零落したマッチョイズム」、すなわち家父長制的欲求を満たすという欲望のことである。後者についてはやや複雑な書き方だが、美少女ゲームのような「零落したマッチョイズム」を満たすという欲望を持ったプレイヤーの自己嫌悪を投影しているものと言える。すなわち、美少女ゲームをプレイするという行為自体は本来反家父長制的であるにもかかわらず、ヒロインの所有のためにプレイヤーは主人公というキャラクターを通して通常の家父長制的なものを越えた”超”家父長制的な振る舞いをしなければならない。この矛盾により生じた消費者の「自己反省」こそが第三部を形づけるものだと述べている。こうしたプレイヤー視点での自意識の二層性を持った『AIR』の性質を、東は『エヴァ』などの過去作品と比べながら「きわめて批評的なものである」と一定の評価を与えている。

 2004年に『波状言論』内で発表されたこの東の論は新興勢力とされた「セカイ系」の論考を支えるものとして一定の成果を残した。そして先述したようにその僅か前の2002年にはぷるにえの手により「セカイ系」という言葉が生まれたこともあり、この頃になって批評の一貫として受容されるセカイ系が確立されつつあった。

 しかし、2007年頃になってセカイ系そのものを否定する勢力が現れる。その発端となったのが、宇野常寛の著書『ゼロ年代の想像力』であった。

 ただ、ここでは宇野の論を紹介する前に「物語のセカイ系」と「批評のセカイ系」は別物であるという概念をここで再掲しておかねばならない。というのは、一般に物語としてのセカイ系は言葉が生まれて間もない2003年頃に終焉しつつあったとされているからである。

 例えば前島賢は『セカイ系とは何か』のなかで、「セカイ系が大きな話題になったのは2003年前半がピーク、2003年末にはすでに過去のものとなった感がある」と述べ、実際にネットを探すと2003年の時点で「それはもう1年以上前の流行ですよ」という指摘があったという経験則を語っている。つまり、本来であればセカイ系はこのまま終焉へ向かうコンテンツになるはずだったにもかかわらず、東の『AIR』論、そして宇野の反駁といった構図によって論壇の上で息を吹き返したのだ。後述する「三大セカイ系」にしろ『涼宮ハルヒの憂鬱』にしろ、このことは念頭に置いておくべきであろう。

 さて、宇野の「アンチセカイ系」については、先程の東の『AIR』論を否定した論調を参照するのがわかりやすい。先述のように東の『AIR』の評価点はプレイヤー視点から見た時の自意識の二層性にあるのだが、宇野はまずこれに疑問を持つ。第三部を形作る「『ダメ』な自己欺瞞」とは、プレイヤーの自己反省として機能するのではなく、むしろ第一部のマチズモ(マッチョイズム)を強化するものに過ぎないからだと主張する。もし本当に自己反省を促すのならそもそも国崎は観鈴に恋愛対象として拒絶されなければならない。しかしそれが行われず、観鈴が国崎に所有されたまま彼女が死ぬというのは、むしろマチズモを永遠としてしまう行為である。こうしたプレイヤーにあたかも自己反省を促すように見えて、その実マチズモを再強化する回路を携えたものを宇野は「『安全に痛い』自己反省パフォーマンス」と称している。

 その上で宇野はこの「『安全に痛い』自己反省パフォーマンス」がセカイ系に多く見られると主張し、それまでの東が述べてきた受容する態度としてのセカイ系を、時代遅れで「引きこもり」的思想だと一蹴する。そして東が論壇で隆盛を誇った2000年代前半にはすでに同時多発テロ事件などの影響によりセカイ系の時代は終わっており、世相には「引きこもっていたままでは死ぬ」という思考から生き残りをかけた「サヴァイヴ感」とそれに基づいた「決断主義」が蔓延っているとする。そこで宇野は小畑健の漫画『DEATH NOTE』などを引き合いに出し、引きこもるのではなく、決断するのが「ゼロ年代の想像力」だという論調を展開していく。

 当書のなかで宇野は自身が主張するゼロ年代が持つ決断主義と対比させるようにとにかくセカイ系をこき下ろし、先程の「『安全に痛い』自己反省パフォーマンス」「引きこもり」もそうだが、「思考停止」「レイプ・ファンタジー」などその罵倒表現は枚挙に暇がない。それでも宇野の主張は「セカイ系vs決断主義」対立構図を明確にしたことにとって一定のユーザーから支持された。そして何より、長らく東の主張が論壇を占めていた界隈に、新たに刺客が現れたという事実が大きい。これにより、批評としてセカイ系は論壇の上で『涼宮ハルヒの憂鬱』の人気が収束する頃までは生き永らえたのである。

 ただし、繰り返すようだが「物語のセカイ系」は東の『AIR』論があった2004年には既に虫の息であった。そのような背景の中で生まれた『涼宮ハルヒの憂鬱』は「セカイ系」と定義されながらも、同時に「脱セカイ系」の性質を含んだ両義的なものであった。これについては後述する。

 

4.三大セカイ系とその曖昧さ

 少し時計の針を戻そう。セカイ系を語るにおいては欠かせない、3つの作品がある。具体的に何を指しているのかと言えば、高橋しんの漫画『最終兵器彼女』(2000)、秋山瑞人ライトノベルイリヤの空、UFOの夏』(2001)、新海誠のアニメ『ほしのこえ』(2002)の3作のことである。

 これらが何故セカイ系の代表作として挙げられるようになったかと言えば、やはり東浩紀らの手によるものであり、これまでにも何度か俎上に上げてきた『波状言論』のなかで主張されたことがきっかけである。そしてこれらを総括して、東はセカイ系とは「主人公と恋愛相手の小さく感情的な人間関係(『きみとぼく』)を、社会や国家のような中間項の描写を挟むことなく、『世界の危機』『この世の終わり』といった大きな存在論的な問題に直結させる想像力」を持つ作品であると評した。浅羽通明はこれについて、「世界の危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項の描写を挟むことなく」とは国家や国際機関、社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれることを指す戦争のことだと説明している。

 また、この東の主張の根源となったであろうものが、評論に初めてセカイ系を導入したと言われている笠井潔の主張である。笠井は、『エヴァ』ではなく、それ以前のコバルト文庫を筆頭とした少女小説の恋愛観を出発点としてセカイ系を説いた。その中で作家の久美沙織による批評を参考としつつ、かつて少女小説の恋愛観は、主人公と対象(ここでは少女小説なので前者が女性で後者が男性)の恋愛空間は閉鎖的としながらも、対象の存在は点線で社会領域へと通じているとした。ところが、その社会領域がライトノベルとなると完全に廃され、主人公とヒロインの関係性、そして「日常と異常」という二項対立のみで成立し、それと同時に、中間項である内面性と社会性が排除されたのだとする。この主人公とヒロインの関係性を笠井は「キミとボク」と呼び、三大セカイ系のヒロインのような「戦闘美少女」と関係づける。

 立ち返って見るに、この時点でぷるにえが最初に提唱した際の「エヴァっぽい」という「揶揄」の側面はほぼ薄れている。この辺り、セカイ系が論壇の上で転がされ、新たな批評家の手に渡るにつれ定義が変遷し、曖昧な概念となっている理由が承認できるところである。

 そして既に指摘されている通り、この「三大セカイ系」は東・笠井の定義における条件をすべて満たしているわけではない。にもかかわらず、この3作品はセカイ系として不動の地位を築いている。何故か。これについては、「他に共通項があるから」と考えるのが自然だろうと思われる。

 

4-1.真のセカイ系の共通項とは

 前島は従来の主張以外に三大セカイ系の共通点として「世界設定の排除」を挙げる。2-2で述べたような『エヴァ』に則れば、前半では「人類補完計画」のような世界設定を匂わせる単語を留置しておきながら、後半ではそれらを一切明かすことなくシンジの自意識を描写して物語が完了する。しかし三大セカイ系では「後半の『エヴァ』」だけでしかなく、そもそも「人類補完計画」のような意味深長な単語は登場せず、消費者は物語の語られない背景にアクセスすることはできない。

 例えば、『最終兵器彼女』のヒロインであるちせは、人類の兵器として戦う運命にあるにもかかわらず、どのような存在と戦っているのかは一切明示されない。『ほしのこえ』も同様にヒロインである長峰美加子(ながみねみかこ)が搭乗する宇宙艦隊はどのような機構なのか語られない。そして『イリヤの空』に至っては、前島が作者の秋山にインタビューした一次情報から世界設定が意図的に削除されているとしている。世界設定をあえて設けずして余計な要素を排除することで、主人公・浅羽直之(あさばなおゆき)とヒロイン・伊里野加奈(いりやかな)の2人の関係にベタに感情移入できるというわけである。

 ほかにも、北出は『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』のなかで「半透明」の構造をセカイ系の定義であるとした。「半透明」とは先程「ゲーム的リアリズム」の説明のために2-3でも提示した概念であり、東が『ゲーム的リアリズムの誕生』で述べた概念を踏襲し、拡張していることが特徴である。

 北出はまず、「『セカイ』というカタカナの表記自体が、『世界』という日常的に使われる言葉にフィルターをかけて異化するものである」とし、ゆえにセカイ系は半透明であり、「曖昧な領域を肯定する思想」であると主張する。

 この主張については確かに肯うことができるものだ。例えばセカイ系に近しい存在として、同じくインターネットで生まれ定義が錯綜しがちな「ライトノベル」というタームがあるが、これについては作家である杉井光が「グレーゾーンがあっても有用である」という同様の立場を示している。そもそもぷるにえが造語した時点で曖昧だったのだから、半透明を受容する姿勢は極めて自然と言えるのではないか。

 そして北出はこの半透明の構造を用いて三大セカイ系の共通項を説く。『イリヤの空』については東が指摘した文体の半透明性だけでなく、三人称視点での小説であることに着目する。三人称を採用することで、主人公とヒロインのみならず、その脇を固める大人や友人の視点を描くことができ、「読者の心情を一人称視点にシームレスに同化させる」。これによって、読者を半透明の視点に誘導できるものとしている。

 『最終兵器彼女』については、作者の高橋による繊細さと暴力性を同居させた淡い絵筆のタッチによるものが大きいと述べている。ヒロイン・ちせが自らが兵器化したことによって自我の境界が曖昧になっていく感覚を、漫画表現としても半透明の構造を用いて取り入れたとする。さらにここで北出は、高橋の制作環境というテクノロジーの観点から半透明を導出するという新しいメタ的視点を提示している。北出の論に依れば高橋は1990年代前半という極めて早い段階でデジタルの制作環境を導入したのだという。そして2000年頃にこのデジタル環境が徐々に普及していく状況は、先述したちせの「人間と機械の境界が曖昧になる」という主題と重ね合わせられるという大胆な論を展開する。

 『ほしのこえ』についてもまた、制作者である新海誠の制作環境を反映させている。当作は25分に渡るアニメーションの中で作画や脚本のほとんどを新海が一人で手掛けているが、そのために制作の痕跡が色濃く残る。そしてその痕跡は当時普及し始めていたMacAdobeといったテクノロジーとしてのソフトウェアに還元される。これによって、作り手である新海と受け手である消費者、そしてそれを媒介するデジタルテクノロジーといった図式が成立する。このデジタルテクノロジーの立ち位置は、『イリヤの空』で述べたような三人称の視点に近いものと捉えることができ、ゆえに半透明であると言えるのだろう。

 

5.『涼宮ハルヒの憂鬱』が持つ「セカイ系」のディレンマ

5-1.セカイ系ライトノベルが『ハルヒ』に至るまで

 ここまで、いくつかの作品と論調からセカイ系を論じてきた。そこで最後に取り上げたいのは谷川流ライトノベル涼宮ハルヒの憂鬱』である。当作を私は物語としてのセカイ系リバイバルさせ、そして終焉へ向かわせた両義性を持つ作品と位置付けている。よってここではその軌跡を追っていきたい。

 もともと、ライトノベルの中でセカイ系として取り上げられる作品には上遠野浩平ブギーポップは笑わない』(1998)やこれに影響された西尾維新『戯言』シリーズ(2002)などがあった。とりわけ、『ブギーポップ』については西尾や佐藤友哉といった、講談社ファウスト」の面子、加えて時雨沢恵一を筆頭とした数々のライトベル作家に影響を与え、ライトベルにパラダイムシフトをもたらした存在として言及される。例えば、ここまで幾度となく述べてきた東は上遠野のデビューをきっかけに、それ以前から存在していた『スレイヤーズ!』『ロードス島戦記』といったRPG的ファンタジー作品をライトノベル群から切り離す言説を展開した。また宇野に関しても、『ブギーポップ』はライトノベルの射程を伸ばした作品であると同時に、『エヴァ』と「セカイ系」の橋渡しをしたと論じている。

 この内実について、榎本秋の主張のようにそれまでファンタジーが主流であった1990年代のライトノベルに「現代もの」の視点を導入したことが一例として挙げられる。そこからさらに「学園ファンタジー」「現代異能」といった、いわゆるロー・ファンタジーチックな要素も取り出すことができ、この現実的な視点の導入によって読者の視点を投影しやすくできるものとする。これに付け加えるのであれば、この「学園ファンタジー」「現代異能」というのは、例えば高橋弥七郎灼眼のシャナ』(2002)などを筆頭に『ハルヒ』以降も長らくライトノベルの中心トレンドとして台頭し続け、2010年代前半頃まで主流であったと言ってよい存在である。つまり『ブギーポップ』の存在はセカイ系との橋渡しどころか、それを超越して21世紀のライトノベルの輪郭を作った存在と言っても過言ではないだろう。

 また、西尾の『戯言』シリーズについても触れておかなければならない。当作はライトノベルレーベルではない講談社ノベルスから発行されているにもかかわらず、ライトノベルの系譜で語られることが多い。その定義についてはここでは触れないが、西尾とともに講談社ファウスト」での執筆が目立った滝本竜彦奈須きのこ乙一らもまた同様である。

 西尾の作風は、前章の三大セカイ系とは雰囲気を異にする。にもかかわらずセカイ系と言われるゆえんについては、ここまで何度か述べてきたように自意識の描写が特徴としてある。

 例えば、前島は『戯言』シリーズの第1巻『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』において、一人語りが激しく、語り手自身の了見でしかないものをまさに「世界」という誇大な言葉で表したがる性質が見られることを指摘する。その上で、西尾の作品群におおよそ倫理観というものが欠落した主人公が多く存在することを挙げ、それらを1997年の神戸連続児童殺傷事件や、2000年の西鉄バスジャック事件などの少年犯人像と結びつけ、倫理観の欠如を肯定するような自意識がセカイ系と名指されたのだと述べる

 また、三大セカイ系とは雰囲気を異にするもう一つの理由として、『戯言』シリーズがセカイ系であると同時に「脱セカイ系」を掲げているとする言説が挙げられるだろう。これは宇野の主張であるが、彼の言葉を借りるのであれば本作が「セカイ系として始まり、それを否定して新伝綺で終わる物語」だからである*5。『戯言』シリーズの語り手である主人公・いーちゃん(「ぼく」)は、初めのうちはセカイ系的なモラル(宇野の論でいう「引きこもり」的思想)で描かれる。しかし、物語がセカイ系的世界観から、作中のミステリ要素を通して敵対組織との対決構図へと変貌するにつれ、いーちゃんは「誰かのために――何か、してみたい」という心情の変化が見られる。すなわちここの変遷に、宇野の言う引きこもりから決断主義への転向が挙げられるのである。こうしたロジックにより何度か述べたように宇野はセカイ系を時代遅れだと批判している。

 また主人公であるいーちゃんは読者の人気も非常に高いようで、宝島社の『このライトノベルがすごい!』では2005-2006年に渡り男性キャラクター部門で1位を獲得している。その人気の根底にあるのが決断主義への転向だったのかどうかはさておいても、読者層への訴求の強さという点では、宇野の「時代遅れ」という主張を補強できる要素にはなるだろう。そしてこのセカイ系と脱セカイ系の両義性は、本丸である『ハルヒ』を語るにあたっても重要な要素となってくる。

 

5-2.セカイ系の再興、そして終焉としての『涼宮ハルヒの憂鬱

 『涼宮ハルヒの憂鬱』は、2003年より刊行されている谷川流ライトノベルであるが、『エヴァ』や『ブギーポップ』のように「それ以前と以後」を隔ててしまうようなパラダイムシフトを起こした作品として周知される。それは刊行された2003年頃というよりむしろ、アニメ化が行われた2006年以降のムーブメントとしての側面が強いが、その人気の根源は、『戯言』シリーズに見られたようなセカイ系と脱セカイ系という、一見矛盾を孕んだ両義性が一因として挙げられるように思う。

 まず、セカイ系としての『ハルヒ』について見ていきたい。第一に、これまでも何度か述べてきたように東の「ゲーム的リアリズム」論に基づいた半透明の文体を持つことである。鈴木章子の論によれば、当作の「読者はキョン(執筆者注:「キョン」は主人公である語り手)を通してしか作品世界を見ることができ」ず、「地の文と会話がごっちゃになっている」と指摘する。これはまさに読者と主人公の視点が一人称のなかでシンクロナイズドする半透明の文体の特徴と言える。そして井上乃武はこの鈴木の主張を拡張し、キョンの語りには自らの「現実」とその理解を暗黙のうちに絶対化する「作者」という主体が背後に隠蔽されているのだと述べ、これによりメタ物語が展開するものとしている。この作者の視点というのはいわゆる三人称の視点に近く、先述した北出の『イリヤの空』論とも近しいものと言えるのではないだろうか。

 第二に、東の『AIR』論への反駁として宇野が述べた一貫したマチズモの所有――すなわち「セカイ系批判」としてのセカイ系要素である。『ハルヒ』のなかで主人公であるキョンは、たまたま話しかけたことにより縁ができたヒロインである涼宮ハルヒに振り回され、彼女が宇宙人、未来人、超能力者といった、超人的存在を求めるがために、朝比奈みくる長門有希古泉一樹とともに「SOS団」という部活を結成するところから始まる。そして何より重要なのが、実は涼宮ハルヒという存在は世界を動かす神に等しい力を持っており、キョン以外の団員は、本当に超人的力を持つ存在であるということである。具体的に言えば、朝比奈みくるは未来人、長門有希は宇宙人、古泉一樹は超能力者といった具合で、彼らは涼宮ハルヒを監視するために組織から送り込まれてきている。だが、当の涼宮ハルヒ本人にはそれが内密にされており、結果としてSOS団の活動は時として陰謀に巻き込まれながらも、主たるものはオカルト探しや草野球や離島合宿といった、ありふれた青春を謳歌するサークルのようなものになっている。

 宇野はこれを自らが提示した批判としてのセカイ系の最終形態だと『ゼロ年代の想像力』のなかで述べ、マチズモ=「自分より弱い女の子への所有欲」を、彼らの肥大化したプライドを傷つけず満たす極めて周到な構造が用意されているものとする。一見、本作は超人的存在を求めるがために数々の奇行をする涼宮ハルヒによってキョンが振り回されている構図が大筋のように思える。しかし、作品を追って行けば判明するようにSOS団の中で唯一、一介の男子高校生でしかないキョンハルヒの心の拠り所として機能しており、これによってキョンの視点で追う読者が所有欲を満たせる、という仕組みである。

 また、久米依子ジェンダーの観点からこのキョン-ハルヒの関係を考察し、宇野と類似した主張を導出している。少年一人をキャラクター性の違う美少女が囲む様子が『エヴァ』や美少女ゲームを想起させるものであるとし(古泉は男だが)、自己中心的なハルヒとそれに従うキョンという構図は一見従来の男女関係が逆転しているかに見えるが、その実ハルヒという少女像は宇野の言うように「心の拠り所」としてキョンの下に支えられており、少年の活躍で決着する少年小説には変わりないという論を展開している。この関係は、宇野が東の『AIR』の反駁として述べた、マチズモを再強化する「『安全に痛い』自己反省パフォーマンス」と通底しているのではないだろうか。

 では、反対に『ハルヒ』が「脱セカイ系」として機能していた点は何であろうか。ここでは再び宇野の『ゼロ年代の想像力』を参照したい。というのも、宇野はセカイ系としての『ハルヒ』を手厳しく批判する一方で、脱セカイ系としての『ハルヒ』を同時に評価しているからである。ここでまず、宇野は涼宮ハルヒが求めているのが本当に宇宙人、未来人、超能力者といった「非日常」なのかと問い、そうではなく、寧ろ日常の描写の方に本質があると述べる。本作で描写されるのはヒロインの戦闘や異能力バトルといった要素ももちろん存在するが、宇野の言う通り比重が割かれているのは、先述したような「オカルト探しや草野球や離島合宿といった、ありふれた青春を謳歌する」日常の部分である。つまり、ハルヒが求めているロマンは、本当は宇宙人、未来人、超能力者といった存在ではなく、むしろ日常の中にこそある。そして消費者もまた、非日常ではなく日常の部分に需要を見出しているはずである。こうした部分を総括して、宇野は『ハルヒ』を消費者のマッチョな所有欲を満たすサプリメント(批判としてのセカイ系)であるがゆえにルサンチマンを中和し、等身大の自己実現の祝福へと接続した想像力であると評している。

 そしてこの日常の部分に重点を置いた等身大の描写はしばしば「日常系」「空気系」などというジャンルで呼称されるが、私はこれがセカイ系を終末へと導いた大きなファクターであるように思う。どういうことか。それは『ハルヒ』が、セカイ系的な引きこもりにあらず、コミュニケーション・ツールとして機能し始めた側面を持つからである。冒頭で述べたように、『ハルヒ』が地位を確固たるものにしたのは2006年にアニメ化がなされた際のムーブメントが大きい。京都アニメーションが手掛けた作画、EDテーマ『ハレ晴レユカイ』を筆頭とした楽曲の評価など、クオリティが総じて高く、一般にもたらされていなかった深夜アニメという概念を広めるにも至った。そして何より、『ハルヒ』がここまで至った理由として、前島は視聴者に積極的な行動を起こさせる「祭り」と呼ばれる行為を指摘している。一例として前島はアニメ版が原作の時系列をシャッフルして放送されたことにより、原作ファンに訴求する小ネタが無数に散りばめられ、これが結果としてインターネット上での考察に繋がり、連鎖的に話題を呼んだとした。こうした現象からアニメ版『ハルヒ』はコミュニケーション・ツールとして使用され、セカイ系でありながら「後半の『エヴァ』」ではなく「前半の『エヴァ』」に近いものだと指摘している。

 同様のケースは『ハルヒ』の翌年に放送された、同じく京都アニメーション制作のアニメ『らき☆すた』(2007)にも見られる。オタクの少女・泉こなたとその周囲の美少女たちとのギークな交流の日常を描いた当作は、その題材からか『ハルヒ』以上にわかりやすく、オタク向けの小ネタを散りばめながら展開される。一例として、アニメーション制作会社、そして涼宮ハルヒ泉こなたの声優がともに同じ(平野綾)であることから、アニメ版の作中には涼宮ハルヒのコスプレをした泉こなたが登場するといった具合である。こうした『ハルヒ』から『らき☆すた』へのさらなる消費者層を限定した変遷を、宇野は当作に登場する美少女で「萌える」という東のデータベース消費の典型例を明示しながら、「排除型コミュニティの『狭さ』」と呼称している。

 そして『ハルヒ』『らき☆すた』といった作品で用いられた「祭り」としてのコミュニケーション・ツールの極北ともいえるべき存在が、2007年3月から正式にサービスを開始した動画共有サイトニコニコ動画」の存在である。このサイトは、動画を作る投稿者と、投稿されたコメントが動画の上に流れる消費者との双方向的なやり取りを可能にし、数多の創作物のスクラップ・アンド・ビルドを可能にしていった。『ハルヒ』『らき☆すた』もこうした例に漏れず、例えば『ハルヒ』のEDテーマ『ハレ晴レユカイ』を踊る催しが各地で行われたり、『らき☆すた』の二次創作的映像が作られたりするなどして、半ばネズミ算式と言っていいほどに、インターネットの象徴として拡大していくこととなった。

 こうした『ハルヒ』『らき☆すた』が醸成した「日常系」「空気系」のムーブメントを受けて、ライトノベルでは葵せきな生徒会の一存』(2008)、伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(2008)、漫画では蒼樹うめひだまりスケッチ』(2004)、『けいおん!』(2007)など、登場人物たちが他愛ないおしゃべりに興じるさまや、オタクを筆頭としたサブカルチャーに浸ったありふれた日常を過ごす作品が一世を風靡することとなる。

 つまり、『ハルヒ』以降に生じたオタクカルチャーは、もはやセカイ系のような「キミとボク」という矮小な関係ではいられなくなった。消費者が後半ではなく「前半の『エヴァ』」に興じることによって「引きこもり」を捨て、インターネットを筆頭としたコミュニケーション・ツールを利用するようになった。『涼宮ハルヒの憂鬱』がセカイ系を再興すると同時に終焉をもたらしたのは、この両義性によるものなのである。

 

参考文献(引用順)

東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』 講談社現代新書、2007年3月

宇野常寛ゼロ年代の想像力早川書房、2011年9月

前島賢セカイ系とは何か』 星海社文庫、2014年4月

東浩紀動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』 講談社現代新書、2001年11月

大塚英志ササキバラ・ゴウ教養としての〈まんが・アニメ〉講談社現代新書、2001年5月

竹熊健太郎庵野秀明庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン太田出版、1997年3月

大塚英志「『超越性』批判---<サブカルチャー>であること」 『ユリイカ1996年8月号 特集=ジャパニメーション!』 青土社、1996年8月

増田聡エヴァにとりつかれた人々の悲喜劇 ~サブカルチャーを巡る言説闘争』(http://less.music.coocan.jp/hihyou/evatragedy.html) 1998年

宮本直毅『エロゲー文化研究概論 増補改訂版』総合科学出版、2017年4月

東浩紀など『波状言論 美少女ゲームの臨界点』臨時増刊号、2004年1月

北出栞『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』太田出版、2024年2月

浅羽通明『右翼と左翼』幻冬舎、2006年

笠井潔『評論 社会領域の消失と「セカイ」の構造 (特集 ポストライトノベルの時代へ)』 雑誌『小説tripper』2005年春季号、朝日新聞社

杉井光「『ライトノベルの定義』に対する最終回答」(https://note.com/hikarus225/n/n5ba21548bacf)  2020年11月

榎本秋ライトノベル文学論』NTT出版、2008年10月

このライトノベルがすごい!」編集部(編) 宝島社『このライトノベルがすごい! 2005』/『このライトノベルがすごい! 2006』2004年12月/2005年12月

鈴木章子『ライトノベルに関する一考察--文学としてのライトノベル』(https://cir.nii.ac.jp/crid/1520009408261847040) 白百合女子大学児童文化学会、2008年

久米依子一柳廣孝(編)『ライトノベル研究序説』 青弓社、2009年4月

 

*1:これは数ある『エヴァ』の作品群の中で、1997年の劇場版『Air/まごころを君に』を指している。次章で著述。

*2:これについて庵野は『クイックジャパン』誌におけるインタビューで「セミナーに参加したことはない」と否定しているが、それでもやはり大塚は「庵野の創意工夫の産物であったとしたら、まさにそれは彼(庵野)の「創造」力の限界なり不可能性を露わにしてしまっていることになるではないか」と批判している。また『エヴァ』の持つ内面性を、当時巷を騒がせたオウム真理教と関連付けている。

*3:「フルサイズのCGが表示されているイベントシーン」とはいわばポルノ要素を含んだ部分のこと。

*4:ここで言うノベルゲームとは、「美少女ゲーム」と同等のもの。

*5:先述した「ファウスト」で連載されていた講談社の作品群を主に指す。奈須きのこ空の境界』が特に挙げられる。宇野はここでは新伝綺セカイ系にとってかわった新勢力として紹介している。

黄表紙『親敵打腹鞁』とライトノベル『オオカミさん』シリーズに見るおとぎ話のオマージュの雑感 (黄表紙とライトノベルは本当に近しいものなのか)

 

このブログ用の前書き

 なんでも今、VTuber月ノ美兎が公開した「カチカチ山」に関する考察をまとめた動画が話題らしい。僕は生憎VTuberを全くと言っていいほど知らないし見ないのだが、折角なので初めてと言っていいレベルで視聴した。実際の研究批評はその筋の専門家に任せるとして、僕が触れたいのは動画の最後に紹介していた『親敵討腹鞁』(おやのかたきうてやはらつづみ)という作品である。これは江戸時代の戯作・いわゆる黄表紙の代表作なのだが、僕は趣味柄黄表紙の知識をある程度有している。

 そして話が飛ぶが、たまに「黄表紙は江戸時代のライトノベルである」といった主張がなされることがある。確かに次章の「はじめに」に参照されるように、両者の共通点は多い。しかし、その共通点は本質ではなく、突き詰めれば多くの相違点がある。

 数年前僕は、黄表紙ライトノベル双方にある程度知識を有する者として、代表作を参照しつつ両者の違いを主張できないかと考えた。そこで黄表紙側の代表として『親敵打腹鞁』を参照し、比較してみようと思い立ち記事を書いた。しかし、書きあがったところでどうしても知識不足から来るであろう内容の薄さを感じてしまい、所詮個人ブログ(当時はニコニコのブロマガだった)の主張でしかないからとなあなあになって、やめた。それを今回の月ノ美兎の一件に便乗して公開してみようと思うに至ったのだ。

 土台没ということもあり浅く短く安い主張でしかないので、前回の記事のように好きなように考察不足を指摘して頂けたらと思う。有識者と関われるだけで井の中の筆者にとっては無上の喜びである。

 

はじめに

 黄表紙ライトノベルという媒体は、それぞれ当代の省みられていないエンターテインメント小説という点で共通項がある。その内容を見ても軽薄な文体や挿入されたイラスト、見るもののスノビズムを満たす日本語特有の言葉遊びの要素などが互いに見受けられる。とりわけここでは、いずれもストーリーの下敷きによく知れた「おとぎ話」があるケースが散見されることに注目していきたい。

 例えば江戸時代には軍記物語や説話集が庶民の教養として広まっていた背景があり、黄表紙にはそれを反映したパロディの物語が存在する。そしてまた現代でも童話や寓話などといった古くから伝わるストーリーが一般教養として浸透しており、それらがライトノベルの題材となることは頻繁に起こりうることである。またいずれもストーリーの内容だけにあらず、登場人物のみを抽出してキャラクター性の底上げを図る場合も存在し、新たなストーリーを作り上げるきっかけともなっている。

 今回はそうした要素を満たす作品の中から、黄表紙からは朋誠堂喜三二『親敵打腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)』を、ライトノベルからは沖田雅オオカミさん』シリーズを取り上げ、古くから伝わる物語が、どのように黄表紙ライトノベルのような時代ごとのエンターテインメント小説に落とし込まれていったのかを考察した上で相違点を比較していく。

 

『親敵打腹鞁』

 『親敵打腹鞁』は、朋誠堂喜三二(この作品のみ「喜三次」との表記)の作、恋川春町の画で、1777年(安永6年)に刊行された。史上初の黄表紙と言われる『金々先生栄花夢』の刊行が1775年であるから黄表紙黎明期の作品であると言え、朋誠堂喜三二、恋川春町ともに本職は武士であった。

 その内容はといえば、現代にも伝わる昔話『かちかち山』(当時の赤本では『兎の大手柄』)の後日談という形式をとり、親の仇として兎に復讐を目論む子狸の道中とその顛末を描くものである。ここだけ聞けば当時のトレンドでもあった典型的な仇討ちものを思わせるが、その内実は庶民の教養と表裏一体化した地口と、当代の流行風俗への滑稽味が良く表れた、いかにも黄表紙と言っていい内容となっている。中でもこの時代評判であった川魚料理屋の中田屋(葛西太郎とも)と絡めたくだりは真骨頂と言ってよく、義理に迫られた兎が中田屋の前で切腹すると、すかさず手柄の欲しい狸がとどめを刺し真っ二つにする。すると兎は「鵜」と「鷺」になって飛んでいき、最後にはこの2羽が中田屋へ鰻や泥鰌を吐き出すことによって恩を奉ずるという筋書きである。

 物語の中には「鵜」と「鷺」のような言葉遊びはもちろんのこと、当時人気であった人形浄瑠璃『ひらかな盛衰記』や、中国の謡曲『咸陽宮』へのオマージュが見られ、読み手の教養を信用した小ネタがあちこちに散りばめられていることが分かる。この辺り、いかに作中に作者と読者との密かなスノビズム的コミュニケーションを可能にする要素を詰め込めるか、という部分が重要視されていたかが窺い知れるところである。*1

 

オオカミさんと』シリーズ

第一巻『オオカミさんと七人の仲間たち』に端を発する『オオカミさんと』シリーズ(以下、『オオカミさんと』と表記)は、沖田雅によって2006年から2017年まで計13巻が刊行されていた*2ライトノベルである。

 人助けを貸し借りする部活動、通称「御伽銀行」を舞台に、対人恐怖症でヘタレな主人公森野亮士(もりのりょうし)と、強い暴力性を持つが随所に女の子らしい一面を持つ大神涼子(おおかみりょうこ)ら部員たちの交流を描く、いわゆるラブコメディに相当する作品であり、黄表紙と同じく随所にパロディネタも見受けられる。そして彼らの名前が『赤ずきん』に登場する猟師と狼から取られていることからも分かる通り、登場人物の名前や性格、背景は全て昔話や童話といった類の物語がモチーフとなっている。

 しかしモチーフとなっているとは言え、そこにはライトノベルなりの改変が多く加えられ、モチーフとなった物語と、それと乖離したそれぞれのキャラクターが持ちうるギャップがストーリーの焦点ともなってくる。

 例えば「御伽銀行」の部員の一人、そのものずばりの名前である浦島太郎は女たらしだが、小学生時代からの付き合いである竜宮乙姫(りゅうぐうおとひめ)という恋人がいる。そんな乙姫は性産業を牛耳っているという「竜宮グループ」の令嬢であり、自身も桁外れに絶倫な少女として描かれている。結果、常に尽くし続けようとした乙姫によって太郎は腎虚を患うまでとなってしまうが、それでもなお乙姫は愛することを止めない。そんな太郎の行為後の枯れた様子を例えて、涼子はこう呟くのである。

 

 「……………………おい、浦島。おまえなんか玉手箱あけたみたいになってんぞ」*3

 

 こうしたくだりが示すように、おとぎ話を利用してギャップを持った登場人物達の少々下劣な恋愛模様をも描き、ラブコメの形に落とし込んだのが『オオカミさんと』の大きな特徴である。作者の沖田は当作の誕生契機について「誰でも知ってるおとぎ話のキャラがライトノベルに出てきたら?」と思ったことだと語っており*4、誰もが知っている身近なおとぎ話を擬人化させ、ライトノベルの要素を取り入れたものであると言える。

 

両者の相違点 -テーマの有無-

 上記の内容を踏まえて、両者の作品がおとぎ話を下敷きにし、パロディ要素を多分に含む共通項があることが判明した。しかし他方で、「テーマ」の有無が決定的な相違点として存在するように思える。

 鈴木俊幸の言説によると、黄表紙は「ストーリーは二の次、細部の表現やちりばめられたモティーフのほうこそ読みどころ」であり、「作品に一貫する『テーマ』のごときを考えるのは時間の浪費である」という。またこうした風潮はこの時代の黄表紙には特に顕著であるが、そもそも江戸文学にはテーマというものが欠落しており、「文学研究」という枠組みでは本質を捉えられないとまで述べている*5。実際のところ『親敵打腹鞁』を辿ってみても突然の場面転換や支離滅裂な展開なども多く、登場人物の成長らしい成長も見られないことから、終始一貫したテーマらしきものが存在しないことが分かる。

 ではライトノベルオオカミさんと』の方はどうであろうか。もちろん、ライトノベル作品には明確な「テーマ」を標榜するものが多くあり、現代小説の一部である以上は黄表紙と違い全ての作品からテーマが欠落していることはあり得ない。そのような中で『オオカミさんと』は一見平行線のラブコメディを描き続けており、テーマらしいテーマが存在しないように見える。しかし第6巻『オオカミさんと長ブーツを履いたアニキな猫』では、亮士は対人恐怖症を克服し涼子を守ろうと強く意思を固めるシーンがあり、寧ろ王道中の王道と言っていいくらいには、きちんとした主人公の成長譚というテーマが描かれている。いくらコメディタッチを主体としたその他のライトノベルでも、黄表紙のように登場人物がパロディの道具として扱われることは殆どないと言ってよく、黄表紙とは倒錯した関係であると言えるだろう。

 もちろん黄表紙が僅か20ページ余りの絵物語であるのに対し、ライトノベルはその何十倍もの容量があり、成長を描かなければ読者に訴求する物語として成立しえないという背景もあるだろう。ゆえにライトノベルの一話が短編程度の要領であれば、より黄表紙に主体が近づくのではないだろうか。実際のところ『オオカミさんと』は短編集で成り立っている巻もあり、全ての章で必ずしも登場人物の成長とテーマの有無が比例するわけではないことに留意されたい。

 

まとめ

 黄表紙ライトノベルは多くの場合、作品舞台に沿って読者の知的好奇心やスノビズムに訴求する範囲のギャグやパロディに興ずる点は共通している。そしてその根底には、読者が一定の教養を保持していることへの信頼があり、『親敵打腹鞁』と『オオカミさんと』は、ともにそれらをおとぎ話というモチーフに落とし込むことによってエンターテインメント小説として成立させていた。

 しかし他方で、黄表紙は登場人物をパロディの道具として利用しており、あくまで登場人物の成長を描くのが主体であるライトノベルとは異なる様相を呈している。この「テーマ」の欠落は、黄表紙ライトノベル、ひいては江戸文学と現代文学の決定的な違いと言えるのではないだろうか。

*1:小池正胤、宇田敏彦、中山右尚、棚橋正博(編)『江戸の戯作絵本 3』、ちくま学芸文庫、2024年3月、p048-072

*2:2006-2011年まで12巻が、その後暫く空けて2017年に事実上後日談となる13巻『オオカミさんとハッピーエンドのあとのおはなし』が刊行された。

*3:沖田雅オオカミさんと七人の仲間たち』、電撃文庫、2006年8月、p277

*4:毎日新聞デジタル「編集部に質問状 : 「オオカミさんと」シリーズ 世直し?熱血人情ラブコメディー」(https://web.archive.org/web/20100413185853/https://mantan-web.jp/2010/04/09/20100409mog00m200041000c.html) 、2010年4月、2024年8月1日閲覧(Wayback Machineより)

*5:鈴木俊幸『江戸の本づくし: 黄表紙で読む江戸の出版事情』、平凡社新書、2011年1月、p90

ライトノベルの歴史における遡及範囲の検討と、ゼロ年代ライトノベルの定義についての持論

 

はてなブログ用の前書き (必読)

Fラン大学の卒論として書いた内容だし、僕自身も全く学がないのである程度知見のある人が読んでも全く意味ないです。それでもわざわざ公開しているのは、もしかしたらお偉いさんに叩いてもらえるかもしれないという願望なので、慈善事業をしてくれる方を募集します。

 当記事はインターネットに公開しない形で某所に納めたものを、よりインターネット向きにしてここに公開しようというものである。そういった事情により、ライトノベル及びその周辺について予備知識のあるユーザーだけでなく、ライトノベルの概念について知りたいというユーザーに向けても書いており、前者の人間にとっては既知の要素が多い点についてはご了承頂きたい。

 また自分の性質上、ブログのように散逸した文章や稚拙なロジック、或いは既出のことをさも当然のように語っている箇所が散見される点においては(特に「ライトノベルの歴史における遡及範囲」においてはパラダイムを綿密に追い切れていないことが火を見るより明らかである)、是非有識者の方から論を仰ぎたい所存である。何故なら僕は、ライトノベルについて研究している界隈がどのようなものであるか全く以て知らないからだ(と、予防線を張っておく)。

 35,000文字ほどとやや長めのため、読むのは見出しを見て興味ある部分のみでも構わない。加えて当記事のレーゾンデートルについては「はじめに」を参照されたい。加えて元々縦書きだったものを横書きのフォーマットに修正しているため、随所に読みづらい部分があるかもしれないがご容赦頂きたい。

 概ね以上を承知の上、読んで頂けると幸いである。

 

はじめに

 ライトノベルは玉虫色の文学である。「ライトノベル」という言葉が生まれて約35年、これまでに多くの作品が生まれ、読まれ、アニメや漫画などといった多角的観点からのメディアミックスを享受し、現在の日本におけるカルチャーを形作る重要な土台を築いてきた。しかし、「ライトノベル」というジャンルは常に一定の方向を向き続けてきたわけではない。時代によって姿形を変えながらも、常に読者・消費者のニーズに沿うようにしてそこに在り続けてきたのである。

 そんなライトノベルは、その性質からあくまでキッチュで裏街道を往くものとして扱われてきたからか、文壇において話題に上ることは少ない。よって、研究の俎上に載ることもまた少ない。このニッチこそが、私が今回ライトノベルというコンテンツの整理ないし持論展開を選ぶに至った理由である。その中でも、ライトノベルが急速に発達し、独自文化が表象化してきた2000年代――いわゆる〝ゼロ年代〟(この定義は人によりさまざまだが以降では便宜的に2000年代をそう呼ぶ)に兼ねてより興味を抱いていた。

 最早趣味を持つことが憚られることもなく、「オタク」がサブカルチャーどころかハイカルチャーにすら接触しつつある現在、カウンターカルチャーの気質を強く持っていたゼロ年代のオタクカルチャーないしそのような内容を含むライトノベルは、一種のノスタルジーとして消化されることも増えている。近年若者を中心として「平成レトロ」などという言葉が生まれたことからもその状態が窺い知れるだろう。そのような状況を見て、今一度ゼロ年代に隆盛を誇ったライトノベルの多元性を辿り、定義してみたいと考えたのである。

 「ライトノベルの定義」というのは実は文学界隈――とりわけライトノベルを含めた児童小説を取り扱う界隈ではよく取り沙汰される話題なのだが、これは間違いなく難題である。先述のように玉虫色の性質を持つライトノベルという媒体を一元的に扱うことなどほぼ確実に不可能であり、どこを始点にするかによって解釈が分かれることは論を俟たないからだ。よって、本記事の結論もあくまで一つの提案に過ぎない。当然最終目的である「ゼロ年代ライトノベルの定義」というのも重要な課題となってくるが、最も重要なのは少ない先行研究を踏まえた上で一石を投じることによる「ライトノベルの定義」論、ひいてはライトノベル市場の活性化である。

 書籍産業が斜陽になりつつある現代、ライトノベルは中高生を切り捨て、大人の現実逃避の手段としての方向に舵を切りつつある。無論これもマーケティング戦略としては適切なのかもしれないが、元来少年少女向けの読みもののはずの媒体がこのような形で流通していくのは少々寂しくも感じる。よって本記事がライトノベルの活性化に僅かでも寄与でき、加えてゼロ年代ライトノベルが見直されることになれば、執筆者冥利に尽きるというものである。

 

概要

背景

 ライトノベルは、娯楽小説としてゼロ年代以降爆発的に隆盛を誇り、今なおストーリーの型やプラットフォームを変えつつも偏在している。とりわけアニメやマンガを始めとしたメディアミックスを以てサブカルチャーに深く根ざしたことにより、オタクという人種が一般に膾炙されるきっかけのひとつともなった。そして現代では書店に大々的にコーナーが設けられるなど、確実に小説の一ジャンルとして鎮座している。その波は誰もがインターネットを使うようになった現代でもとめどなく、電子書籍の普及と並行して「ネット小説」が製本化され、ライトノベルとなるのを目にすることも多くなった。

 もちろん、既存の文学ジャンルと比べると積もるものは少ないが、ライトノベルはその特異な存在から21世紀初頭、即ちゼロ年代より研究対象にもなり始めている。中でもサブカルチャー研究の権威である東浩紀*1は、大塚英二*2の論を引き継ぎ、ポストモダニズムを根底に敷いたライトノベルの構造化でも注目を集めた。曰く、「アニメがオタク的想像力の中心を占める時代は終わり、ライトノベルとゲームの交差点にある新しいタイプの小説がその位置を占めることになるのではないか」*3とのことである。この言説が現在でも正しいかどうかはさておき、ライトノベルの隆盛が少なからず今日のオタクカルチャーにおけるターニングポイントをもたらしたことは是認できる。

 そんな一大ムーヴメントを起こしたライトノベルではあるが、その定義というものは未だ定式化されたものがない。ここではその理由を三つに渡り紹介していく。なおこの三つが理由のすべてではないことに留意されたい。

 

ライトノベルが未だ未定義な3つの理由

1.先行研究の少なさと、そこに見る未定義の許容

 改めて、本記事の核となる「ライトノベルとは何か」を述べるには困難を有する。それは冒頭で述べたように先行研究が少なく、未だ定義が決まった枠組みにないからなのだが、ここではまずその要因を時系列順で述べる。これらはすべて繋がった関係にあろう。

 第一に、小説という決められた答えのない媒体が生み出すニュアンスの不確かさである。これは何もライトノベルに限った話ではなく、文学全般に言えることだ。こうした文学の不透明性を受容する流れは近世から行われており、代表的なものにはイギリスの詩人ジョン・キーツ*4が提唱したネガティブ・ケイパビリティがある。キーツは、1871年に弟に向けた手紙の中で次のような文章をしたためた。

 

ディルクとさまざまな問題について論争ではなく考え合いをした。いくつかのことがぼくの心の中でぴったりと適合しあい、すぐに次のことが思い浮んだ。それは特に文学において偉大な仕事を達成する人間を形成している特質、シェイクスピアがあれほど厖大に所有していた特質、それが何であるかということだ――ぼくは「消極的能力(ネガティヴ・ケイパビリティ)」のことを言ってるのだが、つまり人が不確実さとか不可解さとか疑惑の中にあっても、事実や理由を求めていらいらすることが少しもなくていられる状態のことだ――*5

 

 日本語で「消極的能力」と訳される通り、不確実で答えのないものを受容しうる能力こそがネガティブ・ケイパビリティである。この考え方は現代にも通じるだろうが、当時でも文学の枠を超えて哲学に影響を与え、とりわけプラグマティズムの発端を担ったという言説でジョン・デューイ*6が引用している*7。この哲学における「受容の概念」がライトノベルの先祖となる英国を中心とする海外児童文学の特徴に影響を与えたと考えているのだが、これについては第四章で後述する。

 

2.SFもまた未定義である

 ネガティブ・ケイパビリティのような、文学におけるニュアンスの不確かさの煽りを特に受けたと思われるのがSFである。近代SFの嚆矢としては、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』、H・G・ウェルズの『月世界旅行』などが挙げられ、1920年頃にはヒューゴー・ガーンズバック*8がSF雑誌の中で「サイエンス・フィクション」を定義している*9。しかしその後も実験的な思想を多く含むニュー・ウェーブ運動の支持者からは「スペキュレーティブ・フィクション」と呼ばれたり、或いは社会に進出した高尚なSFとB級のSFを区別するために「サイ・ファイ(Sci-Fi)」と呼ばれたりするなど、同じ略称にも関わらず微妙に定義が異なるという具合である。

 また日本でも漫画家藤子・F・不二雄が自らの作品群を半ば諧謔的に「すこし・ふしぎ」(略してSF)と呼称しており、その間口の広さゆえ盤根錯節と化しているためか、専門家の間でもSFの厳密な定義はほぼ不可能に近いという有様だ*10。このことはデーモン・ナイト*11が「そのとき、そう呼ばれたもの」*12とSFを評している状況からも窺い知れるだろう。

 ライトノベルもこれと全く同様で、他ジャンルとの明確な境界線がないため専門家の間でも齟齬が生じているのが現状なのだが、それも理の当然と言える。「ライトノベル」という言葉は一部SFを取り扱うコミュニティの渦中で生まれたからだ。インターネット黎明期の1990年代、SFについて話し合うためのフォーラムがニフティサーブ*13に存在していた。当然、そこでは専らSFやファンタジーが主体となって討議が交わされていたが、その中にはソノラマ*14・コバルト*15・角川スニーカー*16・富士見ファンタジア*17といった各文庫の「若い人向けの小説」も内包されていた。つまるところこのフォーラムで扱われた小説群はジュヴナイル*18ヤングアダルト*19に近い存在のものなのだが、ジュヴナイルはどちらかといえば原義の児童小説に寄った教訓の享受を条件とする堅苦しい作品を想起させること、ヤングアダルトは「アダルト」という語感の受けが悪いことから、読者からは忌避される傾向にあった。

 やがてこれらの「若い人向けの小説」と、従来のSFやファンタジーを並列に扱うのは混乱を招きかねないということになり、それぞれでフォーラムが分割されることとなる。そこで「若い人向けの小説」を総括した呼び方を決めることとなり、1990年前後に当時フォーラムのシステムオペレーターを務めていた神北恵太*20が「ライトノベル」という呼び方を考案した*21。即ち、初めて「ライトノベル」と呼ばれた作品群は前述の文庫のものであったのだ。

 では、ライトノベルとはソノラマ・コバルト・角川スニーカー・富士見ファンタジアから刊行された「若い人向けの小説」、それもSFやファンタジーに限定したジャンルのものということになるのだろうか? 否、そのようなはずがない。電撃文庫*22を筆頭に、当時は存在しなかったライトノベルの発刊を謳っているレーベルが大量にあるにも関わらず、それらが当てはまらないことになってしまうからだ。

 このように、ライトノベルとはアプリオリではなくアポステリオリの概念であり、時代と共に意味合いが流転する。これがライトノベルの定義を曖昧なままにしている最大の要因である。杉井光*23の言葉を借りるなら、確固たる「ライトノベルイデア」なんてどこにもないのだ*24。そして現在ではネット小説が主たるライトノベルの範囲を占め、ゼロ年代ライトノベルと呼ばれていた小説群をどう取り扱うかは2020年代の現在では一層難しくなっている。時代によって姿を変えるフレキシブルな点こそライトノベルの特徴であり、裏を返せば定義のしにくさにも結びつく。こうした受容の大きさが生むライトノベルの境界線の不透明化は枚挙に暇がない。その最大の要因とも言えるのが、ライトノベル作家の一般文芸への進出である。

 

3.越境するライトノベル

ここでは、ライトノベルでデビュー、或いはライトノベルで躍進を遂げたのちに一般小説に転向した作家や、ライトノベルに近しい一般小説を書く作家たちを「越境」と例え、持論の根拠となるサンプルとしていくつか紹介していく。

 1997年に第4回電撃ゲーム小説大賞にて『猫目狩り』で金賞を受賞してデビューした橋本紡は、2003年に電撃文庫から刊行した『半分の月がのぼる空』がヒットした。当作はまだファンタジー色の強かった電撃文庫のラインナップの中で日常の恋愛模様を切り取った珍しい作品であったが、漫画・アニメ・ドラマ・ドラマCD・ドラマ・実写映画と五部門でメディアミックス化されるなど、ライトノベルの受容の大きさを証明。その後電撃文庫のお膝元であるメディアワークスで刊行した『猫泥棒と木曜日のキッチン』で一般文芸デビューを果たす。さらに作風そのままに『流れ星が消えないうちに』『いつかのきみへ、いつかのぼくへ 橋をめぐる』などをハードカバーで発表、中高の入試問題としても採用されるなど完全に一般向けの文学として定着した節がある。

 また、2004年に『塩の街』で第10回電撃ゲーム小説大賞を受賞してデビューした有川浩(現・有川ひろ)は、続編となる『空の中』を一転してハードカバーで刊行するという異例の動きを見せた。これには当時の担当編集・徳田直巳の意向が反映されており、当初の応募原稿を読んだ際、その作風がSFとして幅広い年齢層にアプローチをかけられると判断したという背景がある*25。その後有川はシリーズ3作目となる『海の底』を刊行すると、先述の2作品を含めた「自衛隊三部作」を完結させ、同レーベルで『図書館戦争』を発表した。同作は公序良俗の違反行為が厳罰化された世界を描くディストピアの様相を呈しながらも、主人公・笠原郁とその教官である堂上篤の恋模様を並行して描き、SF、ミリタリー、ラブコメディをミックスさせた作風が普段ライトノベルを読まない層にも大きくヒット。この有川浩の成功が電撃文庫から展開されている単行本ブランド展開のきっかけとなり、後に入間人間川上稔壁井ユカコなど同レーベルでライトノベルを主戦場としていた作者もここに新刊を発表するなど広がりを見せた。

 

図 1 『GOSICK』に見るライトノベルの越境
左:桜庭一樹GOSICK -ゴシック-』、富士見ミステリー文庫、2003年12月
右:同上、角川文庫、2009年9月

 電撃文庫以外にも、1999年に『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーティアン』でデビューした桜庭一樹は、以前から山田桜丸名義でゲームのシナリオライターとして活動していたが、2003年に富士見ミステリー文庫から刊行した『GOSICK -ゴシック-』が、ボーイ・ミーツ・ガール、ラブロマンスのエッセンスに時代小説やミステリをミックスさせた内容で注目を浴びる。当作は初期では表紙や挿画に武田日向を起用し、いかにもライトノベルというテイストであった。しかし2009年3月に富士見ミステリー文庫が廃されると、角川文庫から発売された新装版では従来の武田のイラストを廃し挿画もなくなるなど、一般文芸の方針に転換した(図1)。さらに『推定少女』『少女には向かない職業』では「地方都市シリーズ*26とも呼ばれた少女の葛藤を描く作風を確立させ、その真骨頂となった『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』では、鳥取県境港市を舞台に山田なぎさと海野藻屑*27の少女同士の歪な交流を描きつつ、バックグラウンドにある虐待を始めとしたバイオレンスなテイストを根底に置きながら物語が進む。こちらも『GOSICK -ゴシック-』と同様に当初は「萌え」要素の強い表紙、挿画が付されるなどライトノベルの風体であり、また単発作品ながら2006年の「このライトノベルがすごい!」では3位に入るなど高い評価を受けていた。それと同時に当作は桜庭が一般文芸の文壇に登るきっかけとなった作品でもあり、2007年にはイラストを廃した上で富士見書房から単行本が、2009年には角川文庫に収録されるなど、ライトノベルとしては異例の歩みを見せた。これを機に完全に一般向け小説に転向した桜庭は、2006年に『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞、2008年には『私の男』直木賞を受賞するなど、現在では一線級の作家として活躍している。

 他にもラノベレーベルである角川スニーカー文庫から刊行された『氷菓』(2001)を始めとする『〈古典部〉シリーズ』でデビューした米澤穂信は、スニーカー文庫のミステリ展開が頓挫したことにより一時停滞を余儀なくされるも、笠井潔*28の推薦*29によりシリーズ完結作となるはずであった『さよなら妖精』を単発作品として東京創元社から刊行。その後角川にて改めてシリーズ3作目となった『クドリャフカの順番』を刊行するなど一般文芸の路線に乗り、2014年の『満願』、2015年の『王とサーカス』はミステリのランキングを席巻するなど、デビュー当初からのコージー・ミステリのスタイルを崩さないまま大きく脚光を浴びる。そして2021年に刊行した『黒牢城』ではこちらも直木賞を受賞するなど、現在は日本を代表するミステリ作家となっている。

 また『氷菓』は2012年に京都アニメーションの手によってアニメ化されたことにより大きく脚光を浴びたが、同作は2001年頃に角川に応募する以前に、米澤の個人サイト「汎夢殿」で発表されたものである。サイトでいくつか掲載していたものの中から最も読者から評判の良かったものが『氷菓』であり、そうした側面から見れば現在のものとは雰囲気を異にするが、ネット小説がライトノベルとして製本化された走りとも言えるだろう*30

 加えて、宇山日出臣*31の影響を受けた太田克史*32のプロデュースにより誕生した講談社ノベルスの作家たち(京極夏彦清涼院流水上遠野浩平舞城王太郎佐藤友哉西尾維新奈須きのこ竜騎士07など)もメディアミックスを含めた越境に多大な影響を与えた。平たく言えば講談社ノベルスライトノベルの読者層がよく読む一般小説と言え、その性質からライトノベルと同一視されることもままある。その作家ひとつをとっても語ることは尽きないが、ここではあくまで一例を紹介したいだけなので抽象的な説明に留め、詳しいことは割愛する。

 このように、「ライトノベル作家の一般文芸進出」という一例をとっても類似の例が数多く存在する。ライトノベルというジャンルの枠組みが曖昧であり、最早小説そのものだけでなく、多角的な観点からもアプローチをかけなければならない必要性がお分かり頂けただろうか。つまるところライトノベルを定義するには、その読者層や周囲を取り巻く環境を理解する必要もあるのだ。

 

アプローチ

 上記に示す通りライトノベルの定義は錯綜している。しかし、ライトノベルが文壇に登場してから早四半世紀が経過した現在、未だ決まった定義がないというのは些か寂しいものではないか。よってここでは、ライトノベルの源流となるSFやヤングアダルト文学・児童文学の歴史を辿り、込み入った線を手繰って一本に繋げることによって定義付けを行う。その上で、今一度メディアミックスやセンテンスを含めた多角的観点からライトノベルを体系化していく。以上を命題とする。

 定義に関しては近しい存在である児童文学と比較しながらある程度の集合に配置していくに留め、「分別」にまで漕ぎつけることが本稿の目標である。「分別」という言い方を用いているのは、「分類」とまで達するは非常に困難を要するからで、即ち厳密な定義は現状不可能に近いと考えているからである。ここに加えて先行研究を参照しつつ、とりわけ研究の中枢となるゼロ年代におけるライトノベルの在り方、潜在するイデオロギーを歴史的な観点から明らかにしていく。

 なお、ここで述べるのはあくまでゼロ年代までの流れであり、「ライトノベル」という言葉が大きく広がる前の2000年以前、ないし2010年代後半以降のインターネット発のライトノベルとは一線を画する。よってここで述べる「ライトノベルの定義」とは、あくまで「ゼロ年代」を表す2000年―2010年頃までである。今回はこの範囲に絞っているが、最終的には「年代ごとのライトノベルの定義」を明らかにしたい所存でもあり、その足場の一環とするのが本記事の狙いである。

 

先行研究

東浩紀が与えた「消費」の概念

 当項目で先行研究を紹介するにあたって、外すことができないのは東浩紀の『動物化するポストモダン』(2001)であろう。当著作はライトノベルのみならず、オタクを中心としたポストモダンにおける消費の在り方を哲学・社会学的に分析したものであり、現在に至るまでサブカルチャー評論の指針として広く用いられている。オタクカルチャーについて研究している論文はゼロ年代以降急速に増えたが、そのほとんどは私の知る限り東ないし東が師事した大塚英二の先行研究の参照が含まれており、影響は絶大である。よってここでは大塚の主張にも触れつつ、東の主張を根幹として紹介していきたい。

動物化」とは何か

 始めに、作品タイトルにある「動物化」という東の造語を*33、高橋幸*34が初歩的な心理学の観点からまとめていたので*35、私なりの補足やパラフレーズを用いて補いつつ説明していく。

 図2に示したのは著名なマズローの欲求階層説を表す際に使われるピラミッドである。人間に生じる欲求を五段階に分けたものだが、特に注目してほしいのは右側の成長欲求と欠乏欲求の部分だ。四段目以下の欠乏欲求に該当するものは、基本的な三大欲求や所属・承認欲求といった、満たせば消えてしまうものである。他方で、それらを満たした上で顕現する自己実現の欲求は成長欲求と呼ばれる。これは現在地をよしとせず、自らの夢や目標に向かって創造的な活動をしていきたいというものであり、言い換えれば「自分らしく生きたい」ということでもある。これらは下層の四段と比べて満たすのが困難であり、新たに望む対象が得られればさらに欲求が増大するし、他者の介入なしには考えられない。よって自己実現の欲求は人間特有のものであり、ここへ向けて絶えず成長していくというのがマズローの考え方である。また『動物化するポストモダン』の中で東は欠乏欲求を「欲求」、成長欲求を「欲望」と例えており*36、動物の欲求は他者なしに満たされるが、人間の欲望は通常そうではないと述べる。

図 2 マズローの欲求階層説 (『心理学』、有斐閣、2013年、p194)

 しかし、東はポストモダンの消費の在り方にはこの成長欲求がなく、欠乏欲求のみしか存在しないと指摘する。よって「動物化」とは、欠乏欲求のように他者を介さない欲求しかないため主体性がなく、東の言葉を借りれば「各人がそれぞれ欠乏―満足の回路を閉じてしまう状態」のことである。その主たる存在として使われていたのが、「オタクから見た日本社会」というサブタイトルが示す通り、消費行動を頻繁に行っていたオタクだった。

 

「データベース消費」が示すサブカルチャーの変遷

 ここでもう一つ、東が導入した「データベース消費」の概念を説明しなければならない。

 この概念は東より以前にポストモダンサブカルチャーに触れていた大塚英志が提唱した物語消費(世界観消費とも)が背景にある。大塚は「ビックリマンシール」「シルバニアファミリー」『機動戦士ガンダム』といった商品・作品群を例にとり、そのものが消費されるだけでなく、それらの背景にある物語=世界観を消費しているという言説を展開した*37。例えば、「ビックリマンシール」や「シルバニアファミリー」であればシールないし人形を複数集めることによって、単体の断片的な情報からストーリーを見出すことができる。また『ガンダム』であればアムロ・レイシャア・アズナブルなど主人公格を中心としたストーリーが表層には描かれるが、その根底には制作側が設定した舞台の細やかな時代考証であったり、ガンダムの機体の設定であったり、所謂マクガフィンを含む世界観のパーツがあちこちに散りばめられている。そしてこういったものをまとめた設定資料集はファン層に多大な需要がある。

 こうした背景にある世界観を想像するという通念は、しばしばジャン=フランソワ・リオタール*38の提唱した言葉を用いて「大きな物語」と呼ばれる。他方で、先述の例えに用いた「シール1枚」「アニメ1話」のような断片的な情報は「小さな物語」である。

 そしてこの理論を引き継いだ東は、大塚が物語消費を著した世代に比べ「大きな物語」の〝共有化圧力〟が薄れてきていると主張した*39。これはリオタールの主張する「ポストモダンにおける大きな物語の終焉」とも合致している*40。そのような状況の中で「小さな物語」が林立していくうちに、オタクが目をつけたのがキャラクターというコンテンツであった。

 これら「大きな物語」と「小さな物語」を比較する好例として『動物化するポストモダン』の中で挙げられているのが、『機動戦士ガンダム』と『新世紀エヴァンゲリオン』である。『ガンダム』シリーズが断片を繋ぎ合わせた時の背景にある世界観を重視しているのは先述の通りだが、『エヴァンゲリオン』にはそれがない。作中に登場するロボットのフィギュアを作ったり、主人公の設定に自己投影をしたり、ヒロインのグラビアイラストを鑑賞したりするなど、設定の断片的な部分のみを取り入れて消費しており、コミックマーケットへの出品を始めとしてキャラクターに焦点を置いた二次創作も盛んに行われた。こうした「キャラクター主義」は『ガンダム』の時代にはなかったものであった。また前島賢(大樹連司)*41曰く、『エヴァンゲリオン』には「人類補完計画」など意味深長な用語が登場しながら最後までその全容が明かされることがなかったため、視聴者側が物語消費の方針を転換せざるを得なかったという*42。これに付け加えるのであれば、シリーズにおける作品の多くが世界観を共有している『ガンダム』に対して、テレビ版と五度に渡って公開された劇場版*43、そして漫画版とでは全くのパラレルワールドとなっている『エヴァンゲリオン』という点でもその違いを見ることができるだろう。こうして視聴者ごとに多義的な解釈が可能であることから、それぞれのシリーズは「アニメ1話」と同等の意義を持つ小さな物語とも解釈できるが、これらの背後にあるものを東は「大きな物語」と呼んだ。つまり『エヴァンゲリオン』は『ガンダム』のように世界観を共有するための消費対象ではなく、初めから情報(=非物語)を必要とされていたコンテンツだったのである。

 このような視聴者層の需要の変容を見て、『エヴァンゲリオン』の制作会社であるガイナックスも登場人物を使った麻雀ゲームや、キャラクターが描かれたテレフォンカードなど、二次創作を模したグッズを制作して世相に迎合したことに東は着目している。そしてこのガイナックスのメディア展開のようなシミュラークル(後述)を生成する過程の背後にあるのが、従来の大きな物語ではなくデータベースである。このデータベースというのは、いわば作品を構成する「要素」の一つ一つを収納し、それらを自由に組み合わせられるように設けられた集積回路のようなものであり、その組み合わせは千差万別で無限大だ。そして、ポストモダンにおけるオタクはそれを総体的なものとして消費していると述べているのである。

 

シミュラークル」により坩堝と化すサブカルチャー

 先に述べたシミュラークルとはジャン・ボードリヤール*44が提唱した概念で、「ディズニーランドは《実在する》アメリカすべてが、ディズニーランドなんだということを隠すために、そこにあるのだ」*45という言葉でよく引き合いに出される。現代では多くの人間が記号化されたコンテンツを消費しているように、ポストモダン社会においてオリジナルと模倣品の区別がつかなくなり、実在と虚構の線引きが曖昧になるのがシミュラークルである。このシミュラークルが具体的にオタクカルチャーとどう関わってくるかについては、『動物化するポストモダン』において参照されている図3が参考になる。上部に書かれた従来の「大きな物語」に比べて、データベース消費の発達した「大きな非物語」では、先述したように多くの要素が蓄積されたデータベースの中から、各々が自由に作品のパーツを取り出していく。そして、これらのパーツを集めて数多の解釈や二次創作を作っていくことから、これらの動向はフォークソノミーの形態に近いものだと考えられる。こうして原典がどこか分からなくなってしまう現象こそがシミュラークルなのだ。

 こうしたルーツが知れない曖昧さというのは一章で述べたようにライトノベルの周辺に跋扈 している。これはゼロ年代ではなくここ数年の話になってしまうが、例えば「なろう系」を中心とした異世界を舞台とするライトノベルでありがちな舞台に、「家屋が立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の城郭都市をイメージした街」というものがある。あまりにもお約束とばかりに似たような例が散見されるため「ナーロッパ」と揶揄されることもあるが、そのルーツに確固たる元ネタはなく*46、実際の歴史を無視して読者が持ちうる中世ヨーロッパのステレオタイプという概念で消費されている。こうした主たる背景を持たない記号や概念の消費はデータベース消費の典型例とも言えるだろう。

図 3 「大きな非物語」の特徴
東浩紀動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』、講談社現代新書、2001年11月、79ページ

 

デ・ジ・キャラット』に見る「萌え要素」の消費

 これに加えて、『エヴァンゲリオン』が主なきっかけで生じたキャラクター主義を最も端的に表す一例が「萌え要素」である。背景にある世界観への意識が薄れたオタクが代わりに獲得したのが、萌え要素を構成するためのデータベースであった。先に述べたように大きな物語にとって代わって背景に存在するようになったのがこのデータベースなのだが、その内訳は「メイド服」や「ネコミミ」といった視覚的に影響を及ぼすものや、一定の口癖や言葉遣いといったシニフィアンからシニフィエの関係を決定づける言語体系のように、キャラクターのパーツになりうるものである。このようにして消費された萌え要素が絶大な影響を及ぼす中、最早コンテンツの入り口はアニメや漫画の原作ではなく、特定のキャラクターであるということも珍しくなくなった。

 『動物化するポストモダン』を始め、その典型例としてよく取り上げられるのが『デ・ジ・キャラット』というコンテンツだ。元来はメディアミックス展開などを手掛ける株式会社ブロッコリーが生み出したマスコットキャラである。図4に示したのは通称「でじこ」と呼ばれる当作品の中核を担うキャラクターだが、ネコミミを模した帽子にしっぽが生え、メイド服に鈴をつけた出で立ちといういかにも「アキバ系」な見た目で、おまけに語尾は「にょ」と、これでもかというくらいスタンダードな萌え要素が詰め込まれている。何もこれは消費者への性的嗜好を狙いとして誂えたデザインではなく、これまでオタクが培ってきた「萌え」に訴求する事柄の集合体であり、象徴としてのものだ。こうしたデータベース消費に追従した取り組みは今や公共の場にも波及しており、近年では自治体や団体などが若者やオタク層に関心を向けてもらう手段としてキャラクターを用いてPRをするケースが散見されるが、これも似たようなものを利用していると言えるだろう。

図 4 『デ・ジ・キャラット』 より、主人公のでじこ

 また『デ・ジ・キャラット』の功績は他にも、当時既に巻き起こっていたメディアミックスの台頭を大きく可視化したことがある。原作があったものがコミカライズされ、アニメ化され、グッズになり、二次創作に進出する……という一連の流れは今回の主要な研究対象であるライトノベル主翼――いわゆる「メディアミックス」――を担っているが、『デ・ジ・キャラット』はその最たる例と言っていい。何故ならば先述した通り企業のキャラクターでしかなかったものが、2000年のノベライズ及びアニメ化の流れを中心としてコンテンツを形成したからである。これらの過程で特筆すべきなのが、でじこの身一つから後は半匿名的に発展したものであり、それぞれのキャラクターにはデータベース消費を象徴するように背景がないことだ。つまるところでじこを始めとした当作品のキャラは萌え要素を構成するパーツの集合体でしかなく、そこに物語特有の考察の余地を挟まないのである。

 

児童文学とライトノベル

ライトノベルの起源はどこまで遡れるのか?

 2020年代の現在、ソーシャルゲームのようにキャラクターを前提に置いたデータベース消費のシステムは、スクラップ・アンド・ビルドとばかりに以前にも増して加速度的に増えている。よって流行の基盤が移り変わりながらも、データベース消費理論が正鵠を射ていたのは間違いないものと思われ、またメディアミックス展開が示すようにライトノベルは常にこの渦中にあったことが容易に推察できるだろう。

 では、そもそものライトノベルの歴史とはどのようなものであったのだろうか。これについては1970年代の「ソノラマ文庫の創刊を前後としたもの」に端を発するとすればライトノベルの関連書籍にいくつかまとまっているものがあるため*47、ここでは『ライトノベルの新潮流』より図を転載する(図5)。

図 5 1970年~2000年頃までのライトノベルの系譜
石井ぜんじ、太田祥暉、松浦恵介『ライトノベルの新潮流』 スタンダーズ、2021年、002ページ

 しかしながら私はライトノベルの定義という難題に直面するにあたり、これらのいずれも起点にするのは不十分だと捉える。既にソノラマ文庫以降の流れが図5のように明文化されているにも関わらず、未だライトノベルの定義が定式化せず、議論が平行線の一途を辿っているからだ。よってここからさらに文学としての流れを遡行し、果ては海外にも目を向けた上で、近しい存在の文学と比較することが必要ではないだろうか。つまり「ソノラマ文庫の創刊を前後としたもの」では遡及が足りないため、先行研究がまだ及んでいない範囲を調査し、まずは「ライトノベルの前身」から歴史を見直さなければならないと考えたのである。その根拠となるのが、「ライトノベルは児童文学から生まれた」という事実だ。

 まず先述の通り、最初のライトノベル群に当たるものとしてよく言われるのは1975年のソノラマ文庫の創刊だ*48。そのローンチタイトルになったのは石津嵐の手による『宇宙戦艦ヤマト』であり、当初から二次的なメディアミックスを先駆的に行っていたことが伺える。その後も高千穂遥(『クラッシャージョウ』『ダーティペア』)、菊地秀行(『魔界都市〈新宿〉』『吸血鬼ハンター〝D〟』)、笹本祐一(『妖精作戦』『ARIEL』)などの作家を輩出し、多くがメディアミックス化されるなどしてライトノベルは産声を上げた。

 だがそれ以前の「ライトノベルの前身」について語られているのを私は寡聞にして知らない。強いて言うのであれば1960年代を中心に刊行された筒井康隆の『時をかける少女』、眉村卓の『なぞの転校生』などジュヴナイルとSFをミックスさせたライトノベルの作風に近い作品が触れられるのみである*49

 では何故これ以上遡ることが殆どないのだろうか? これに関してはライトノベルの持つ特徴であるメディアミックスを行う環境がまだ不十分であったため、定義を満たしていないと考えている研究者が多いからではないかと思う。ライトノベルとメディアミックスの親和性については第二章―3でも述べてきた通り外せないものであり、ゼロ年代に留まらず全ての時代のライトノベルで行われてきた。小説という一つの作品から複数の媒体で多くの派生作品が生まれていくという「多重平行世界化」*50はそれを象徴づけるものでもあり、ゼロ年代にもなるとメディアミックスを前提として展開されるライトノベルも増えたため、消費者への影響は絶大であると言える。つまりこの前提により、ソノラマ文庫以前には遡る必要性がないと判断されている、ということである。

 日本史上初となる30分枠のアニメとなった『鉄腕アトム』の放映が1963年であることが示す通り、ソノラマ文庫以前の時代ではまだメディアミックスにこぎつけるためのアニメやマンガの体制も整っておらず、また娯楽小説を軸に据えた「レーベル」という概念もほぼ存在しない。これらの事柄から、ライトノベルはまだ存在しないと見做されているのではないだろうか。

 だが、それはあくまで原作を離れた後の話だ。二章で述べてきた東浩紀のメディアミックス論とそれにかかるデータベース消費論は、確かにポストモダニズムという観点から見れば肯うことが多いのは理解できる。だが、これをベースにした場合「ライトノベル」の文学としての系譜を見落としてはしまわないだろうか。実際のところこうした主張が広く知られたためか、塚田修一*51ライトノベルを研究する際に「大塚英二東浩紀といった批評家たちの言説に引っ張られて行ってしまう感覚、、、、、、、、、、、、、、」を抱いていると述べている*52。さらにここで塚田は、東を始めとした研究者たちは「現実リアル」に憑かれてしまっているのだと主張し、その根拠として東と大塚の対談を収録した本のタイトルが『リアルのゆくえ』であることや、東が『ゲーム的リアリズムの誕生*53の中でライトノベルに見出した持論を、2008年に起こった秋葉原通り魔事件という「リアル」の事件に結び付けていることを挙げている*54

 かようにして東ら先人の手によるメタ的視点からのライトノベルの解剖により、知らず知らずのうちに〝ライトノベル学〟は「現実リアル」と相即不離の関係になっていったと言えるだろう。だが、ここに一つの疑問が生じる。それは「ライトノベルは寧ろ『現実リアル』から離れたい人間が読むものでないか」ということだ。

 この事象に関しては、一般の娯楽文学に共通する要素であり、読者も何となく同意できるものではないだろうか。例えばミステリや、ラブロマンス、ファンタジーといった小説のジャンルはそれぞれで雰囲気を異にするが、独自の世界観を形成するという点では共通している。ミステリであれば通常は起こりえないトリックで人を殺めたり、ラブロマンスであれば激動の逃避行を繰り広げたり、ファンタジーともなるともっと分かりやすく杖を振れば魔法が使えたり……これらの行為は、どれもリアルからかけ離れて我々を世界観にのめりこませるための根幹であるはずである。そしてライトノベルともなればこれらジャンル小説の全てを内包しているのだから、ある意味「現実逃避文学」の究極とも言える。

 

ライトノベルの「現実逃避」に至る物的証拠

 しかし、これだけでは十分な証拠とは言えない。ここで述べたのはあくまで多くの読者の中になんとなしに内在する共通認識でしかなく、確固たる言語化に至る「物的証拠」が足りないのだ。そこで説の補強としてここに挙げたいライトノベルが、滝本竜彦の『NHKにようこそ!』である。『NHKにようこそ!』は2001年にウェブサイト「Boiled Eggs Online」*55に連載されたのが最初だが、角川書店より単行本化後は2004年にはコミカライズ、2006年にはアニメ化と順調にメディアミックスを辿っていることからライトノベルと言って差し支えない。

 その話の筋はといえば、ざっくり言ってしまえば大学を中退してひきこもりとなった佐藤達広の下にそれを改善させようとするヒロイン・中原岬が訪れ、デートチックなカウンセリングを受けながら社会復帰を模索するというもの。そして主人公である佐藤の設定は作者である滝本の実際の引きこもり経験から来ており、度々作中にも登場する「セックス・ドラッグ・バイオレンス」という荒んだ標語*56や、作中で「美少女ゲームを制作する」というオタクカルチャー的行為が存在するのはその象徴であり、読者層を鑑みても共感を呼んでいると言えよう。

 そして主題である「現実逃避論」の鍵となるのが、ヒロインの中原である。彼女は荒んでいてオタクでひきこもりな、どうしようもない佐藤の下へと現れた「救世主」と言える存在であり、色々とやっかみがありながらも終始彼に尽くし続ける。そんな中原の献身性から、彼女が自分の下にも来てくれたらいいのにという幻想を読者に抱かせ話題となった。事実、Googleで「中原岬」と検索すると3、4番目くらいのサジェストには「来ない」と出てくるほどだ。この検索結果こそが、僕が先に挙げた「ライトノベルは寧ろ『現実(リアル)』から離れたい人間が読むものでないか」 という疑問に対する「物的証拠」を持った回答である。読者は中原岬が来ることを妄想することによって、「『現実リアル」に憑かれるのではなく、寧ろ「『現実リアル」から解放されるのだ。

 

子供の人権意識から見る、ヤングアダルトの産声と背景

 改めて、1960年代より以前のライトノベルの前身にあたるものとはなんであろうか。これらのヒントとなるのがたびたび本記事に出てくるヤングアダルトやジュヴナイルといった語群である。これらはいわば「少年少女向けの小説」に相当するものだが、二章で紹介した神北圭太がライトノベルを造語した際のくだりが示すように、元来ライトノベルとこれらのカテゴリは同一視されていたとも判断できよう。

 そんなヤングアダルトが生まれたのは19世紀初頭だと考えられている。その鍵になってくるのが、サラ・トリマーという女性だ。産業革命さなかのイギリスを生きた彼女は黎明期の児童文学作家であり、1786年に発行した『Fabulous Histories』は120年以上に渡り印刷されて読まれ続けるなど当時を代表する児童書として長きにわたり人気を博した。また当書は児童文学において人間以外の動物が人語を話す、いわゆる擬人化の先駆けにもなったとも言われている*57。さらにテス・コスレット*58は彼女が実際に飼っていたディクシー、ピクシー、フラプシー、ロビンという四匹の鳥の名前が、後のビアトリクス・ポターの代表作『ピーター・ラビット』に登場する四匹のウサギであるピーター、モプシー、フロプシー、カトンテールの名前に驚くほど似ているという含みを持たせた主張をしており*59、このようなことから後発の児童文学作家にも与えた影響は絶大であると言えよう。また功利主義の先駆者であるウィリアム・ゴドウィン*60が『Ancient and Modern』(1805)の中でトリマーの著書である『The Ladder To Learning』(1789)の手法を模倣しており*61、同時代の著名な思想家にまで影響を及ぼしている。

 かように児童文学作家として偉大な一歩を残したトリマーは、更に1802年から4年間に渡り『The Guardian of Education』を定期刊行する。これは歴史上初となる児童文学の批評書であり、児童文学を通して教育の在り方を説く内容となっている。そして「ヤングアダルト」という言葉はこの時トリマーによって作り出された*62。その中で、彼女はこう述べている*63

 

 [テキスト] を 二つの異なるクラスに分離するよう努めるものとします。 子供向けの本と若者向けの本…[そしてこれからも]すべての若い紳士と淑女が14歳までは子供、少なくとも21歳までは若者であると仮定することで、私たちの先祖の考えを自由に採用します。 そして、人間の人生のこれらのさまざまな段階に適していると思われる本を検討してクラス分けしましょう。

 

 要するに、トリマーは若者の発達段階に当たって読むべき本を分類するべきだと主張しているのである。この考え方は現代の児童文学論にも通底する極めて建設的な主張であり、「ヤングアダルト」に該当する年齢層は文中で言うところの14歳から21歳までの範囲だと考えられる。

 こうした区分けは現代の視点から見れば当たり前かもしれないが、当時では革命的であった。何故ならば、「子供」という概念が近世の時点では未発達だったからだ。

 一般的に子供の概念が初めて提示されたのはジャン=ジャック・ルソー『エミール』(1760)だと言われている*64。それまで「小さな大人」としか見なされていなかった子供を適切に教育し導くべきであると述べたこの著書は、ジョン・ロックの『教育に関する考察』(1693)などと並びそれまでほとんど存在していなかった教育学を萌芽させるにあたり偉大な一歩をもたらした。その後19世紀に入ると1833年のイギリスにおける工場法の制定*65や、1874年のメアリ・エレン・ウィルソン事件*66など先進国の例を経て、ようやく子供という概念が定着してきたわけだが、それが世界的に目に見える形で確立したのは国連が採択した1989年の「児童の権利に関する条約」まで待つこととなる。それだけ子供という概念は世界の共通認識になるまでに長い時間を要した。

 

子供の「解放」としての児童文学

 これらを鑑みて、先述したような上から押さえつけられた構図に反旗を翻し、「解放」へと導くのが児童文学ではないかと私は考えている。その根拠として、例えばトリマー以後に生まれた児童・ヤングアダルト文学の中には、ルサンチマンに則ったような、上からの社会の抑圧を批判的な目で持って小説に落とし込むものがある。ここでは一部の例として、そのような作品をいくつか紹介していきたい。

 まず、チャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』(1837)は、そのタイトルにも関された孤児のオリバーが主人公だが、背景にはイギリスの新救貧法への批判があると言われ*67、作中では下層階級の悲惨さを浮き彫りにしている。それでも最終的にはオリバーは紳士の養子となり幸せに暮らすという、読者にとって希望を持たせる結末で幕を閉じる。

 この少年の視点から大人の社会への批判を描く作品はある種ヤングアダルトの象徴とも言え、同じく19世紀に刊行された『モンテ・クリスト伯』(1844)や『トム・ソーヤーの冒険』(1867)といった黎明期のヤングアダルト文学は、「青年が理不尽な目に遭いながらも困難に立ち向かっていく」という冒険譚としてのテンプレートが共通しており、後のファンタジー小説、そして現代のライトノベルにも繋がる構成がこの時点で確立されていると言っていいだろう。またルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865)はその世界観で従来の教訓めいたイギリス文学に一石を投じた作品として、今でもなお確固たる人気とアイデンティティを保持し、「おとぎ話」のような現実と乖離したコンテクストを子供向け文学の中にもたらした。

 さらに20世紀中盤になると、J.D.サリンジャーライ麦畑でつかまえて』(1951)が多くの話題を呼んだ。高校を退学となった主人公・ホールデンの経緯を描いた当作は、度々大人や社会への不満を綴る一方、子供を「無垢なもの」として肯定し、今でも共感を呼んだ多くの若者によって読まれている。即ち、ここまで示してきた「抑圧からの解放」をもっとも謳っている、ある種ヤングアダルト文学の集大成とも言える作品と捉えることができる。また作中ではアルコールや売春などといったアウトローな行為が度々描写されるが*68、これらも若者が現代社会へのアイロニーとして持ちうるアイテムとなり、後々に大きな影響を与えたのではないだろうか。例えば、ゼロ年代初期の代表的なライトノベルとして挙げられる*69秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏』(2001)や、橋本紡半分の月がのぼる空』(2003)には、学生にも関わらず飲酒を行ったり、少女への強姦を想起させたりする場面が散見される。

 さて、ここまでは発端となった欧米を中心にヤングアダルト文学の系譜を見てきたが、やがて20世紀半ばの日本でもその機運が巻き起こる。これらにはもちろん先に挙げた筒井康隆眉村卓といった作家たちにしてもそうだが、ここではよりライトノベルの研究対象になりやすいものとして、那須正幹*70『屋根裏の遠い旅』(1975)を挙げたい。というのも、既に井上乃武*71によって「1970年代日本児童文学に見られる『ライトノベル性』」のあるものとして研究対象になっているからだ*72。よってここでは井上の論述をサマライズしつつ私見を挟んでいく。

 まず『屋根裏の遠い旅』のあらすじについてだが、我々のいる世界線に即した「現実」の1970年代を生きる小坂省平と松木大二郎という2人の小学6年生が、「日本が太平洋戦争に勝利して未だにアジアで戦争を繰り広げている」70年代の世界線にいる自分たちと入れ替わって暮らすようになるという、いわゆるパラレルワールドを取り扱ったSF小説である。その中で主人公たちは中身こそ似ているが名前が違う同級生たちと交流するといった描写が見られ、こうしたパラレルワールドを取り入れたラノベチックな部分を、作者の主張する反戦主義で内包しており、井上は「エンターテインメント性と社会性を鮮やかに結合した」と評している。

 しかしそれだけでなく井上は当作を「『戦後児童文学』の教条性を越えるもの」――即ちこの文脈で言えば児童文学が読者に教訓をもたらすという「お約束」のその先に行くものとでも解釈すればいいのだろうか――だとも述べており、その典拠として同じく「現実」の1970年代からやってきた正木教授という人物の存在を挙げている。彼はパラレルワールドの研究を行っており、主人公2人を導く役割を担う。ところが、彼は途中でこの役割を放棄して反戦組織に入り、研究を主人公たちに押し付けてしまう。さらに反戦組織に入りたがる主人公たちを、正木は拒絶する。

 こうして元の世界に帰れぬまま、物語はかなりビターなエンドで幕を閉じる。この時点で従来の児童文学としては少々雰囲気を異にしており、恐らく井上の言う「『戦後児童文学』の教条性を越えるもの」とはこれのことなのだろうが、それでも主人公たちは絶望することはない。反戦組織への加入を拒絶された後の「このけったくそわるい日本のなかで、せいいっぱい戦っていくしかない」という言葉はそれを象徴すると同時に、正木ら「大人の論理」へのアンチテーゼともなっている。即ち「けったくそわるい日本(=戦争が続くパラレルワールドの日本)」をよしとせず、主人公たちが展開する「子どもの論理」で切り拓いていこう、という決意とも受け取れる。

 そして私が思うに、この「大人の論理」を拒絶し「子どもの論理」を取るさまは、今まで述べてきた児童文学における「社会からの子供の解放」という点に大きくマッチしているように思える。こうした要素にパラレルワールドを用いた交流というファンタジックなエンターテインメント性を加えたことによってSF色が強くなり、そこからSFによりリソースを割いたソノラマ文庫の創刊、ひいてはライトノベルの誕生に繋がっていったのではないだろうか。

 ここまで社会学、哲学、歴史学、文学といった多角的な観点からライトノベルの源流をたどってきたわけだが、1970年代以降の歴史については章の冒頭で図を示した通りある程度考察が進んでいるためここでは省略する。よって、本記事の一つ目のテーマである「ライトノベルの歴史」を辿る項目は以上となる。次章では時計の針を再びゼロ年代へと進め、児童文学とライトノベルの違いについて述べ、ライトノベルの定義を明らかにしていく。

 

児童文学との比較に見るライトノベルの定義

従来のライトノベルの定義の問題点

 いよいよ本記事の大詰めである「ライトノベルの定義」について考察していく。その定義を決めるにあたりこれまでインターネット上においても様々な議論が交わされてきたが、繰り返してきたように未だにこれといったものはない。その理由としては第一章で述べた通り、ライトノベルアプリオリではなくアポステリオリであるという点に集約されている。これは即ち時代によってライトノベルの意味合いが流転しているということであり、例えばゼロ年代ライトノベルの定義とそれ以前の定義、もしくはゼロ年代ライトノベルの定義とそれ以後の定義ではまるで基準が変わってきてしまう。よって、時代ごとに「この時代のライトノベルの定義はこうである」ということを表明する必要性が前提にある。私が今回定義の対象をゼロ年代に絞ったのはそういった理由である。

 そして今回「ゼロ年代ライトノベル」を定義するにあたって最も必要だったのが児童文学との差別化という点であった。児童文学(ヤングアダルト含む)とライトノベルが父子のような非常に近しい関係にあることは前章で述べた通りだ。だが、ゼロ年代の時点で児童文庫とライトノベル文庫がそれぞれ別のものとして設けられるなど、ジャンルとしては明らかに区別されているにも関わらず、その明確な差異について言及している文献は極めて少ない。よってここではライトノベルを児童文学と比較することでベタとメタ*73双方の観点から現状の把握を図った上で、最終命題である「ライトノベルの定義」を導出していく。また、ここでは前章の『屋根裏の遠い旅』のサマライズとして一部を使用した、井上乃武の「ライトノベルと児童文学の『あいだ』」*74を再び使い、多く引用元として利用するので留意されたい。

 ライトノベルの特徴を示す際に最も言われるのは、「表紙や文中に『萌える』イラストが描かれている」ということである。これは実際のところ多くのライトノベルがその通りであり、データベース消費論に基づくキャラクター重視の傾向ともよくマッチした手法である。新城カズマ*75も『ライトノベル「超」入門』のなかで「モチーフの違いは結局のところ「絵」の違いに帰着してしまう」と述べている*76

 しかしながら、ゼロ年代の児童文学と比べた時に「『萌える』イラスト」がライトノベルライトノベルたらしめる確固たるアイデンティティを保持しているかと言われれば否であろう。それはこの頃から児童文学もアニメ・マンガチックなイラストを取り入れ始めているからである。例えば、ゼロ年代後半の青い鳥文庫の代表作である石崎洋司『黒魔女さんが通る‼』(2005)は、電撃文庫ライトノベル悪魔のミカタ』(2002)などでも挿絵を担当している藤田香を起用し*77、図6のようなライトノベルと遜色のない表紙及び挿絵に仕上がっている。また、同じく青い鳥文庫の代表作として知られる小林深雪『泣いちゃいそうだよ』(2006)は、挿絵に少女漫画家として活動していた牧村久実を起用しており、少女の読者層を取り入れる動きが見られた(図7)。さらに、前章で紹介した那須正幹『屋根裏の遠い旅』は、1975年に偕成社から発売されたもの(図8、左)が絶版となったのち、1999年に偕成社出版から復刊された際に表紙が改められたのだが、それがアニメ・マンガチックなイラストになっていることは一目瞭然である(図8、右)。井上はこれを「現在児童文学の『ライトノベル化』を象徴するとともに、『屋根裏の遠い旅』が本質的にもっていた、ライトノベル的かつ児童文学的な可能性を示すものであったといえる」と総括している。

図 6 『黒魔女さんが通る!!』 第1巻 表紙 (青い鳥文庫、2005年9月)

 

図 7 『泣いちゃいそうだよ』第1巻 表紙 (青い鳥文庫、2006年4月)

 

図 8 『屋根裏の遠い旅』に見る表紙の変遷
(左:偕成社、1975年 右:偕成社文庫、1999年)


 ともすれば、やはりイラストという面からのライトノベルと児童文学の分別は困難を極めるだろう。井上の言う「ライトノベル的かつ児童文学的」という状態がイラストに存在するのであれば、両者の間にはシミュラークルが生じており、絵柄でライトノベルと児童文学を分別することなど不可能だからである。こうなると杉井光の言う「定義はグレーゾーンであっても有効である」*78という言葉が現実味を帯びてくるが、ここではひとまずそのほかのアプローチも試みてみたい。

 では、今度はイラストではなくストーリーの内容からアプローチをかけてみる。先述した『ライトノベル「超」入門』のなかで、新城はヤングアダルト(児童文学)が「『青春の悩み』を主要なモチーフに採っている」のに対し、ライトノベルは「『非日常の愉しみ』を重視していった」と述べている。

 だが、これもまたゼロ年代児童文学のシフトチェンジとライトノベルの隆盛を考えれば区別できるとは言い難い。ここで肝要なのは、ライトノベルにはかつての児童文学にあった「教訓性」や「問題提起」といった要素が放棄されていることである。例えば、『屋根裏の遠い旅』であればパラレルワールドを通して作者からの反戦主義のメッセージ性が見えるなど、社会思想をもたらす面が見えるのが普通である。しかし、ライトノベルの読者層が求めていたのはこうした「社会問題」を介さない「『涼宮ハルヒの憂鬱』的な『青春の悩み』」(井上)*79であった。その『涼宮ハルヒの憂鬱』では、主人公のキョンが冒頭で自分の冴えない生活を嘆き、絵空事であるはずの宇宙人や未来人に思いを馳せる描写がある。こうした主人公の視点からのアピールはライトノベルの冒頭としてありがちなものなのだが、これがまさに社会的問題を介さない「青春の悩み」と言えよう。つまり、新城の言う「ライトノベルは『非日常の愉しみ』である」という言説の以前に、ライトノベルヤングアダルトの領域であったはずの『青春の悩み』に「社会問題を伴わない形で」侵食しているのだ。児童文学に関してもこれと全く同じことが言えるため、「青春の悩み」「非日常の愉しみ」はライトノベルと児童文学双方に混在する形となっている、

 つまるところ、ライトノベルと児童文学はストーリーの内容においても、先程のイラストの項目と同様にシミュラークルを起こしている。よってここでもまた、定義は困難であると言わざるを得ない。

 

ライトノベルをあえてベタに読む意味

 ここまでライトノベルと児童文学の区別を試みるにあたりその多くをメタ的視点から述べてきた。これまで見てきたライトノベルに関わる先行研究もそうであったように、ライトノベルを社会と照合させてメタ的に見てしまうのは、少なからず東浩紀の影響があるものと思われる。以前参照した塚田修一の「大塚英二東浩紀といった批評家たちの言説に引っ張られて行ってしまう感覚、、、、、、、、、、、、、、」とはまさにこれのことではないだろうか。そこで私は、作品のコンテクストをあえてベタに読み、児童文学との差別化ができないだろうかと考えた。ライトノベルの系譜を遡るにあたりソノラマ文庫以前を参照したのも、「物語そのもの」をベタに読んだことによるものである。これまでライトノベルを定義するにあたり様々な観点から議論が交わされてきたが、「ライトノベルのコンテクストそのもの」から定義しようとする動きは寡聞にして知らない。よってこの行為をベタとし、そこから展開した自説を私なりの定義の結論としてここに述べていく所存である。ただし、無論研究である以上東浩紀らが構築したメタを完全に排して語ることは不可能なので、あくまでライトノベルを分別する手段としてベタを用いた上で、最終的にはメタを立たせる方針であることを把握頂きたい。

 

スノビズムライトノベルにもたらしたもの

 さて、さしあたって持論の根幹となるのは、ライトノベルの読者層が持ちうるスノビズムである。スノビズムないしスノッブは、一般的には「紳士・教養人を気どる俗物」*80などといった、ペダンティックな態度に対して使う言葉だ。また東は『動物化するポストモダン』の中で「たとえそこに否定の契機が何もなかったとしても、スノッブはそれをあえて否定し、形式的な対立を作り出し、その対立を楽しみ愛でる」*81ものとし、自身が参考にしたコジェーヴ*82が例に出している「切腹」という行為を、究極のスノッブとして紹介している。要するに(現代的価値観からすれば)本来死ぬ理由がないにも関わらず、名誉と規律のために自害をする行為がそうだと言っている訳である。

 こうしたスノッブポストモダンのオタクにも当てはまるものである。ここもまた『動物化するポストモダン』に追従する形になるが、例えば『仮面ライダー』や『プリキュア』といったコンテンツは本来子供向け……岡田斗司夫*83の言葉を借りれば「子供騙し」*84のものと言え、大人の感受性であれば少々物足りなさを感じてしまうかもしれない。しかし、スノビズムを掲げるオタクはこの「『子供騙し』の作品を視聴する」という無意味さに「あえて」価値を見出し、「『趣向』を切り離す」(東)*85のである。例え対象がどんなにキッチュでもナンセンスでも、スノビズムを以って「あえて」戯れることによって、これまで多くのコンテンツが消費されてきたわけである。

 そして、ここからが本記事の核となる部分だが、こうしたスノッブをもたらすコンテンツの展開が局所的に起こると、「一定の界隈にしか伝わらないテキスト」が生まれるのではないかと考えている。分かりやすく言い換えるのであれば、これは業界用語だとかネットスラングだとかそういったものの類である。例えば、発言の中で笑ったことを示す「(笑)」の簡略化として使われる「w」は、今でこそ広く若者に普及しているが、元はと言えばインターネット掲示板2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)を中心としたネット掲示板で使われてきたものだ。それこそ本記事のタイトルに含まれている「ゼロ年代」という言葉も、『エヴァンゲリオン』以降の「2000年代」を改変して、東浩紀ら批評家たちの間で限定的に用いられてきた言葉である。こうしてコンテンツの必要性に応じて、任意の対象を表現するための言葉が簡略化、或いは反対に複雑化してきた結果、界隈のコミュニティの中でその場でしか伝わらない新たなテキストが生まれていく。こうした傾向は同じ趣味・嗜好を持ったユーザーが集まりやすいインターネットならなおのことであり、消費者は任意のコミュニティのなかで用途が限定される「専門用語」を用いたコミュニケーションを図りスノビズムに興じる。このようにしてスノビズムからもたらされた「専門用語」は数限りなく、この風潮はこうしたネットスラングの誕生を目の当たりにし、大量にコンテンツ消費を行ってきた界隈の読者層(≒オタク)の多いライトノベルではなおさらであろう。

 これらを把握したうえで、一例として高畑京一郎ライトノベルタイム・リープ』(1995)から抜き出した左記の文章を見てほしい*86

 

和彦は、カップを手にしたまま、世間話でもするように、話し始めた。

「これでも俺は、タイムトラベルものの本は結構読んでいてね。ラベンダーの匂いを嗅ぐ奴も、車に乗る奴も、猫が扉を探す奴も、大抵のは知ってる」

「ふうん」

 

 着目してほしいのは太字の部分である。『タイム・リープ』はそのタイトルが示す通り時間遡行を取り入れたSFチックなストーリーだが、この箇所は本筋に全く関わりがなく、省いてしまっても全く問題のない「無意味」な部分である。しかしこの描写を取り入れることによって、読者同士のスノッブを介したコミュニケーションを可能にしていると言える。つまりどういうことかと言えば、太字に示した部分はどれも著名なSF作品のことを暗に指し示している。それぞれ元ネタを提示すれば、「ラベンダーの匂いを嗅ぐ奴」は筒井康隆時をかける少女』、「車に乗る奴」は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、「猫が扉を探す奴」はロバート・A・ハインライン夏への扉』といった具合である。こうした読者層が通ってきたであろう作品をパロディの状態で提供することによって、本来無意味な描写であるはずのものを、価値のあるものとして昇華しているのである。

 『タイム・リープ』は刊行が1995年と厳密にはゼロ年代の作品ではないが、電撃文庫黎明期の作品として後々に与えた影響は大きく、またここではあくまで分かりやすい一例として取り上げたことをご理解頂きたい。これがゼロ年代にもなってくると、こうしたスノッブの要素がかなり煮詰まってさらに読者層に訴求した形となってゆく。そこでもう一つ、こうしたゼロ年代ライトノベルの象徴と言える作品として、葵せきな生徒会の一存』(2008)から同様に一部分を抜き出してみる*87

 

「杉崎は、どうしてそぉ軽薄に告白ができるのよ」

「本気だからです」

「嘘だ!」

「『ひ○らし』ネタは微妙に古いですよ、会長」

それに涙目でぷるぷる震えながら言われても、まるで惨劇の予感がないし

(中略)

「あれ? それじゃあ……『ただの人間には興味はありません。宇宙人、未来人――』

「危険よ杉崎! いろんな意味で!」

「大丈夫です。原作派ですから

「何の保証⁉ あとアニメの出来は神だよ!

 

 

 今回も同様に太字の部分に着目してほしい。恐らくゼロ年代ライトノベルに疎い、ないしインターネットのオタクカルチャーを知らないユーザーであれば、この会話群が何を示しているのかてんで分からないはずである。それぞれ解説していこう。

「嘘だ!」というのは竜騎士07によるサウンドノベルひぐらしのなく頃に』(2002-2006)のヒロイン・竜宮レナのセリフである。当作は2006年にアニメ化されると、そのゴアな描写と運命に抗う主人公たちのストーリーで人気を博し、とりわけこの「嘘だ!」の部分はネットミームにもなるなど大きく取り上げられている。

 また、「ただの人間には興味はありません。宇宙人、未来人――」というセリフはこれまでにも何度か出てきたライトノベルの金字塔『涼宮ハルヒの憂鬱』にて、ヒロインの涼宮ハルヒがクラスの自己紹介で開口一番に言い放った言葉である。こちらもまた同作を象徴するものとして広く知られており、2006年のアニメ化でも再現されている。『生徒会の一存』が2008年という刊行時期であることを鑑みても、当作の読者層がこれらのネタを知っていた可能性は非常に高く、スノッブをもたらすものとして機能していたことは想像に難くない。

 加えて「原作派ですから」「アニメの出来は神だよ!」というやりとりもまた、読者層に訴求しているものである。これはライトノベルに関わらず漫画などでも言われることだが、メディアミックスの一環としてアニメ化された際、脚本の都合上原作とアニメの展開で齟齬が生じてしまうことがままある。うまく改変すれば人気を呼びコンテンツとして強大なものとなっていくが、反対に失敗すれば原作を読んでいた層から不興を買うことになる。ここではそうした「原作派」と「アニメ派」の対立構造をセリフに組み込ませることによって、読者層におけるいわゆる「あるあるネタ」をスノッブとして織り込んでいるのである。

 そして驚くべきことに、生徒会の一存は作中にスノッブを満たす描写があるどころか、そのほとんどがこうした不必要な要素で構成されている。このように主人公とその周囲の会話に重点を置き、主だった大きな事件が起こらない作品群は「空気系」もしくは「日常系」とも呼ばれ、とりわけこの時期にはライトノベルのストーリーにおけるトレンドともなった。また各所に鏤められるサブカルチャーのパロディネタも同様にゼロ年代のトレンドでもあり、例えば漫画では空知英秋銀魂』(2004)が有名だが、「よりライトノベルの読者層に近しいパロディでオタク層を取り入れた漫画」という意味では木村太彦瀬戸の花嫁』(2002)、畑健二郎ハヤテのごとく!』(2004)といった作品も見逃せない*88。これらの作品はいずれもアニメ化されており、利権関係に左右されながらも概ねパロディが忠実に再現されている。加えて、2006年12月にサービスを開始したニコニコ動画の存在も無視できないだろう。ニコニコ動画の発足によって現場側の人間ではない一個人がスノッブに興じる様子が可視化され、それを視聴したユーザーが影響を受けて動画を投稿するといった形で発展し、半ば鼠算式にライトノベルを始めとしたオタクカルチャーに多大な影響をもたらした。概ねこのようにして、ゼロ年代ライトノベルのコンテクストにおけるスノッブは形式化していったものと考えられる。

 さて、当項目では読者層が持ちうるスノビズムを焦点として述べてきた。つまるところ本記事の主題である「ライトノベルの定義」というのは、「児童文学と比べた時、読者層のスノッブを満たすコンテクストがあるかどうか」ということになる。児童文学がどんな内容であれ、児童向けを謳っている以上は先述したようなスノッブを満たす描写は主たる読者層(=児童)に伝わらないのだから、この点で明確な区別ができるはずである。メタ視点を背景に置きながらベタを意識してライトノベルのコンテクストを読み込んだ結果、辿り着いたこの結論を、本記事の終着点としたい。

 

おわりに

 本記事では、ゼロ年代までのライトノベルの歴史をストーリーの観点から児童文学に結び付けて振り返り、従来と違ったベタの一面を交えつつ、「ゼロ年代ライトノベルを定義する」という紐づけを行ってきた。

 繰り返すように、これまで述べてきたのはあくまで「ゼロ年代」のライトノベルの定義であり、それ以外の年代のライトノベルが本記事の定義に結びつくとは限らないことを留意されたい。例えば、「スノビズムとして機能するパロディ」というのは本記事の定義づけにおいて中核を成す主張だが、現代(概ね2010年代後半~)のライトノベルでは通用しないと言っていい。その理由も「コンテンツが溢れすぎてパロディが読者層に伝わらない」「ネットが発達しすぎて炎上のリスクがある」「ストーリーのトレンドである異世界ファンタジーに適応しにくい」などさまざまであり、一例として電撃小説大賞*89の募集要項でもパロディ・模倣を含む「第三者著作権その他の権利・利益を侵害する又は侵害する可能性が高い作品」は選考対象外にすると明言されている*90。このようにして、時代とともに意味合いが流転するのがライトノベルなのである。

 また、序盤では先行研究として東浩紀の主張に多くを頼ったが、現状ポストモダンに基づくオタクカルチャー論には東の後継が不在といっていい状況であり、その東も近年は元々の研究分野であった一般的な表象文化論に回帰しつつある。宇野常寛*91などサブカルチャー批評家がいないわけではないのだが、概ねソーシャルメディア論と表裏一体化ないし、インターネット上の議論のみに留まっているというのが現状ではないか。

 インターネットが全ての人間にとって当たり前になり、オタクカルチャーが多く公共メディアに露出するようになった現在、ここまで述べてきたようなゼロ年代の風潮は過去のものになりつつある。しかし、本記事では「ライトノベル」というオタクカルチャーの象徴の定義を通して、今一度ゼロ年代の文化の在り方を見直すよう努めたつもりである。よって、いかに本記事を通してライトノベルというジャンルを後世まで定義し続けていくかということ、そしてライトノベルを根底に置いたオタクカルチャー論を新たに担い、展開していくかということが今後の課題となろう。時代とともに定義が動き続けるライトノベルという特殊小説の動向を、今後とも追躡していきたい所存である。

 

脚注・出典

*1:1971― 批評家、哲学者。特に著書『動物化するポストモダン』を始めとする国内におけるサブカルチャーを軸に据えたポストモダンの研究で著名(詳しくは本文中で後述)

*2:1958― 批評家、漫画原作者。漫画を通した現代思想考察に定評がある。代表作に『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』など。

*3:三才ブックスゲームラボ2004年8月号』、東浩紀「メタリアル・クリティーク」、三才ブックス、2004年8月

*4:1795―1821 詩人。生前は評価されず僅か25歳で没したが、ロマン主義に与えた影響は大きい。代表作に『エンディミオン』『ハイペリオンの没落』など。

*5:ジョン・キーツ /田村英之助(訳)『詩人の手紙』、冨山房百科文庫5、1977年4月、53ページ

また、原文は以下。

I had not a dispute but a disquisition with Dilke, on various subjects; several things dovetailed in my mind, & at once it struck me, what quality went to form a Man of Achievement especially in Literature & which Shakespeare possessed so enormously—I mean Negative Capability, that is when man is capable of being in uncertainties, Mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact & reason―

*6:1859―1952 哲学者。チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームズらに並ぶプラグマティズムの先駆者として著名。ヘーゲルの影響を受けている。

*7:John Dewey『Art as Experience』、Penguin Books、2005年7月、33ページ

*8:1884―1967 作家・編集者。本文中に示されている通りSFを先駆的に定義した功績などから「SFの父」とも呼ばれ、毎年SF・ファンタジー小説などに送られるヒューゴー賞に名を残す。

*9:ガーンズバックが編集した世界初のSF雑誌『ワンダー・ストーリーズ』から広まったと考えられている。当時は「サイエンティフィクション」とも呼ばれていた。また、「サイエンス・フィクション」という言葉自体の初出は1851年刊行のウィリアム・ウィルソン『A Little Earnest Book upon a Great Old Subject』に確認できる。

*10:久米依子一柳廣孝(編)、『ライトノベル研究序説』、青弓社、2009年4月、135ページ

*11:1922―2002 アメリカのSF作家、及び評論家。SF評論をまとめた『驚異の探求』でヒューゴー賞を受賞。

*12:Adam Roberts『Science Fiction』、Routledge、2005年12月、2ページ

*13:1987年から2006年までニフティ株式会社が運営していたパソコン通信サービス。インターネット黎明期のコミュニケーション・ツールとして多くの文化を育んだ。

*14:ソノラマ文庫。1975年創刊で、ライトノベル文庫の走りとも言われる。代表的なオリジナル作品に菊地秀行『吸血鬼ハンター〝D〟』、笹本祐一妖精作戦』など。

*15:コバルト文庫集英社のレーベルで、前身のコバルト・ブックスを含めると1965年創刊。とりわけ少女小説の代表的なレーベルとして知られる。代表作に氷室冴子なんて素敵にジャパネスク』、今野緒雪マリア様がみてる』など。

*16:角川スニーカー文庫。1989年創刊。ライトノベルのほか、BLや一般向けなども刊行していた。代表作に米澤穂信氷菓』、谷川流涼宮ハルヒの憂鬱』など。

*17:富士見ファンタジア文庫角川書店(現・KADOKAWA)の傘下であった富士見書房により1988年創刊。代表作に神坂一スレイヤーズ』、賀東招二フルメタル・パニック!』など。

*18:元来は少年期そのものを意味するが、ここではティーンエイジャーを対象とした小説群を指す。海外では「ジュヴナイル・フィクション」などと呼称される

*19:「ジュヴナイル」に近しくティーンエイジャーを対象とした小説群のこと。英語圏では主に12―18歳の範囲を指す。「YA」とも略される。

*20:1961― 本名は内田英男。ハンドルネームはアニメ『無敵超人ザンボット3』のヒロイン・神北恵子をもじったもの。

*21:新城カズマライトノベル「超」入門』、ソフトバンク新書、2006年4月、17ページ

*22:メディアワークス(現在はKADOKAWAの傘下)により1993年創刊。ゼロ年代以降数多くの作品がアニメ化などのメディアミックスを遂げ、ライトノベルの躍進を支えた。代表作に時雨沢恵一キノの旅 -the Beautiful World-』、川原礫ソードアート・オンライン』など。

*23: ライトノベル作家。代表作に電撃文庫より刊行した『さよならピアノソナタ』『神様のメモ帳』など。現在では一般小説も手掛け、新潮社より刊行された『世界でいちばん透きとおった物語』などの作品がある。

*24:杉井光「『ライトノベルの定義』に対する最終回答」、2020年11月、https://note.com/hikarus225/n/n5ba21548bacf (2023年11月入手)

*25:石井ぜんじ、太田祥暉、松浦恵介『ライトノベルの新潮流』、スタンダーズ、2021年12月、91ページ

*26:あくまで俗称であり、桜庭本人は「七人の女の子をめぐる七つの物語」と述べている。(『このミステリーがすごい!』編集部(編)『このライトノベル作家がすごい!』、宝島社、2005年3月、110ページ)

*27:余談だが、新井素子の小説『いつか猫になる日まで』には、主人公・海野桃子があだ名で「もくず」と呼ばれる一幕がある。同作は1980年の刊行ながら『砂糖菓子』に似た少女群像劇であり、新井及びコバルト文庫ライトノベルの系譜に位置付けられる存在であるため、真偽は不明だが発案元となった可能性もある。桜庭自身も新井の作品を読んでいたようだ(https://twitter.com/sakurabakazuki/status/127456627187134465 (2023年11月入手 ) )

*28:1948― 小説家。代表作に『バイバイ、エンジェル』(1979)を筆頭とする矢吹駆シリーズなど。評論家としても奈須きのこ空の境界』(2004)の解説を手掛けるなど、主にミステリ・SF批評を中心に活動する。

*29:笠井はこの時桜庭一樹も一般への転向を推薦している。直木賞受賞を含め両者に共通点は多い。

*30:ライトノベルのみでない一般小説も含めると、後に芥川賞を受賞する川上弘美のデビュー作『神様』などがネット小説最初期のものとして挙げられる。これは1993年に筒井康隆井上ひさし小林恭二が審査員を務めて行われた第1回パスカル短編文学新人賞の受賞作である。朝日新聞が主催するパソコン通信サービス「ASAHIネット」にて行われたものであり、応募作はアクセスすれば誰でも無料で閲覧することができた。

*31:1944―2006 編集者。本名は宇山秀雄。講談社ノベルスの編集者を担当して綾辻行人法月綸太郎我孫子武丸らの作家をデビューさせ、新本格ミステリの火付け役となった。晩年にはメフィスト賞を創設している。

*32:1972― 編集者。講談社に勤めたのち、現在は講談社の子会社である星海社の取締役社長。宇山の後輩にあたり、講談社BOXの創設や文芸誌『ファウスト』の創刊に尽力した。

*33:ただし欲求の在り方を「動物」に例えたのはアレクサンドル・コジェーヴ(1902―1968)であり、東も彼から表現を引用したと述べている。

*34:1983― 石巻専修大学人間学部准教授。主にポストフェミニズムの研究を行っている。

*35:高橋幸『00年代東浩紀再考(2)「動物化」とは何だったのか』、2019年1月、https://ytakahashi0505.hatenablog.com/entry/2019/01/15/151415 (2023年11月入手)

*36:東浩紀動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』、講談社現代新書、2001年11月、125―128ページ

*37:大塚英志『物語消費論 「ビックリマン」の神話学』、新曜社、1989年5月、7―20ページ

*38:1924―1998 フランスの哲学者。 著書『ポストモダンの条件』(1984)の中でポストモダンの概念を広めた。

*39:動物化するポストモダン』、54―62ページ

また、あくまで社会的観点において「物語を共有する」という潜在的合意が希薄になったということであり、「大きな物語」そのものが消滅したわけではない点に留意されたい。寧ろ、後述の通りゼロ年代半ば頃から「大きな物語」は拡大していた。

*40:ジャン=フランソワ・リオタール小林康夫(訳)『ポスト・モダンの条件: 知・社会・言語ゲーム』、風の薔薇、1986年6月、8―9ページ

*41:1982― 評論家。東浩紀が刊行していたメールマガジン波状言論』より2004年にデビュー。後に大樹連司名義でライトノベル作家や脚本家としての活動が主となり、現在はゲーム会社・ニトロプラスに所属している。

*42:前島賢セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』、ソフトバンク新書、2010年2月、106―107ページ

*43:1997年にはテレビ版とは別の結末を描いた『Air/まごころを、君に』が、2006年にはテレビ版をリビルドした『『エヴァンゲリオン』新劇場版』が発表され、2021年までに『序』『破』『Q』『シン・『エヴァンゲリオン』劇場版』の四作が放映された。

*44:1929―2007 フランスの哲学者。著書『消費社会の神話と構造』でポストモダンの在り方を説き、リオタールらに並ぶ代表的な現代思想家と言われる。

*45:ジャン・ボードリヤール/竹原あき子(訳)『シミュラークルとシミュレーション』、法政大学出版局、2008年6月、17ページ

*46:ドイツのローテンブルクのような城郭都市は確かに実在するが、それを最初に誰が取り入れ、どこから広まったかは判別がつかない。ゆえにシミュラークルであると言える。

*47:本記事でもたびたび取り上げているが、左記の書籍が概ね参考になる。

新城カズマライトノベル「超」入門』、ソフトバンク新書、2006年4月

東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007年3月

石井ぜんじ、太田祥暉、松浦恵介『ライトノベルの新潮流』、スタンダーズ、2001年12月

*48:山中智省『「ライトノベル」が生まれた場所 ―朝日ソノラマソノラマ文庫』、2021年、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshuppan/52/0/52_1/_pdf/-char/ja (2023年11月入手)

*49:これらの作品群はゼロ年代に入ってから複数回に渡りドラマやアニメ映画化がなされるなど、後発的なメディアミックスを享受している。

*50:ライトノベル研究序説』、18―30ページ

*51:社会学研究者。現相模女子大学学芸学部メディア情報学科准教授。

*52:ライトノベル研究序説』、172ページ

*53:動物化するポストモダン』の後発に当たる本。2007年というライトノベル全盛期に発売されたこともあり、ライトノベルを通したポストモダニズムを説いている。そしてここでも「リアリズム」というリアルを想起させる単語が入っている。

*54:この事件の犯人である加藤智大がインターネット掲示板(いわゆる「2ちゃんねる」)を発端として事件を起こしたことからオタクが巻き起こした事件として大きく界隈でも取り沙汰された。そのため動機についても様々な憶測が飛んだが、後に「掲示板でトラブルを起こした人間へアピールするため」だと判明している。加藤は2022年に死刑執行済み。

*55:同サイトは2004年から現在に至るまでボイルドエッグズ新人賞を主宰しており、中でも2005年に受賞した万城目学鴨川ホルモー』は代表作となった。

*56:この標語が作中で登場した付近の文章にはジェリー・リー・ルイスの名前が出てくるため、元ネタは1970年代のヒッピー文化におけるロックミュージックが掲げた「セックス・ドラッグ・ロックンロール」であると思われる。またヒッピー文化におけるカウンターカルチャーの気質は黎明期のオタクカルチャーに近い性質を持っていると考える。

*57:多田昌美『動物物語の先駆的作品としてのFabulous Histories ―こまどりの擬人化を中心に―』、「梅花児童文学」第9号、2001年7月、1―16ページ

*58:1947― 主にイギリスの児童文学について研究している。

*59:ess Cosslett『Talking Animals in British Children's Fiction, 1786-1914』、Routledge、2001年、154ページ

*60:1756―1836 イギリスの評論家。功利主義アナーキズムの提唱で知られる。妻のメアリ・ウルストンクラフトはフェミニズムの先駆者として著名。

*61:Richard Gough Thomas『Scepticism and Experience in the Educational Writing of William Godwin』、2015年3月、https://e-space.mmu.ac.uk/615947/1/RG%20Thomas%20Scepticism%20and%20Experience%20in%20William%20Godwin%20%20March%202016.pdf (2023年11月入手)、147ページ

*62:Philip Nel, Lissa Paul, and Nina Christensen『Keywords for Children’s Literature』、2021年2月、https://keywords.nyupress.org/childrens-literature/about-this-site/ (2023年11月入手)

*63:また、原文は以下。

 shall endeavour to separate [texts] into two distinct classes, viz. Books for Children_, and Books_ for Young Persons … [and shall] take the liberty of adopting the idea of our forefathers, by supposing all young gentlemen and ladies to be Children_, till they are_ fourteen and young persons till they are at least twenty-one_; and shall class books we examine as they shall appear to us to be suitable to these different stages of human life.

*64:入明『ルソーにおける「子どもの発見」の意味について』、1989年9月、https://tokyo-kasei.repo.nii.ac.jp/records/10895 (2023年11月入手)

*65:産業革命期に起こった過酷な労働を是正するために定められ、9歳未満の労働禁止、13歳未満の児童労働は週48時間以内、18歳未満の夜業禁止など子供に配慮した規定がなされた。

*66:アメリカ・ニューヨーク市に住む当時8歳の少女メアリ・エレンが、養母であったメアリ・コノリーに6年間に渡り虐待を受けていたことが発覚した事件。これを機に児童虐待防止法が生まれ、子供に人権意識を向けるきっかけとなった。

*67:吉田一穂『Oliver Twist と救貧院』、2007年、http://www.dickens.jp/archive/ot/ot-yoshida-3.pdf (2023年11月入手)

*68:の描写から1954年にはカリフォルニア州で禁書にも指定され、一時期学校や図書館から本が消えるという事態が起こった。

*69:ライトノベルの新潮流』58―60ページ

*70:1942―2021 児童文学作家。代表作に『ズッコケ三人組』シリーズがある。

*71:1969― 文学研究者。とりわけ児童文学・ライトノベルの研究で名高い。首都大学東京千葉大学の非常勤講師を歴任。

*72:ライトノベル研究序説』、123―128ページ

*73:「ベタ」「メタ」そしてここには記していないが「ネタ」というのは東浩紀をはじめとしたポストモダン論者が持論を振る際によく用いた言葉であり、本記事もここに倣わせてもらう。佐々木敦の著書『ニッポンの思想』によれば、「(東の言う)『メタ』とは『外側』から語ること、『ネタ』とは自分自身も信じていないことを語って(振って)みせること、『ベタ』とは『メタ』も『ネタ』も欠いた単なる『素』で語ること(補足するのであれば文面通りに解釈すること)」とある。とりわけ「メタ」については物語手法である「メタフィクション」などの類似例があるため、ライトノベルに近い存在のものとも言える(佐々木敦『ニッポンの思想』、講談社現代新書、2009年7月、337―338ページ)。

*74:ライトノベル研究序説』、119―133ページ

*75: (生年不明)― 作家。雑破業賀東招二と共に柳川房彦名義で手掛けた『蓬萊学園』シリーズが代表作。後にSF小説も発表している。

*76:ライトノベル「超」入門』、44ページ

*77:2018年に藤田が死去したため、以降2023年にシリーズが完結するまでは亜沙美が担当した。

*78:「『ライトノベルの定義』に対する最終回答」、https://note.com/hikarus225/n/n5ba21548bacf

*79:ライトノベル研究序説』、123ページ

*80:デジタル大辞泉』、小学館https://japanknowledge.com/lib/display/?lid=2001009985000 (2023年11月閲覧)

*81:動物化するポストモダン』、98ページ

*82:注釈33を参照。

*83:1958― 評論家、プロデューサー。1984年にアニメ制作会社「ガイナックス」を設立し、『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』などの作品を担う。そのほかオタク関連の著書を多数出版し、オタクという人種の敷衍に多大な影響を与えた。

*84:岡田斗司夫オタク学入門』、太田出版、1996年5月、121ページ

*85:動物化するポストモダン』、99ページ

*86:高畑京一郎『新装版 タイム・リープ〈上〉 あしたはきのう』、メディアワークス文庫、2022年10月、165ページ

*87:葵せきな生徒会の一存』、富士見書房、2008年1月、15―17ページ

*88:そのほかこの時代のライトノベルにおいてパロディを多く扱った作品としては、『生徒会の一存』のほかに伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(2008)、逢空万太這いよれ!ニャル子さん』(2009)などが挙げられる。

*89:アスキー・メディアワークスが1994年から主催するライトノベル中心の文学賞電撃文庫の主力作品の多くはここから生まれている。

*90:第31回電撃大賞  電撃小説大賞 応募要項(https://dengekitaisho.jp/novel/apply.html) (2023年12月閲覧)

*91:1978― 評論家。株式会社PLANETS代表取締役。著書に『ゼロ年代の想像力』(2008)、『遅いインターネット』(2020)など。

自分の「人間力の低さ」と向き合った『Niconico Wanna Be Friends!!』制作後記

 

曲リスト

Niconico Wanna Be Friends!!_曲リスト.xlsx - Google スプレッドシート

 

 

――やあ。

こっちの方で書くのはなんと1年ぶりだね。ここ最近はユーザー数の関係上、noteの方が明らかに見てもらえることが増えたのでそちらに移動してしまった。でもここをそう疎かにもしたくないし、今回は制作後記なのでこちらで。

そういったわけで、普段の日記のように不毛な哲学をつらつらのたまう記事じゃないから手短に行くよ。


諸君は「人間力が低い」と聞いてどういった事柄を思い浮かべるだろうか。

 

おいおい、今しがた不毛な哲学は言わないって抜かしたのに、たった一行で矛盾してるじゃないか! というツッコミが入りそうである。実際のところ僕もそう思う。前座に答えのない問題をぶつけることが好きなのである。たぶん。

しかし許してほしい。……というのも、これが今回の制作動機に関わってくる重要なファクターだからだ。

僕の人間力の低さは他人に合わせられないことにある。これが現実(リアル)だけならまだしも、インターネットでもそうなのだ。趣味や嗜好がどうしても合致しない。

これは僕がトレンドを追うことをせず(そもそも気力がないのでできず)、懐古主義に重きを置いているのが主な原因なのだと思う。普通の人間は片方の眼で過去を、もう片方で未来を見据えているというのに、僕の眼は何故だか両方過去を見ている。それも、そこばかり凝視している。

そんなわけで、過去に投稿したニコメドも基本的にはニコニコ動画で流行っている楽曲など意にも介さず、自分の好きな楽曲だけで作り続けてきた。

案の定、動画はあまり伸びてくれなかった。中にはニコニコ動画よりYouTubeの方が再生数が多い作品もあり、視聴者層とのギャップを痛感した。当初僕は、この原因をニコメドの主流であるDTMではなく、原曲メドレーとして制作しているからとも考えた。しかし、去年になってそれが決して抜本的な原因ではないことに気づいた(この辺から本題)。

というのも、近年は原曲メドレーでも界隈を中心として視聴者から高い評価を受けているものが多いからだ。特に今回の制作契機となったのは昨年の年末、「メドベントカレンダー2023」でそれぞれ投稿された『ニコニコ動画麒麟児』と『Nico+Shitekinium』である。

それなりに毛色の違いはあれど、僕はこれら2作品が高い評価を受けた要因として以下の4つを抽出した。

 

①疾走感

この中では唯一、僕が元々制作において意識していた事柄である(できるとは言ってない)。所謂「駆け抜ける系」のメドレーにおいては必須とも言えるかも。

ところがこれを出すのにはそれなりの構成力が必要であり、特に原曲メドレーの場合は楽曲への依存度が高めであるからできる構成が限られてくる(他の技術にしてもそうだが)。また、決してBPMが速ければ疾走感があるというわけではない点に留意されたい。

 

②トレンドの楽曲を取り入れる

直近のニコニコ動画のコンテンツはもちろん、直近の邦楽などでもこれは当てはまる。結局のところ視聴者が楽曲を知っているほど親しみやすくなるということである。

またこれは体感だが、②を満たすことは①を満たすことに必然的に繋がっているように思える。というのも、最近の楽曲は一昔前のものと比べると疾走感があるからだ。僕は音楽理論に詳しくないので何とも言えないが、これには丸サ進行や、VOCALOID出身のコンポーザーの楽曲が増えていることに影響しているのではないかと考えている。

他方で、単純明快で「一発屋」の代名詞のようでもあったカノン進行は近年の楽曲にはほとんど見受けられない(参考:2022年のボカロ曲のコード進行を調べたら衝撃の結果に!)。僕はカノンコードが好きで、その辺が楽曲知識をも平成に置いて行かれている原因でもあるのだが、実際のところ今作にカノン進行が出てくるのは『スケッチスイッチ』のところくらいで、他は殆どないはずである。

先述した通り僕はトレンドの楽曲知識が殆どなく、音MAD経由で知るものが一番多いくらいである。しかし何故だか最近のVOCALOIDに関してはそれなりに原曲を知っていたので、今回はボカロ楽曲が全体の4割近くを占めている。他方で御三家繋がりで言うなればアイマスを殆ど使えなかった(僅か5曲で、しかも最近の楽曲と言えば『平行線の美学』のみ)のは悔やまれるところである。

 

③3曲以上の重ね

原曲メドレーというのはどうしてもDTMに比べて必然的に音が嵩張ってしまいがちであり、かつては2曲までしか重ねていないものが構成の大部分を占めていたと記憶している。これはあくまで僕の主観であるが、この既存概念を打ち破ったのは2018年投稿の『Favo s0unds』ではないかと思う。この作者は『Nico+Shitekinium』と同じ人物なのだが、頻繁に3曲以上の重ねを用いてかつ、全く聴き心地の悪い部分がない。当作は原曲メドレーとして唯一「ニコメド10選」において1位を獲得しているくらいなので、僕以外の多くのニコメド作者にも影響を与えたことだろう。

更に、技術を持つ作者が増えたことにより音を加工することが増えた。例えばイコライザーで出力を調整したり、ボーカルを抽出したりといった技法である。特に後者については近年Ultimate Vocal Removerが登場したことによりほとんどの楽曲においてボーカルどころか音域・パーツごとの抽出が可能となった。今作ではそれをふんだんに活用している。また、加工については知識がないので音源監査という形で頼らせてもらった。

 

④Medley-PV

単に元の動画を貼り付けて出典を書いただけでも「Medley-PV」と呼称されることがあるが、それだけでは工夫が足りないように感じた。

何も『ニコってる?!』のようなオーパーツレベルでカオスなPVを作れと言うわけではないが、ある程度楽曲と紐づけたコンテンツを列挙するような動画制作を心掛けた。この辺りは特に『ニコニコ動画麒麟児』を見てみると顕著なので是非視聴して頂きたい。ちなみに上記の②を満たせないとこうした動画構成は非常に困難になってくるので、意識の中ではこの2つは表裏一体の両輪として働きかけていた。

しかしながら、僕は芸術的センスが非常に欠けているため、今作の動画が果たしてどの程度視聴者に訴求できたのかは疑問である。かなり基礎的な動画の技法に関しての知識すらあまりなく、まずもってどこを見て学んだらいいのかが分からないのである。界隈が狭い以上どこを見ても「Medley-PVの作り方講座」なんてものはない。ニコメドの動画制作者とついでに音MAD作者辺りがaviutlのプロジェクトファイルを公開してくれたらいいのに……

 

 

以上4点に重きを置いて、僕は動画制作を始めた。製作期間は実質3週間くらいなので普段と比べて特別時間がかかったというわけではない。しかしそれでも今までやってこなかった多くのことにチャレンジしつつ、より多くのフィードバック・感想を貰いたいという一心で創り上げたので、どうかコメントを貰えれば幸いである。

また、音源監査を快く引き受けてくれた8:51:22 pm氏を始め、空リプで投げた質問に快く回答を頂いたnicomedkey鯖の界隈の方々に深く感謝を申し上げ、記事の締めとする。

 

そして最後に、この動画を某氏に捧ぐ――。